43 聖女の力は諸刃の剣
「なんだか奥様の薬草畑、生育が早過ぎないっすか?
もう収穫出来そうなのがいっぱいありますけど」
畑を眺めながら紅茶を飲んでいたレオが、不意にそう言い出した。
「あ、私も思ってました。
他国でも栽培が難しいって言われてる希少な薬草も問題無くスクスク育ってますし、これも光魔法の効果ですかね?
やっぱり聖女様の力って凄いのですね」
レオの意見に頷いたチェルシーが、私の浄化魔法を絶賛してくれるけれど。
「褒めて貰えるのは嬉しいけど、本来は聖女の力なんかに頼らずに、国の運営が出来るのが一番なのだけどね。
強過ぎる力を持つ事は、逆に国の弱体化を招くから」
とは言え、聖女の力に頼り切っている現状を急に変える事は難しい。
だから私は、取り敢えず、少ない光魔法でなるべく大きな効果を生む方法が無いかと模索しているのだ。所謂、省エネってヤツである。
「その通りかもな。
調べてみると、ここ数十年の間は、聖女の人数が多かったり、飛び抜けて力の強い聖女が現れたりして、なんとか平穏を保っていた様だ。
だが、王国の長い歴史の中では、聖女の力が足りなかった時代だってあったらしいし、今後もどうなるかは分からないだろう」
旦那様の言葉を皆んな神妙な顔で聞いていた。
「大体にして、この国は、聖女の光魔法に頼り過ぎているのです。
結界の維持もそうですし、私が聖女の頃なんて、ささくれや虫刺されにまで治癒を依頼する貴族がいました」
「それは何とも無駄遣いだな」
「でしょう!? そんなもん、舐めときゃ治るって話ですよ。
使える物は使った方が良いって考え方も、間違っては無いと思うんですけどね……、それが今後も永遠に使えるとは思わない方が良い。
使えなくなる前に、そうなった時の対策を少しずつでも進めておくべきだと私は思います」
「薬草畑もその一環なんだな」
「はい。
根本的な解決にはなりませんが、聖女の魔力の節約にはなりますでしょ?」
少し真面目な話になってしまった所で、ジェレミーが私の袖をツンツンと引っ張った。可愛い。
「母様、ジャクタイカって何?」
「ん? 弱くなっちゃう事よ」
私の説明に納得いかないのか、ジェレミーは益々首を傾げた。本当に可愛い。
「力が強いと、弱くなっちゃうの? なんか難しいですね」
確かに、そこだけ聞くと、まるで謎掛けみたいに矛盾した話だ。
「そうねぇ……。例えば、国全体の問題を一人で何でも解決出来ちゃうくらい、凄~く強くて頭もとても良い人がいたとしましょう。
その人さえいれば、他の騎士は要らないし、王様も何も考えなくても、その人の言う通りにすれば、全部上手く行くの」
「皆んなお仕事しなくて良くなりますね」
「そうよ。でもね、そうやって、皆んながお仕事を辞めちゃって、長い時間が経った頃、突然その人が居なくなっちゃったら、どうなると思う?」
ジェレミーは顎に手を当てて、「うーん…」と考え込んでいた。
「多分……、皆んな困りますよね?
騎士は、剣術の練習を毎日するってレオが言ってました。
家庭教師の先生も、お勉強は継続が大事だって。
だから、ずっと何もしないでいたなら、何も出来なくなっちゃってるかも?」
「そうね。きっとそうだわ」
「俺が言った事、良く覚えてましたねぇ。
坊っちゃまは賢いです!」
レオがジェレミーの頭をグリグリ撫でた。ジェレミーは褒められて嬉しそう。
ウチの子は本当に、賢くて可愛くて最強だわ~(親バカ)。
その光景を優しい眼差しで眺めていた旦那様は、急に私に視線を向けた。
「ところでミシェル、薬草を収穫したら、どうするつもりなんだ?」
薬草畑を作るにあたって、旦那様には例の論文の写しを取り寄せて読んで貰い、実験してみたいのだと話してあった。
浄化した土を使えば薬草栽培が出来る事は分かったが、その薬草の薬効が本当に他の物よりも高いのかどうかも是非とも確認しておきたい。
「領地内の薬師に依頼して、輸入の薬草で作った薬と、それと全く同じ製法と配合で私の薬草を使い作った薬を用意して貰います。
その両方を領地内の治療院などに配り、患者さんにも協力をお願いして、効果の違いを記録しようかと」
「分かった。では、薬師や治療院を探す段階になったら教えてくれ」
「?」
えっ?
何故?
キョトンとした顔をした私に、旦那様はぶっきらぼうに言った。
「君はあまり外出しないから、領地内のことはよく知らないだろうし、邸の外には頼れる者がいないだろう?
協力してくれそうな薬師と治療院を何件かピックアップしておこう。
交渉しに行く時には、私も付き添う」
「いえ、でも、お忙しいのでは?
領地内の案内は、レオかジャックさんに頼もうかと思ってたのですが……」
「イヤ、奥様、何故そこで俺の名前を出すんスか!?
少しは空気読んで下さいよ!」
慌てたレオが悲鳴の様な声を上げたのだが、ちょっと何を言ってるのか意味が分からない。
「え? レオに頼んじゃダメだった?
……じゃあ、ジャックさんに頼もうかな?」
空気を読んだからこそ、レオに頼もうと思ったのに。
護衛も兼ねての案内役だからちゃんとした騎士の仕事だし、畑仕事よりもずっと良いって言ってくれると思っていたのに、何故そんなに嫌がる?
ひょっとして、私、嫌われてるのだろうか?
私達の遣り取りをジッと見ていた旦那様は、少し不機嫌そうに目を細めた。
「そのくらいの時間なら、いつでも取れる。
それに君がやっている事は、上手く行けば医療レベルの向上に繋がる大事な実験だ。
民の命を守る為になるかもしれないのだから、私に出来る事は何でも協力する」
「そうですか? 助かります。
ではお言葉に甘えさせて頂きますね」
「ああ」
無表情で頷く旦那様を、何故かグレース達は生温かい目で見ている。
そしてレオは安堵の溜息をついていた。




