41 事件の結末
シルヴィの狙いは、やはり旦那様の妻の座だった。
シルヴィの父であるバロー子爵は、そこそこ美しく育った彼女を高位貴族に嫁がせるつもりだったらしい。
だが高望みをし過ぎたせいか、なかなか娘の縁談は整わず、とうとう適齢期を迎えてしまう。
その頃には、条件の良い高位貴族の男性はあまり残っていなかった。
タイミング良く、本家であるデュドヴァン侯爵家が侍女を募集していると知った子爵は、シルヴィを奉公に出す事にした。
『デュドヴァン侯爵を誘惑して愛妾になれ』
と、シルヴィに指令を出して。
仮令正妻じゃなくても、娘がデュドヴァン侯爵からの寵愛を受ける事が出来れば、子爵家への援助が期待出来ると彼は考えたらしい。
デュドヴァン侯爵は女好きだと噂されているので、シルヴィの美貌を以ってすれば、然程難しく無いだろうと思っていたようだ。
一方のシルヴィは、父の提案に最初は乗り気じゃなかった。
それもそうだろう。『悪虐聖女』と呼ばれる私の元で働き、その夫である『好色侯爵』の妾になれと言われたのだから。
……いや、こうして並べると、なんか凄い夫婦だな(汗)。
侯爵に近付いて妻の怒りを買うのも怖いし、『何が悲しくて、若い身空で女好きの侯爵の妾になどならねばいけないのか!』と思っていたそうだ。
まあ、当然の反応である。
たが、実際にデュドヴァン家に来てみれば、『悪虐』な筈の女主人は意地悪でも苛烈でも無かった。
それに、侯爵はまだ二十七歳の若さらしいし、息子であるジェレミーと似ているのならば、きっと美丈夫に違い無い。
ならば少しくらい女好きだって構わないかも……と考えを改めた。
しかし、雇い主であるはずの侯爵とは全く会えなかった。
内情を探るために初期の段階から方向音痴を装っていた彼女は、邸内をウロウロしてみたけれど、それでも侯爵とはすれ違う事さえ無い。
彼の妻に仕えているのに、一度も姿を見た事がないというのは不自然だ。
自分が担当じゃ無い日にも遠巻きに妻を観察してみたが、夫婦が接触している様子は皆無だ。
食事の時間はシルヴィ達は別の仕事を命じられるので、どう過ごしているのか分からないが、少なくともベッドを共にしていない事は確かだった。
『奥様は冷遇されている』
そう思ったシルヴィは、これなら愛妾では無く正妻の座を狙えるのでは? と、野心を抱き始めた。
だが、ジェレミーが義理の母にとても懐いている事は、離縁させるのには不利に働くかもしれない。
ならば、ジェレミーが義母と仲違いするように仕向けよう。
自分が一所懸命描いた絵を、義母が破り捨てたとしたら、彼はきっと怒るのではないか?
そして、今回の事件を起こした。
私の部屋で絵を破り、ポケットに詰め、見つかりやすい様に何箇所かに分けて捨てたのだ。
だが、そもそも誰一人として、絵を破いたのが私だとは一瞬も疑わなかったのだ。
それによって、杜撰な計画は早期に失敗に終わった。
何故こんな勝算の低い行動を起こしたのかと言えば、それは彼女が自分がしでかした事の重大性に気付いていないからに他ならない。
『たかが子供の絵』と、彼女は言った。
そう、彼女の中では、今回の事件は別に大した事ではないのだ。
だから、『上手く行けばラッキー』くらいの気持ちで、安易に実行してしまった。
因みに万年筆は、応接室の掃除の際に、ソファーの背もたれと座面の間に挟まっているのを偶然見つけ、誘惑に負けて着服したと言っている。
「冷遇……された覚えは無いけど」
レオの説明を最後まで聞いた私は、ポツリと呟いた。
「私も君を冷遇したつもりは無いのだが……」
確かに普通の夫婦関係とは違うが、旦那様はいつも私を気遣い、私の気持ちを尊重しようとしてくれる。
愛し合っておらず、接触の機会も少ないからと言って冷遇されているとは限らないし、そもそも政略結婚が多い貴族の夫婦の間には、愛が無い事など良くある話だ。
「俺にも冷遇されてる様には見えませんね。
仮令お二人が一緒に居る所を見る機会が無くても、奥様はこの邸で伸び伸びと楽しそうに過ごされてますから。
ですが、彼女はそう思い込んでいたのでしょう」
「思い込みが激しそうなタイプだったからな。
ところで、ジャックはどうした?」
「ああ、お仕置きが足りないって言って、まだ取り調べ室です」
お仕置きと言う言葉に、不穏さしか感じない。
「まあ、程々にしとけと伝えろ。
バロー子爵家には相応の慰謝料を請求し、子爵家の関係者はデュドヴァン領内への立ち入りを禁ずる。
シルヴィには、『デュドヴァン家の者とシャヴァリエ家の者には今後一切関わらない』と約束させて実家に帰せ」
旦那様がレオに指示を出した。
バロー家はあまり裕福でないと聞くので、侯爵家からの慰謝料の請求額によっては、爵位を維持出来るかどうかすら危うい。
しかも、隣国へと続く街道が通っているデュドヴァン領に入る事が出来なくなると、様々な不都合が生じるだろう。
この話が義実家に伝われば、シャヴァリエの領地への立ち入りも制限されるかもしれない。
それにしても、当然私達への接近は禁止するだろうとは思っていたが、当たり前の様に私の義実家までその範囲に入れられている事がありがたい。
「分かりました。約束はしっかりと守らせますのでご安心を」
「ああ、頼んだよ」
んん? 然程物騒な言葉を使っているわけでは無いのに、なんとなく背筋が寒いのは何故かしら?
「……ねぇ、レオ。約束を守らせるってどうやって?」
「奥様は知らない方が良いですよ」
おずおずと尋ねた私に、レオはとっても黒い笑顔でそう言った。
旦那様もレオもジャックさんも、ジェレミーの絵に手を出したシルヴィには、かなりお怒りなのかもしれない。
「あ、ところで旦那様。ペネロープには紹介状を出してあげたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ミシェルがそうしたいのなら、構わないよ」
旦那様がそう言ってくれて、ホッとした。
紹介状が無ければ、再び貴族の邸で働く事は難しい。
彼女にはきちんと反省した上で、やり直して欲しいと思っていたから。
こうして一応、事件は解決した。
私室に戻ると、額縁の中に張り合わされた絵が収まって、壁に飾られていた。
私の帰りを待っている間に、ジェレミーがグレースと一緒に破かれた絵を修復してくれたらしい。
疲れてしまったのか、私のベッドでスヤスヤ眠っているジェレミーの頭を、起こさない様にソッと撫でた私は、泣きながら笑った。
※ Q:どうやって約束を守らせるか?
A:脅す!
答えは超シンプル。




