19 侯爵家の騎士団
その後、旦那様との話し合いで、騎士団の怪我人への治癒は重傷者のみに施す事に決まった。
何故なら、騎士達は痛みに耐える訓練も必要だから。
私の治癒に慣れすぎてしまうと、二年後私がいなくなった時に困ってしまうだろうし、私が居る間でも、派遣先や任務の内容によっては直ぐに治癒を受けられるとは限らないしね。
早速、翌日にデュドヴァンの騎士団へ、旦那様に連れて行って貰う事になった。
騎士団の施設は本邸と隣接しているので、歩いて行ける。
使用人の誰かに案内してもらおうと思っていたのだが、「最初は私から紹介した方が良いだろう」と言って、旦那様自ら案内役を買って出て下さったのだ。
騎士団の建物内にある広い会議室には、大勢の騎士が集められていた。
私と旦那様が入室すると、先程まで騒がしかった室内が急に静かになった。
沢山の視線がコチラに集中し、一気に緊張感が高まる。
旦那様は無表情のまま、徐に口を開いた。
「こちらはミシェル。私の妻だ」
───ツマ!?
間違ってはいない……のか?
いや、入籍の書類にサインはしたけど、まだ手続き中のはずでは?
混乱している私を他所に、旦那様は話し続ける。
「知っている者も居ると思うが、ミシェルは元聖女なんだ。
彼女は、君達が任務によって重い怪我を負った場合に、治癒魔法を施してくれる事になった。
常駐では無く、必要な時だけコチラへ来てくれる」
「ミシェルと申します。
微力ではありますが、皆様のお役に立てれば嬉しく思います。
宜しくお願いいたします」
旦那様に促されて、私も短く挨拶をすると、あちこちで小さな騒めきが起こった。
「あの、噂の筆頭聖女様……だよな?」
「なんか、噂と違って大人しそうな人だよな」
「旦那様って、女が嫌いだったろ? 結婚したなんて知らなかった」
「俺みたいな平民でも治癒してくれるのか?」
騎士達の反応は様々だ。
かなり戸惑っているみたいだが、王宮の者達の様にあからさまに蔑む様な人はいなさそうだ。
「んん゛っっ!!」
旦那様が咳払いをすると、騎士達は一瞬でピタリと口をつぐんだ。
「爵位や階級は関係ないが、軽傷者は対象外だ。
ミシェルが優しいからってあまり甘え過ぎない様に。
少し位の怪我なら、今まで通りに薬を塗って我慢しろ」
(優しいって何?)
驚いた私は思わず目を丸くして、隣に立つ旦那様を凝視してしまった。
騎士達もなんだか複雑な顔をしているじゃないか。
きっと『悪虐聖女なのに優しい?』って、疑問に思われているのだわ。
「あ、あの……、取り敢えず、今怪我をしている方がいらっしゃったら、実際に治癒魔法を見て頂きたいのですけど……」
場の空気に居た堪れなくなった私は、デモンストレーションを旦那様に提案してみた。
「そうだな……、今は重傷者は居なかったと思うが……。
あ、古傷でも治せるのだろうか?」
「はい。
状態によっては一度では治り切らない可能性はありますが、欠損とかでない限り、繰り返し治癒を掛ければ直せるはずです」
「では、ジャック、前へ」
旦那様が呼び掛けると、立派な体躯の一人の騎士が挙手をして前へ出て来た。
「彼は盗賊団に襲われそうになった親子を庇って、左肩を斬り付けられた。
左腕は殆ど動かせない状態だ」
「利き手じゃなかったのが、不幸中の幸いでしたけどね」
本人はなんでもない事の様にそう言って笑ったが、いくら利き手ではないと言え、片手が使えない状態なのに今でも騎士を続けていられる事に驚愕した。
きっと物凄く努力して、右手のみで戦う術を身に付けたのだろう。
彼は三十歳手前くらいに見える。
まだまだ働き盛りなのにそんな傷を負ってしまったなんて……。
(絶対に治してあげたい)
改めてそう心に決めた私は、ジャックさんに近付いた。
「服は脱いだ方が良いですか?」
「そのままで大丈夫ですよ。
傷跡が消えるのを見たいのなら、脱いでもらっても私は構いませんが…」
私の言葉を受けて、ギャラリーの騎士達が「脱げ脱げ」と囃し立てる。
治癒魔法に興味があるのか、ジャックさんを揶揄っているのかは分からないけど。
「うるさい! 脱がんで良い」
旦那様が騎士達をギロリと睨んで一喝すると、彼等はビクッと肩を震わせ黙り込んだ。
ジャックさんの肩に服の上から手を翳す。
古傷の奥まで届く様に、多めに魔力を込めると、いつもよりも少し強い光が放たれる。
見守る騎士達から「おおっ!」と歓声が上がった。
少しずつ光が弱まり、やがて消える。
「如何でしょう? 少し動かしてみて下さい。
やはり一度で完治は無理でしたが、後二回ほど治療すれば、おそらく元に戻るかと……」
ジャックさんは私の説明を聞きながら、左腕を軽く動かして「嘘だろっっ!?」と叫んだ。
彼の腕は肩の高さ位までは上がる様になっていた。
その目に薄らと涙が浮かぶ。
「……ミシェル様、本当に俺の腕治りますか?」
小さく掠れた声の問い掛けに、私は力強く頷く。
「ええ、必ず」
「……ありがとうございます。
本当に…ありがとう…」
何度も何度も繰り返し感謝の言葉を贈られていた私は、旦那様がいつもより優しい視線でこちらを見ている事には、全く気付いていなかった。




