22.ぴあの、開錠の歌を歌う
頼もしいヴォルナールに心揺れるぴあのだったが、発情を隠さずに向かってくるモンスターたちを退けながら戦っていくと体の底から湧き上がってくる疼きがまた段々増していくようで、紅潮する頬にしっとりと汗を浮かべていた。
(なんだか……ヴォルナールさんの側にいる時だけやたら体が熱くなるような気がする……)
ぴあのを守るために迷路の中では縦一列に並び、戦闘を剣士のアスティオ、二番目がパルマ、次がぴあので、その背後をヴォルナールが守る形で進んでいた。その陣形を基本として、前から来る脅威を捌いているが、横合いから後ろから突然向かってくるモンスターなどもいるのでその都度立ち位置を変えて対応していた。そんな中ヴォルナールと近く接触した時に胸のドキドキが止まらなくなることに気が付いたぴあのは、敵襲が途切れたタイミングで前を歩いているパルマに恥を忍んで声をかける。
「あの……すいません。えっと、私の体の呪い、ヴォルナールさんの近くにいると元気になる感じがするんです……。失礼かとは思うんですけど、ちょっとだけ離れて歩いていいでしょうか……」
「え、ほんとに? ちょっと……集合」
「うう……恥ずかしい」
パルマの声に一行は歩くのをやめ、顔を突き合わせて相談する形になった。
「すみません、すみません、守っていただいてる分際でっ」
「いや、仕方ない。賢い判断だ。よく申し出てくれた……」
「ピアノちゃんが限界になっても休める場所まで行かないと対応できないからね。安全を確保できるまで体の様子見てね」
「安全な場所って近くにあるんでしょうか」
「二番目の鍵を開けたらそう遠くないところにコボルトの集落があったはずだ。二年前に魔王を倒した後、オレらは彼らとは敵対しないって約束してる。泊めてもらえると思う。もともとそこで休憩するつもりでいたんだ」
休憩できるところがあるとアスティオから聞いて、ぴあのは少し落ち着いた。敵襲の真っただ中で発狂したり、男を求めて痴態を晒したりしないで済む。
「じゃあ、縦一列じゃなくて二人組で歩くのは? あたしとピアノちゃんが後ろ、ヴォルナールとアスティオが前」
「どうだ? ヴォル」
「そうするか。パルマはなるべく後ろに注意を払ってくれ」
「あ、ありがとうございます……」
方針が決まったのでその通りに並びなおして一行は歩き続ける。体の疼きから気を逸らしたくて、ぴあのは隣を歩いているパルマに話しかけた。
「パルマさん、コボルト? さんたちみたいな友好的な種族の住むところっていくつもあるんですか?」
「ん? ああうん。あるある」
「そうなんだ……それなのにどうして魔族と人間たちは敵対することになっちゃったんでしょう……」
「ほら、元々の魔王はあんまり攻撃的じゃないって話はしたと思うけど……、魔族の中にはコボルトたちみたいな人間に友好的なやつらと、そうじゃないやつらがいて、時々ぶつかってたんだよな。魔族はこのままでいいっていう穏健派の意見のやつらともっと領地を拡げて魔族が住めるところを増やすべききだって過激派の意見のやつらがいて、まあそんな感じ。あたしたちが二年前に倒した魔王ってその過激派のトップでさ。もともとの王族は穏健派だったんだけど、後の魔王がもとの魔王を暗殺しちゃって、それで首がすげ変わったんだよね。それで戦が始まったってワケ」
聞きながら、ぴあのはパルマが随分魔族の内部事情に詳しいと思ったが、そういえばパルマも人間ではないと言っていたのを聞いた覚えがあったのでもしかしたらパルマは魔族なのかもしれないと思い、そこを突っ込んで聞くのはやめた。
「新しい魔王が人間に戦をしかけちゃったから、敵対の意思がない種族も配下として仕方なく戦ってたんだけど、魔王がいなくなった今でも人間を害しちゃった仲間がいると人間の領地にはちょっと住めないじゃん? 恨みかっちゃってるから。だからこの迷路から出たがらないし、とはいえレリトのために戦うのもやだってんで集落を作って迷い込んだ人間を保護したりしてるんだ。レリトも引きこもっててそういう魔族を罰したりもしないしね」
パルマの話を聞いて、彼らは本当に戦の終わりを迎えるための戦いをしているのだとぴあのは思った。それに自分の力が必要なら、誰の力にもなれていなかった元の世界のぶんまで頑張ろうと疼く体に鞭を打って、彼女は足を動かしていた。
そんなぴあのたちの前を歩いているヴォルナールは、目の前をぴあのが歩いていない事実が落ち着かなくてすこしそわそわしていた。そしてそんなふうに感じる自分を苦々しく思った。
「アスティオ。こんな時に浮ついていることは自覚している。だからそこは言わずに聞いてほしいんだが……」
「ん? どうした?」
「ぴあのの呪いが強くなると、俺も当てられる感じがする。あの呪いは俺たちにも効力を発しているようだ。お前にはパルマがいるし、あの女の処置は俺がするから間違いは起こさないように気をしっかり持ってくれ」
「そうか? たしかにぴあのちゃん可愛いけどオレはそんなに当てられてないな」
「何……?」
「もしかしたら人間よりエルフのほうが当てられやすいのかな。まあオレはもともとパルマ一筋だし全然気にしなくていいぜ!」
「……くそったれ」
雄に効力を発する呪いがアスティオにも影響を及ぼすと思って進言したのに、逆に自分だけがぴあのを意識していると暴露するような感じになってヴォルナールの耳がまた赤くなった。
(自分はもしかして今独占欲を出したか? 別にあの女は俺の何でもないのに? 俺以外の男があれを抱くのに難色を示したのか? 会ったばかりの稀人に? 俺はそこまで見境のないエルフか?)
自分の心境の変化が受け入れられず、ヴォルナールの心は乱れ始めていた。警戒したふりをしてちらりとぴあののほうを見ると、彼女は疼きを我慢しながらも明るくパルマと話していて、その姿は最初に会ったころと比べてとても魅力的に可愛く見えた。ヴォルナールは慌てて視線を前に戻し、頭痛を我慢しているようなしかめっ面で首を振って余計な煩悩を払った。
「そこの角を曲がると鍵があるはずだな」
アスティオの言葉に、ぴあのは緊張を感じた。自分の開錠の歌が必要になる時が来たのだ。自分の過ごしていた宿の部屋に入るたびに持っている鍵でなく歌で開ける練習をしていたので、今は二回に一回は成功するようになっている。
行き止まりのように見えるところの壁にはびこっている蔦をアスティオが切り払うと壁と同じ色で擬態してある扉がそこに存在していた。
「ぴあの。やってみろ」
「……はい!」
息をすうと吸って声を出そうとしたその時、ガサガサと音がした。
『しゅるる、しゅう。しゅう』
その声に聞き覚えがあり、ぴあのはぞっとする。あれはこの世界に初めて来たときに追いかけて、ぴあのの体を作り替えたモンスターの声によく似ていた。
恐怖を押さえて振り返ると、そこには蔓で構成されたモンスターがいた。頭に花があるのは同じだが、人型ではなく四つ足の動物のような形をしていた。
「こいつはあたしたちが相手するから! ぴあのちゃんは鍵を開けて!」
「は、はい!」
パルマの声を聞いて、ぴあのは自分の役目に集中した。
『すべてを見せて 秘密の奥に 扉を閉ざす鍵を開いて』
ちょっと声が震えてしまい、一度目は開かなかった。背後ではしゅるしゅるという声と、勇士たちが戦う音が聞こえる。
(もう一度……みんなの役に立つんだ……!)
焦る心を抑えて、再び鍵に取り組む。今度は成功した。かちゃりと音がし、押すと少し扉が動いた。
「開きました! みんなで押して!!」
「よっし!」
戦闘を男性陣にまかせてパルマが戻って来て、ドアを押す。ギギギと音を立てて扉が少しずつ開き始めた。
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