チュカロスの翼
「こ、これは・・・」
ジイさんに案内されたのは地下にある巨大な倉庫。
「ブラキオサウルス?」
「馬鹿もん!これがどうしてブラキオサウルスに見えるんじゃ!」
「いや、どう見てもブラキオサウルスだろ、首長いし。」
そこに置かれていたのは、巨大な首の長い恐竜型ロボット。
フォルムはブラキオサウルスに似ているが、大きさは16メートルほどのブラキオサウルスと比べると大きく、中学校の50メートルプールぐらいはありそうだ。
「こいつはチュカロサウルス・ディリピエンダ型ロボット、チュカロスじゃ。」
「チュロス?」
「チュカロスです。イカロスと同じイントネーションです。」
ココアが覚えやすいように指摘してくれる。
チュカロス。まあチュカロサウルス・ディリピエンダよりは短くて呼びやすいか。
チュカロサウルス・ディリピエンダはケチュア語で不屈を意味するチュカロと、ラテン語で爬虫類という意味のサウルス、ラテン語でごちゃ混ぜという意味のディリピエンダを組み合わせた名前だ。
ブラキオサウルスのように首が長く、大きさは諸説があるが30メートル近い大きさの巨大恐竜だと言われている。
「ストロ、破壊してしまっても構わんのじゃろ?」
「え・・・まあプロタスリティス型怪獣については、大木博士の判断で問題なければ、破壊してもらって問題ないです。市民の命と財産の確保が大事なので。」
「マサル。」
「なんだよ。」
「乗れ。」
「・・・はあ?」
「頭部にコックピットがあるから乗れ。」
「はあ!?」
何にとは言われなくても分かる。このチュカロスにだろう。
だが操縦と名の付くものは、これまでの人生で自転車とゴーカートとデパートのパンダしかした事がない。
どう考えてもチュカロサウルスの操縦は、パンダより難しいだろう。
「大丈夫です。」
「ココア・・・」
まさか彼女が手伝ってくれるのだろうか?
ガイノイド、女性型アンドロイドとはつまりロボットだ。
彼女の場合、本当にガイノイドと呼んでいいのかはよくわからないが、ひょっとしてチュカロスの操縦を手伝ってくれる機能がついていたりするのか。
「操縦しやすいUIになってるので、初心者でも安心です。」
「嘘つけ!」
世の初心者でも安心にはからくりがあるものだ。
「あの・・・私が操縦しましょうか?これでも車の免許は持ってるので・・・」
「ダメじゃ。」
ストロさんの提案を祖父があっさりと否定した。
「あれはわしの遺伝子を継ぐものしか動かせん。」
「つまり?」
「お前かスグルかわしじゃ。」
「ジイさんが乗ればいいだろうが!」
孫、子、本人。
この中で操縦方法を知っているのは本人だろう。
「お前はなんでもすると言ったじゃろうが。」
「言ってねえ!手伝うって言ったんだ!」
「一緒じゃ。」
「違うわ!」
ジイさんとにらみ合う。
「まあまあ落ち着いて、いったん落ち着いて座って話しましょう?マサルはコックピットに座ってください。」
「そうだな・・・ってなると思うなよ!」
ココアが姑息な手を使ってくる。
「マサルさん・・・世界の命運はあなたに託されたんです・・・」
「ストロベリーココアの次に俺に託すな!」
もっとやるべき事があるはずだ。
「うっ・・・」
ストロさんが涙目になる。それを見て、先ほどの光景が頭をよぎった。
大人のガチ泣き、あれはきつい。大人だって人間だ、それは分かるが、ガチ泣きする大人にかける言葉は高校生にはない。
ここで断ったら大人のガチ泣きがもう一度始まるのかも知れない。そう思うと体が硬くなる。
「マサル。」
ココアが手招きをするので、少しかがんでココアに近づいた。
「選んでください。チュカロスに乗るか、世界の滅びと大人のガチ泣きリターンを見るか。」
ココアが小声で悪魔のささやきをする。
「うっ・・・」
声が詰まる。ちらりと視線をやると、ストロさんの目の涙はいつ決壊してもおかしくなさそうだ。
「・・・ジイさん、安全は確保されてるんだよな。」
「もちろんじゃ。」
「・・・どうなっても知らんぞ。」
「よし、じゃあ乗れ。そこのリフトで上にあげれる。」
リフトに乗るとココアも付いてきた。
「一緒に来てくれるのか?」
「いえ、乗り方を説明するだけです。」
リフトが上がりだしたが、こちらの気持ちは上がらない。
「やっぱりでかいな。」
リフトが止まって、チュカロスの頭で止まる。
頭の中にはシートがあり、その周りは機械で埋め尽くされていた。
「シートに座ってください。」
「・・・乗らないとダメか。」
「号泣ストロベリーセカンドを堪能したいんですか?」
「・・・わかったよ。」
シートに座る。計器が色々と付いているが見方が分からない。
だがテンションが上がらないと言えばウソになる。
やっぱりロボットに乗るというのは、何歳になってもテンションが上がるものだ。
「計器については気にしないで大丈夫です。こちらでオペレートするので。」
「それは助かるな。」
「シートベルトはしっかりつけてください。」
「これか。」
シートベルトを締めると少し安心感がある。なんか安全性が考えられてるって感じがする。
「操縦は・・・まあなんとなくわかると思います。」
「わかるか!」
「使うのは足元のペダルと左右のレバーだけです。あとはノリで行けます。」
「そんなわけあるか!」
「ハッチ閉じますね。」
「おい!」
ハッチが閉じられると、一瞬周りが暗くなったが、すぐに全面がガラスのように周りが見えるようになる。
「準備OKです!」
「おい!」
こちらの声は聞こえていないのか、ココアは無視してリフトで下に降りていく。
『聞こえるか。』
「ジイさん!あいつロクに説明しなかったんだけど!」
『使うのは足元のペダルと左右のレバーだけじゃ。あとはノリで行ける。』
「ロクに説明しねえな!お前らは!」
『とにかく上げるぞ。』
そういうとグンと体に重力がかかる。どうやら上に出られる場所があるらしい。
「それでどうしたら良いんだ?」
『ストロベリーです。』
「ストロさん!」
そこにいる人間でもっともまともな・・・まともかな?
一瞬浮かんだ安心が粉雪のように溶けていく。
『目的地までナビをします。』
『不要じゃ。』
『え?』
『飛ばすから。』
『え?』
ジイさんとストロさんのやり取りが聞こえる。
その辺は事前に打ち合わせしてくれないだろうか?現場が混乱する。
「飛ばす?」
グンという衝撃で止まると、周りは外になっていた。
そして前足が少しだけ浮いたような感覚になる。
「ジイさん、どうしたら良いんだ?」
『ココアです。ここからは私がナビゲートします。』
「そうかい。それでどうしたら良いんだ?」
『飛ばしますので少々お待ちください。』
「だから飛ばすって」
どういう事だと聞こうとして、嫌なものが目に入った。
浮いた前足の下から、レールのような物が伸びていく。
「ココア!ココア!お前、まさか!」
『レール展開完了、方位確認完了、チュカロス、射出します!』
「おい!」
『舌嚙みますよ。』
そういうや否や強烈なGが体に襲い掛かる。
何も動かしていないのに、まったく振動がないのに、体が前へ前へと押し出される。
「っ!?」
文句を言いたいが、本能が今しゃべると舌を噛むと判断して声が出ない。
そしてチュカロスはレールの先へとたどり着く。
「うぁぁぁぁぁぁぁあ!」
奇妙な浮遊感と共にチュカロスは空を飛んだ。
その翼は蝋ですらない、そもそも翼がない。
それでもチュカロスは飛んだのだ。