79 《番外編》後悔のその先に・前
拙作を読んでくださっている皆様、いつも本当にありがとうございます。
本編は終了しましたが、今後は不定期で番外編を公開していこうと思います。
引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。
よろしくお願い致しますm(_ _)m
王都を出て南へ半日程馬車を走らせた所にある小さな村に、廃嫡された元王太子のアルフォンスは暮らしていた。
「アル! そろそろちょっと休憩しろよ。お前、あんまり体力無ぇんだから」
声を掛けられたアルフォンスはこんがりと日焼けした顔を上げ、その額に滲む汗をシャツの袖口で拭った。
「この作業が終わったら休みますよ、師匠」
師匠と呼ばれた初老の男は、「しょうがないなぁ」と頭を掻きながら、自分の作業に戻って行った。
王宮を追い出されてから三年の月日が流れていた。
今でこそ、村に溶け込んでいるアルフォンスだが、勿論、初めからすんなりと受け入れて貰えた訳ではない。
筆頭聖女に無実の罪を着せて断罪した事や、王太子としての務めを充分に果たしていなかった事は、怪文書によって市井にまで広く知れ渡っていたのだから。
しかも、王太子時代には絵姿などが市場に多く出回っていたので、王族の姿を見る機会など無い平民達にも、アルフォンスの正体は直ぐにバレてしまう。
人目を避けて静かな田舎へとやって来たアルフォンスだが、それは愚策であった。
村人みんな顔見知りという閉鎖的な田舎に知らない者が突然やって来れば、当然目立ってしまうし警戒されるのだが、世間知らずな彼はその事に気付いていない。
何処へ行っても冷たい言葉を投げつけられて追い出される。
酷い時には暴力を振るわれる事さえあった。
温室育ちの元王太子は、自分がそんな扱いをされる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
「おい、お前、見ない顔だな」
ボロボロになって小さな馬小屋の影に蹲っていた時、突然声を掛けられたアルフォンスは、ビクッと肩を震わせた。
俯いていた顔を上げると、大柄な男の姿が目に入る。
逆光で顔はよく分からないが、声からしてアルフォンスよりもかなり年上の様だ。
また足蹴にされるのか?
また石を投げられるのか?
そう思って逃げようとしたアルフォンスだが、脚に力が入らず、その場にへたり込んで動けなくなった。
廃嫡になった時に渡された雀の涙ほどの生活費はとっくに使い果たし、三日前からはまともに食事をしていない。
狩りをして食材を確保する事も考えたのだが、道具も無い上に、既に体力が底をつきかけた今となっては難しい。
結局、道端に生えた草を食べたり、川の水を飲んだりして凌いでいたのだ。
疲労と空腹で、目蓋を開ける事も、指先一つ動かす事も出来なくなった。
(ああ、このまま死ぬのかな…?)
「えっ!? ちょっ……。
おいっっ!! しっかりしろ、おいってば!」
慌てた様な男性の声を聞きながら、暗闇の底へ落ちていく様に、意識を失った。
「おう、気が付いたか?」
目が覚めると木造の簡素な部屋の中の固いベッドに寝かされていた。
部屋の中には美味しそうな香りの湯気が充満しており、アルフォンスのお腹がググウゥゥゥッ…っと派手な音を立て空腹を主張する。
お腹を片手で押さえたアルフォンスの顔が一気に赤くなった。
「アハハッ。正直な腹だな」
そう言って笑いながらアルフォンスにマグカップを差し出したのは、さっき馬小屋の脇で声を掛けて来た初老の男だ。
初老と言っても背筋はピンと伸び、体付きもがっしりとしている。
「……あの……」
「どうした? 要らないのか?
腹の音は、何でも良いから食い物が欲しいって言ってたみたいだけど」
状況が掴めなくて戸惑うアルフォンスに、男は更にグイグイとマグカップを近付けた。
「あ、い、頂きます?」
何故か疑問系で答えてカップを受け取ったアルフォンスの困惑顔を見て、男はフハッと笑った。
マグカップの中身は、クズ野菜を煮て塩で味付けしただけの薄いスープだった。
一口飲み込めば、野菜の甘みが口の中に広がり、温かな液体が体中に染み渡る様な感じがした。
王宮にいた時だったら口に入れる事すら躊躇う様な、本当に粗末なスープ。
なのにそれは、今迄食べた物の中で一番美味しく感じた。
いつの間にか視界が滲んで、透明な雫が膝の上にポトリと落ちた。
しかし、折角介抱して貰ったけれど、一文無しのアルフォンスはこの先どうやって生きて行けば良いのか、皆目見当がつかない。
(助けてくれたのはありがたいけど、少し死期が伸びただけだ。
でも、このスープが最後の晩餐になるなら、案外悪くないかもしれないな……)
生きる事を諦めかけて、そんな弱気な事を考えているアルフォンスは、手元のマグカップに視線を落として、小さく溜息をついた。
「……死んで簡単に楽になるのは逃げだ。
辛くても生きて償うべきじゃないか?」
まるで心を読んだ様な男の言葉に、アルフォンスは驚いて顔を上げた。
男は厳しくも温かい眼差しで、アルフォンスをジッと見詰めていた。
「いくらお前の頼みでもなぁ、流石にこればっかりは……」
「そうよね、余所者が入ってくるだけでも嫌なのに」
「国中に嫌われている元王太子なんて、問題を起こすに決まってるだろう」
「下手したら俺達が近隣の村から非難されちまうかも知れないじゃないか」
集会所に集まった村人が、口々に反対意見を述べたのは、あの男が「アルフォンスを自分の家に置いてやりたい」と発言したからだ。
集会所に連れて来られたアルフォンスは、男の隣で青褪めた顔を俯け、小さく縮こまる。
招かれざる客なのは分かっていたが、改めて世間が自身にどんなイメージを持っているかを突き付けられた彼は、少なからずショックを受けていた。
「命を拾っちまったら、途中で投げ出す訳にも行くまい。
コイツがここで上手くやって行ける様に、俺がしっかり教育するから、一度だけチャンスを与えてやってくれないか?
コイツがした事は最低かもしれんが、俺たちの村に直接被害があった訳じゃないし、皆んなだってその歳まで清廉潔白に生きて来た訳じゃあ無いだろう?」
そう言われた村人達は、それぞれ苦い顔をして黙り込む。
子供の頃、空腹に耐えかねてパンを盗んだ事がある者。
酒に酔うと人が変わった様に乱暴になる者。
ギャンブルの借金が返せなくて、妻の財布から金を抜き取った事がある者。
馬車の前にわざと飛び出し、慰謝料をふんだくった過去がある者。
若かりし頃、結婚詐欺紛いの行いをしていた者。
元々が貧しい村の住民達である。
些細な事まで挙げるなら、誰しも後ろ暗い過去の一つや二つは持っているのだ。
そうして男はなんとか村人達を納得させて、アルフォンスを居候させる事にした。




