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8 怒らせてはいけない人

 お義父様もお義母様も、人を見る目は確かだと思う。

 数回挨拶を交わした程度だそうだが、悪い印象は無かったと聞いて、ちょっとだけ安堵した。


 それと同時に、根拠不明の噂話を少しでも信じてしまった自分を、恥ずかしく思った。


「結局、噂など当てにならないって事ですね。

 そう言えば私も、王都を出る直前は『悪虐聖女』だなんて言われていましたから……」


「……ん? ミシェル、何の冗談なのかしら?

 全く笑えないのだけれど……。

 悪虐?

 私の可愛いミシェルが、悪虐?」


 そう呟きながら首を傾げているお義母様の目は、完全に座り切っている。


「……い、いえ、何でもありません」


 慌てて誤魔化そうとしたけど、お義父も不快そうに顔を歪めていた。


「やっとくか?」


「ええ、やりましょう」


 えっ? 何を?


『や』の部分に不穏な文字が当てはまる様な気がするのは、気のせいだろうか?

 気のせいであって欲しい。切実に。


「因みにミシェルは、物理的なのと社会的なのと、どっちが好み?」


 やっぱり()る気ですね!? お義母様!!


「ミシェルは何も心配する事は無い。

 この件は、私達に任せておきなさい」


「……あ、はい」


 お義父様とお義母様の圧力に負けて、ついコクコクと頷いてしまった。



「しつこい様だけど、ミシェルはデュドヴァン侯爵家に嫁ぐつもりなのね? 本当にそれで良いの?」


「はい。

 私はあまり結婚に興味は無いのですが、このままだとその内『婚約破棄は無かった事に』とか言われそうですし、あの王太子に比べたら誰だって素敵な紳士ですよ」


「確かに、あの恥知らずな王家なら言い出しかねないわね。

 入籍の期限までは、どのくらい時間があるの?」


「実は、もうあまり余裕がないのです。

 もしも婚姻を結ぶとなれば色々と準備もあると思いますから、顔合わせに向かったら、そのままあちらにお世話になる事になるかもしれないと……」


 王命で急遽指示された婚姻までの期限は、たったの一ヶ月。

 シャヴァリエ邸に着く迄、王都から乗り合い馬車を乗り継いだせいで十日程かかってしまったから、残りは二十日間くらい。


「そんなぁ……。折角久し振りに帰って来たのに、また直ぐに出ていってしまうの?」


「五日間くらいは、ここにいたいと思っているのですが……よろしいでしょうか?」


 私だって、久々に義両親に会ったのだもの。少しくらいは一緒に過ごす時間が欲しい。


「たった五日かぁ、短いわね。

 まあ、仕方がないわ。本当に王命で結婚するのか、判断する時間も必要だもの」


「判断、ですか?」


 私としては、結婚するしか道は無いと思っていたのだが……。


「そうよ。

 実際に侯爵様とお会いしてお話ししてみて、もしも無理だと感じたら、入籍する前に隣国へお逃げなさい。

 後の事は、私達がどうとでも片付けてあげるから、心配しなくて良いわ」


 お義母様の頼もしい言葉に、お義父様もウンウンと深く頷いている。


「ありがとうございます。

 侯爵様と上手くやっていけるように、頑張ってみますけど……、もしもの時は、そうさせて頂きます」




 お義父様は早速、デュドヴァン侯爵と手紙でやり取りをしてくれた。

 それにより顔合わせの日時と、婚姻を結ぶ予定となった場合はそのまま侯爵邸に滞在することが決まった。


 出立までの間、シャヴァリエ邸でノンビリとさせて貰った。

 久々に幸せな時間を過ごした私は、五日後、後ろ髪を引かれながらもデュドヴァン侯爵邸へと向かった。



 シャヴァリエ家が用意してくれた豪華な馬車に、私は一人きりで乗っている。

 まあ、馬車の外は騎乗した二名の護衛に挟まれているのだけれど。


 お義父様とお義母様は、私と一緒に来て、デュドヴァン侯爵にご挨拶をすると言ってくれた。

 しかし、万が一逃げ出す場合の事を考えると、義両親はあまりこの件に関わらない方が良いと思って、丁重にお断りした。

 その代わりと言ってはなんだが、護衛についてくれているのはシャヴァリエが誇る精鋭騎士だ。

 いざとなれば、彼等が隣国へ逃がしてくれるらしい。


 護衛を暫くつけるというのは、事前にお義父様と侯爵様との間で交わした手紙で許可を得てある。

 お義父様とお義母様は、結婚してからもシャヴァリエの者に私の護衛をさせれば良いと言ってくれたが、それも断った。

 最後まで揉めたけれど。


 この国では、実家が雇った護衛騎士を嫁ぎ先に連れて行く事はあまり無く、大抵は婚姻後には嫁ぎ先が用意した護衛をつける。

 他家の夫人となった娘に実家が用意した護衛をつける行為は『そちらの手の者は信用出来ない』という意味になるからだ。

 デュドヴァン家は辺境近くに領地を持っているだけあって、立派な私設の騎士団を所有しているので尚更である。

 出来れば余計な火種は生みたくない。

 

 因みに侯爵様の希望で『侍女は連れて来ないで欲しい』との事だった。


 今更ながら、味方が少ない事が心配になってくるが、それを了承したのは私なのだから仕方がない。




 隣接しているデュドヴァン領には、半日もかからずに到着する予定だ。



 車窓の向こうには、澄み切った青い空が広がっていて、私の不安な気持ちを少しだけ和らげてくれた。


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