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7 火のない所に煙は立つか?

 食事が終わり、紅茶で喉を潤したお義父様は、徐に口を開いた。


「さあ、ミシェル。

 そろそろ何があったか話してもらおうか?」


「はい。実は───」



 私は、今迄の経緯をザックリと話した。


 私が筆頭聖女と呼ばれる様になった事から、他の聖女が仕事をボイコットした事。

 そして、私が聖女の仕事を一人でしていた事。

 謂れのない罪を着せられ、婚約破棄をされた事。

 その後、逃げ遅れて王命が下された事。


 話が進む毎に、部屋の空気がどんどん重くなって行く。



「成る程ね」


 お義父様が発したたった一言に、大きな怒りが込められているのを感じ、背筋が冷んやりした。


「私が至らないばかりに……、申し訳ありません」


「いや、謝るな。ミシェルに怒っている訳では無いのだから。

 寧ろ気付いてやれなくて済まなかったな」


「そうですよ。ミシェルは何も悪くないわ。

 貴女はいつも遠慮をしすぎよ。もっと私達を頼って欲しいのに」


 義両親とは頻繁に手紙の遣り取りをしていたものの、私は心配をかけたくなくて、いつも『王都の生活は問題ない』と嘘を書いていたので、二人にとってこの話は寝耳に水だろう。


 三年ほど前に隣国で内乱が起こり、隣国の王から同盟国である我が国にも救援の要請が来た事で、隣接しているシャヴァリエ領では治安維持の為に騎士達を派遣したり、亡命を希望する者達の受け入れを検討したりと、かなり慌ただしい状態が続いていたのだ。

 そんな二人が王都にいた私の状況に気付かなかったのは当たり前であるし、私としても大変な状況にある義実家を頼る事は憚られた。


「済みません。

 お二人に心配をかけたくなかったのですが、余計に心配させてしまう事態になってしまいましたね」


「王命など無視して、隣国にでも行ってしまえば良いんじゃないかしら?

 丁度、内乱後の混乱も治まって、今は安全になっているし」


「そうだな。きっとディオンも力になってくれるであろう」


 ディオンというのは、シャヴァリエ家の一人息子。私のお義兄様だ。

 ディオン(にい)は、三年前から隣国に治水対策を学びに行っている。

 運悪くあちらに着いて直ぐに内乱が勃発し、一時帰国しようとしたらしいのだが、救援要請が来た為そのままシャヴァリエの騎士達と合流し、警備や復興の作業に当たっていたのだそうだ。

 最近になって漸く落ち着いたので、本来の目的である勉強をしている。


「ですが、王命に逆らえば、シャヴァリエ家も只では済みませんよね?」


「心配しなくて良いのよ。いざとなれば武力で捩じ伏せるから」


 爽やかな笑顔で、物騒な事を言い出すお義母様。


 隣国との小競り合いや盗賊団の討伐などで実戦を重ねている辺境の騎士団と、結界に頼り切りで魔獣の被害も久しく受けていない王都のお飾りの騎士団では、力の差は歴然である。

 だけど、もしも全面戦争になってしまえば、こちら側だって無傷では済まないだろうし、無辜の民達が巻き込まれないとも限らない。


「……いえ、武力を行使する必要はありません」


「全く…、ウチの娘は頑固なんだから。

 たまには我儘を言っても良いのよ?」


 お義母様にかかれば、『プリン食べた~い』みたいな可愛らしい我儘も、『王命に逆らいた~い』と言うかなりヤバめの我儘も、同じレベルと捉えられてしまうらしい。

 私は口元が引き攣りそうになるのを抑えつつ、不穏な提案を丁重にお断りした。


「我儘は、また次の機会にでも。

 ただ……、少しだけ不安はあるのです」


「デュドヴァン侯爵の噂の事かい?」


「ええ……。火のない所に煙は立たぬと申しますし」


「あら、立つわよ。煙なんて何処にでも。

 ねぇ、アナタ?」


 お義母様はケロッとしたお顔でお義父様に同意を求め、お義父様も深く頷いた。


「そうだな。私達夫婦も、以前は『仮面夫婦だ』などと言われた物だ」


「そんな馬鹿なっ!!」


 立つのですね、煙。火がなくても。


 義両親は、熟年になっても、未だに超ラブラブなおしどり夫婦だ。

 どこをどう見たら、この二人が仮面夫婦に見えると言うのだろうか?

 まさか、火のない所に煙が立った実例が、こんな身近にいたとは。


「私達の噂の場合は、全く根拠が無いと言う訳でもないから、『火のない所』かどうかは微妙だけどね」


 義両親に関する噂は、お二人がなかなか子宝に恵まれなかった事と、王都の夜会に滅多に参加されない事から、囁かれ始めたらしい。

 だが、子供が出来なかったのは『もう少し二人きりの生活を楽しみたい』と、長い間避妊を続けていたからなのだ。



「私達は、何度かデュドヴァン侯爵にお会いした事があるよ。

 親しく会話を交わした訳では無いが、噂の様な人物とは思えなかった」


「そうねぇ。

 恐らくデュドヴァン侯爵の噂は、彼の父親と祖父に対する印象が根強く残っているのが原因じゃ無いかしら?」


「と、申しますと、先代侯爵様と先々代の侯爵様がお盛んだったと?」


 少しだけ言葉を濁して問えば、お義母様は微かに笑った。


「ええ。特に先々代の時は、愛人同士が殺傷事件を起こしたりして色々と大変だったのよ。

 それを見て育ったからか、現侯爵はどちらかと言えば潔癖な感じに見えたわ」


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