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4 逃げ遅れた元聖女

 城門で足止めを食らった私は、騎士達が待機する為の小さな部屋に押し込められ、ソファーに座ってイライラと貧乏揺すりをしていた。

 マナー講師に見られたら鉄拳制裁されそうだが、もう王太子の婚約者では無くなったのだから、貧乏揺すりくらいは許して欲しい。


(あーあ。こうなる事が分かっていたから、最速で荷造りをしたのになぁ……)


 どうしても持って行きたい物なんて数少ないし、荷造りには然程時間は掛かっていない筈なのだが……。

 思った以上に早く、婚約破棄の件が陛下の耳に入ってしまった様だ。


「ねぇ、まだなのですか?

 私も暇では無いのですから、早く解放してくださらない?」


「……」


 見張りの騎士に、ちょっと八つ当たり気味に文句を言うと、無言で冷たい視線が投げられた。

 どうやら私の悪評は、ここにも広まっているらしい。


(なんて理不尽なのかしら)


 私は思わず、大きな溜息をついた。




 お茶も出して貰えず、小一時間ほど待たされて、漸く国王陛下の側近の一人が私の元を訪れた。


「陛下がミシェル様とお話しなさりたいと仰せです」


「え? 普通に嫌です」


 即答した私に、側近はピクッと眉を跳ね上げた。


「国王陛下のご命令ですよ?」


「王太子殿下からは、もう自由にして良いとの許可を得ております」


「当たり前ですが、殿下よりも陛下のお言葉が優先されます。

 不敬罪に問われたいのですか?」


 権力でねじ伏せようと言う姿勢に腹が立った私は、側近を睥睨した。


「どうぞ、出来るならば。

 処刑でも何でもすれば良いのだわ。

 因みに幽閉でもしよう物なら、私は舌を噛んで死にますよ」


 出来る訳がない。

 彼等は私の力を手放したくないだけなのだから、死なれては困るのだ。

 案の定、側近は私の言葉に、若干の動揺を見せた。


「な、何もそこ迄は言っておりません。

 では、私の方から用件だけを伝えさせて頂きます。

 ミシェル様には、一ヶ月以内にクリストフ・デュドヴァン侯爵との婚姻を結んで頂きます。

 これは王命です。断る事は許されません」


 側近は国王の印が押された書状を、恭しく私に手渡した。

 デュドヴァン侯爵は確か二十七歳。

 未婚だが、幼いご子息が一人いるらしい。


「陛下の意向は承知しました。

 婚姻については、考えて置きます」


「王命ですと申し上げたでしょう」


「私も『陛下の命令に諾々と従う気は無い』と申し上げたでしょう?

 もう忘れたの? 記憶力無いの?

 用件がそれだけでしたら、失礼させて頂きます」


 立ち上がって扉へ向かうも、先程の見張りの騎士が再び私を睨み付けて立ちはだかった。


「まだ何か?」


 私が騎士を睨み返すと、呆れた様子で溜息をついた側近が、『通してやれ』と片手を振って合図を送る。

 騎士は苦々しい表情で、扉の横へと退いた。


「どうもありがとう。では、失礼」


 お義母様から習った完璧なカーテシーで別れの挨拶をすると、私は今度こそ、城を後にした。





「あ゛~~、もうっ! 面倒な事になっちゃったなぁ」


 乗り合い馬車に揺られながら、私は呟いた。


 さっきはイラッとしたので、咄嗟に国王の側近に強気な発言をしてしまったが、王命に逆らうのが得策では無いという事は、私だって分かっている。


 私は人前で義実家の話はしない。

 義実家は私の強力な後ろ楯になってくれるのと同時に、弱味にもなる存在なのだ。

 私が彼等を慕っていると知られれば、私を縛る為に彼等が人質になる可能性もある。

 だから、表向きは『王太子との婚約の為に名を借りているだけ』と言う事にしている。

 お陰で、さっきの様な場面でも、シャヴァリエ家の名を出して脅される事はない。


 だが、いくら名前ばかりの義実家だとしても、私が王命を無視して逃げてしまえば、流石にシャヴァリエ家が連座で罪に問われる事は避けられないだろう。


(まあ、あの馬鹿王太子に嫁いで、教会で一生こき使われるよりは、デュドヴァン侯爵の方がいくらかマシかもね)



 ただ、一つだけ気掛かりなのは、社交界で囁かれているデュドヴァン侯爵の噂だ。


 好色侯爵。


 彼はそう呼ばれているのだ。

 デュドヴァン侯爵はあまり夜会に顔を出さないから、私はお会いした事が無くて、その噂の真相は分からないけど……。


 私は零れそうになる溜息を飲み込んだ。




 取り敢えず、今回の騒動の報告をする為、シャヴァリエ家へ先に向かう事にしよう。



 シャヴァリエ辺境伯領と、デュドヴァン侯爵領は、一部だけだが隣接しているので、どちらに行くにせよ向かう方角は一緒だ。


(義実家が近い事だけは救いだわ)


 今後の身の振り方を考えつつ、私は暫し目を閉じた。


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