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66 自分の力で出来る事

 王都への帰路に就きながら、アルフォンスはクリストフとミシェルに言われた事をずっと考え続けていた。


 ちゃんと反省しているつもりだった。

 心から謝罪しようと思っていた。


 だけど───。

 実際にアルフォンスの口から出たのは、保身に走り、ミシェルの神経を逆撫でする言葉ばかり。


 そんな彼に二人は『先ずは自分がやるべきことをしろ』と言った。



 彼は王太子教育の中で、周囲の人間を上手に利用しろと教わって来た。

 上手く人を使えるのも上に立つ者にとっては必要な能力なのだから、その教育は何も間違ってはいない。


 一国の王ともなれば、様々な難題に直面する。

 その際、問題を一人で抱え込んで、自分自身で闇雲に動くだけでは、解決が遠くなってしまう。

 早期の解決を図るには、周囲の協力が不可欠だ。


 だがそれは、何でもかんでも臣下に丸投げすれば良いという話では無い。



 一人一人の適性を見極め、適した人材に適した仕事を割り振る。

 時には専門家にアドバイスを求めたり、大臣や側近達と議論を戦わせたりして、最善策を導き出す。

 そして必要に応じて自らも労を厭わず率先して動く。


 そうやって努力する姿勢を見せ続ける事で初めて、多くの人々の心を掴み、忠誠を誓ってもらう事が出来るのだ。


 人を見極める能力が無く、言葉の真偽を見抜けない。その上、自ら動いたり考えたりする事さえ放棄している人間に、人の上に立つ資格など無い。



 子供の頃はそれを理解していたはずなのに、いつしかアルフォンスの考えは楽な方に流れ、自分に都合のいい事ばかりを信じる様になった。



(僕はいつの間にこんな風になってしまったのだろうか……)


 凸凹道に揺れる馬車の中、アルフォンスは自分自身の両手をジッと見詰めていた。


 権力を失いつつある彼に、今から出来る事は然程多くない。

 アルフォンスは遅過ぎる後悔の念に苛まれていた。






「して、成果はどうだった?

 ミシェルは連れ帰ったのだろうな?」


 王宮に帰還した早々、謁見の間に呼ばれたアルフォンスを待っていたのは、とても苛立った様子の国王だった。

 いつもはアルフォンスに甘い父が、珍しく厳しい表情をしている事が少し引っかかったが、それだけ危機的な状況が続いているからだろうと納得した。

 まさか自分の出自に疑念を持たれているなどとは、夢にも思わずに。


 挨拶もそこそこに、アルフォンスは報告を始める。


「デュドヴァン侯爵夫人の懐妊は本当でした。

 デュドヴァン侯爵と夫人は非常に仲睦まじく、『二度と妻には関わるな』と侯爵は大変ご立腹でした」


「それで簡単に諦めて、おめおめと帰って来たと言うのか!?

 この国が危機に瀕しているのだぞ!?

 無理矢理にでも連れ帰って来るべきだったであろう!!」


(醜いな)


 拳を振り上げて唾を撒き散らす父の姿に、アルフォンスは辟易した。


(きっと、デュドヴァン邸での僕も、彼等の目にはこんなふうに映っていたのだろう)


 自分自身の醜態を鏡で見せられている気分になって、思わず溜息が零れる。


「御言葉ですが、僕は過ちを犯し、ミシェルに許しを乞う立場なのですよ。

 無理矢理になど連れて来られる訳がないでしょう?

 それに、デュドヴァン侯爵の魔法騎士としての才能の一端を見ましたが、王宮騎士など束になってかかっても足元にも及ばないレベルです。

 本気で怒らせたら、王家など直ぐに滅ぼされてしまいますよ」


 国王もデュドヴァン家が誇る軍事力の脅威については、当然理解していた。


「う゛……、もう良い。退がれ」


 言葉に詰まった国王は、シッシッと片手を振ってアルフォンスを追い払う様な仕草をする。


 アルフォンスは丁寧に頭を下げると、踵を返した。

 謁見の間を出た彼が足を向けたのは、大聖堂だった。




 大聖堂の休憩室には、魔力の充填を終えた聖女達がグッタリとした様子で休んでいた。

 彼女達は、突然現れたアルフォンスの姿を見ると、慌てて姿勢を正す。

 だがそれは形ばかりで、以前は当然の様に向けられていた尊敬や憧れや恋慕の眼差しの代わりに、冷めた視線が向けられていた。


 聖女達の世話をしていた神官が、アルフォンスに歩み寄り声を掛けて来る。


「これはこれは、王太子殿下。

 この様な場所に自ら足を運ばれるとは、何か急用ですか?」


「聖女の皆に聞きたい事があるのだが……、貴女達は毎日朝晩、神に祈りを捧げているのだろうか?」


 アルフォンスの問いに、一人の聖女が眉根を寄せて不機嫌そうに答えた。


「今の状況で、その様な時間があるとお思いですか?」


 言外に『お前の愚行のせいで忙しい』という不満を滲ませているのは明らかだった。

 自業自得ではあるが、ミシェルを虐げていた側の聖女に言われるのは、少々腹立たしくもある。

 アルフォンスは反論したいのを我慢しつつ、聖女達を説得する事にした。


「元筆頭聖女のミシェルが、聖女の力を高める為には祈りが大切だとアドバイスをしてくれた。

 少しずつでも良いから、祈りを再開させてくれないだろうか。

 頼む、君達にしか出来ない事なんだ」


 不満顔だった聖女達だが、深々と頭を下げ続けて微動だにしない王太子の姿に、微かな動揺が広がって行く。


 やがて、先程とは別の聖女がおずおずと声を上げた。


「あの……、私は祈ってみようと思います。今の状況では、あまり長い時間は出来ませんが。

 ミシェル様がそう仰ったならば、きっと必要な事なのでしょう。

 ずっとおかしいと思っていました。

 私達が全員でかかってもこんなに辛い仕事を、彼女はずっと一人でやっていた。

 勿論、元々の魔力量の差はあったでしょうけれど、私達とミシェル様には他にも何か違いがあったはずなんです。

 皆さんも、そう思いませんか?」


 彼女、ニナの言葉に、その場にいた何人かの聖女は賛同を示した。

 結局、全員では無いが、数人の聖女が祈りを再開する事を約束してくれた。


「本当にありがとう。宜しく頼む」


 アルフォンスは聖女達に再び丁寧に頭を下げて、大聖堂を後にした。


(色々考えたが、結局、頭を下げて頼む事しか出来なかった)


 王太子としての立場が盤石だった頃に動いていれば、もっと色々と改革する事が出来たかもしれない。

 だが、今は、他に王子が居ないから王太子の座に留まっているだけの、名ばかりの王太子だ。

 彼の命に従ってくれる者は、殆どいなくなった。



 執務室に戻ったアルフォンスは、外出中に溜まりに溜まっていた日常の執務を粛々と終えた。

 執務を終えた後も机に向かったままの彼は、前回の感染症流行時の問題点を書き出す作業を始める。


 その夜から、彼の執務室の窓には、深夜まで明かりが灯り続ける様になった。


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