襲来-プロタスリティス・シンクトレンシス-
「改めて紹介しよう。こいつはわしの孫の孫介じゃ。」
応接室のソファーに、ジイさんの隣に座り、麦原さんがその向かいに座る。
「大木マサルです。」
ジイさんのボケに反応していてはキリがない。
「こっちは政府特務室の人間じゃ。」
「ストロベリーです」
「・・・麦原さんですよね?」
コードネームだろうか?だが先ほどマイナンバーカードを見たので、本名を知っている。
「あ、いえ、それでストロベリーって読むんです。」
マイナンバーカードに書かれた名前は麦原苺。
なるほどキラキラネームというやつか、苺と書いてストロベリー、そうはならんやろという名前に比べれば、まだ読める。
「麦原ストロベリーさん?」
「いえ、苗字がストロで名前がベリーです。」
「は?」
「いえですから、苗字が麦原と書いてストロで名前が苺と書いてベリー、フルネームがストロベリーです。」
なるほど麦原と書いてストロと読むのか。
「なんで苗字までキラキラしてんだよ!」
「え?口説いてます?」
「コーヒー持ってきたんですけど、頭からかけた方が良いですか?」
「どこで口説いてる事になったんだ!あと、ココアはコーヒーを置け!」
「財布を置け、コーヒーを置け、まるで置け置け星人ですね。」
「その星はどこの星だよ・・・」
文句を言いながらもココアは丁寧な手つきでコーヒーを置くと、隣に座った。
「私がキラキラしてて、苗字までキラキラしてるって事ですよね?それはもう口説き文句になるんじゃないですか?」
「キラキラは名前と苗字だよ!あんたに言ってないわ!」
思わず声を荒げると、すっとココアの腕が前に出された。
「置いてください。」
ココアに唐突に注意される。
「何をだよ!」
「言葉のナイフをです。」
「あ?」
ココアに指摘されるが言葉のナイフとは何なのか?
「苗字が人と違う、名前が人と違う、そんな事でその人の人格は・・・いえ心は決まりません。」
「いや、まあ・・・それはそうだが・・・」
「あなたの言葉のナイフで傷つく人の心、私はガイノイドですがわかります。」
「・・・」
「言葉のナイフは時に刃物よりも深く傷つけ、大きな傷跡を残してしまいます。だから言葉のナイフを置いてください。」
「そうだな・・・ストロさん、すいませんでした。」
「いえ、慣れてますから。」
ストロさんは大丈夫ですというジェスチャーをする。
「ありがとなココア。」
人の道を踏み外さずに済んだのは、この人の心を人間よりも理解しているガイノイドのおかげだ。
「ところでお前人間じゃないのか?」
「言葉のナイフを置いてください。」
「お前は人の話をちゃんと聞かんか。そういうところ、父親にそっくりじゃな。」
「その話、アトランティスに関係ありますか?」
三者三様に責められ、憮然してコーヒーを飲む。
確かにアトランティスには関係ないが・・・ガイノイド、女性型アンドロイドなんて気になるじゃないか。
「話を戻します。大木博士、どうか我々に協力してください!」
「そう言われてもなあ・・・」
頭を下げるストロさん。
「私の覚悟を見てください!ココアさん!」
「ラジャー!」
ソファーから降り、土下座をするストロさん、そしてその上に座るココア。
「これが私の覚悟、ストロベリーココアです!」
「孫よ、何を言ってるんじゃこいつら。」
ジイさんがまともな事を言っている。
「知らねえよ。ストロベリーさんの上にココアが乗ったからストロベリーココアなんだろ。片割れはジイさんが作ったんじゃないのか?」
入ってきたときに馬乗りになっていたのはこれか。
「ココアはほとんど有機体で構成されているバイオガイノイドじゃからな、なんでもかんでもこっちの思い通りにはいかんよ。」
なんで小出しに気になる情報が出てくるんだ。
しかしツッコミ入れたら、逆に総ツッコミ返ってくるし・・・
「大木博士、私の覚悟、見ていただけましたか?」
「博士、マサルさん、私の雄姿見ていただけましたか?」
「ココアの雄姿は分かった。じゃが、それだけではなあ・・・」
「いやどっちも分かんねえよ・・・」
可愛くなかったといえばウソになるが、それがどうしたという話である。
「あとで乗ってあげましょうか?」
「いらん。」
何が悲しくて、子供型バイオガイノイドに馬乗りにされにゃいかんのか。
まさか覚悟とは、子供型バイオガイノイドに馬乗りにされても良いぐらい真剣だとかそういう事だろうか?
というか子供型バイオガイノイドってなんだ?
「覚悟を問うなら、ストロベリーココアはおかしいじゃろ。」
確かに変に名前を付けてる事でふざけている感が増している。
「ココアストロベリーじゃろ。」
「そこはどうでも良いんだよ!」
親戚のリストで誰が上に来てるか?じゃねえんだから。
「博士、ココアストロベリーではココア味の苺みたいで違和感があります。」
「ココア、こういう時は名前が前に来た方が偉いんじゃ。ココアの下になるというなら、名前はココアが前になるべきじゃ。」
「ラジャー、学習モード、名前が前に来た方が偉い、学習しました。」
「さっきまでそんなロボットみたいな事してなかったろうが!急にガイノイドらしさを出してくるんじゃねえ!」
あとそんな事学習せんでええ。
文化や時代で変わるし、そもそも気にするほどの事でもないだろう。
「とりあえず状況を説明してくれよ。アトランティスってのは何なんだ?」
混沌としているが状況が分からないのもあって、理解が出来ない。
まずは知らない情報を回収しよう。
「それについては私から説明しましょう。」
ストロさんがコホンと咳ばらいをして、タブレットを取り出した。
「アトランティスとは失われた大陸の名称にして、そこに住んでいたとされる知的生命体の国の名前です。」
「そのアトランティスがなんで今更出てきたんですか?」
「それについては不明です。ですが、それを事前に予言していた人がいたため、正体不明ながら相手についての情報が少しあるという状況です。」
そう言いながらジイさんの方を見る。
「現状どうすれば良いのかもわからず、事前にお知らせくださいました大木博士の協力を得たいと思い相談に来たという事です。」
「なるほど。」
つまり、アトランティスが来るのをジイさんが事前に予想し連絡、本当になったからジイさんのとこに来たと。
「このままでは日本が、それどころか世界が滅びる可能性すらある。私は世界のすべてココアストロベリーにかけているのです。」
「下らねえボケに世界をかけるな!」
あとしっかりストロベリーココアからココアストロベリーに変わっている。彼女の覚悟は本物のようだ。
「ジイさん協力してやったらどうだ?」
「じゃがのお・・・」
ジイさんは乗り気ではないらしい。
「どうしたんだ?金か?」
「お金ならいくらでも出します!」
金について食い気味のストロさん。
「どうせ私の金じゃないので!」
「最低だな!」
それでも予算というものはあるだろうに。
「いや、お前はどう思う?」
「え?」
逆にジイさんに質問される。
「知らせに言ったらボケジジイ扱いされて、頼みに来たと思ったらストロベリーココアとかいうおふざけをするやつに協力したいと思うか?」
「ストロさん、ストロベリーココアのせいで世界は滅びます。」
「そんな!私は・・・ッ!世界を救うためにッ!」
少なくとも世界を救うために必要だったのは、ストロベリーココアではなく、真摯なお詫びとお願いだったのではないだろうか?
「こうなったら・・・ココアさんッ!」
「はい!」
土下座をするストロさんに乗ろうとするココアの両脇を抑えて持ち上げる。
「うわぁっ」
「ややこしくなる。」
「どうせならもっと上げてください。」
「高い高いじゃねえんだから。」
そっとソファーに座らせると、ココアは少し不満そうにほほを含まらせた。
「くっ・・・私は・・・世界を救うためならッ!マサルさん!」
「乗らねえよ!」
「私の思いは・・・気持ちはッ!ただの土下座じゃ伝わらない!」
「人を乗せた方が伝わらねえよ!」
どうして政府特務室はこんな人を送ってきたのだろう?
混沌とした状況の中、ストロさんのタブレットが鳴った。
「あ、失礼します。」
『ストロ!何をしてるんだ!スーパーアドバイザーはまだ首を縦に振らないのか!』
「はい!すいません!」
『こっちはもう限界だ!政府のお偉いさん方もぐちぐち言ってきてる!そろそろ若者受けするSNS利用術で時間を稼ぐのも厳しい状況だ!』
「いえ、はい、こちらも感触は悪くないのですが・・・」
『最悪誘拐しても構わん!あのジジイ一人ならお前でも無力化できるだろう!』
「え、あの・・・」
『いいか!どんな手を使っても構わん!ボケジジイを連れてこい!わかったな!』
そういうと通話が切れた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
タブレットを見つめて動かないストロさん。
その後ろで通話を聞いていた人達。
「ボケジジイ一人のう・・・」
「ぴひょ~」
「止める気には・・・なれねえな。」
リコーダーでやられても仕方ないだろう。
「待ってください!」
ストロさんは急いで向き直り、真剣な土下座。
「あの・・・先ほどのは・・・えっと・・・言葉の綾と申しますか・・・あの・・・それぐらいの、誘拐するぐらいの心持でお願いすべしという・・・あー・・・先輩からの・・・いー・・・アドバイスと・・・うー・・・言いますか・・・えー・・・そうですね・・・おー・・・はい。」
「・・・」
「・・・」
「ぴひょ~」
ストロさんは恐怖からか小刻みに震え始めた。
彼女がリコーダーのビームを知っているのかは分からないが、今彼女は命の危機に瀕している。
「だってぇぇぇ!仕方ないじゃないですかぁぁぁぁあ!」
「え?」
どこかの議員のごときスイッチの入り方に思わずビクッと体が震える。
「私だってぇぇぇぇ!こんな事したくてぇぇぇぇ!うわぁぁぁぁあ!」
「ちょっと落ち着いて・・・」
「あなたに何が分かるんですかぁぁぁぁぁあ!」
「いや知らんけど。」
「んはぁぁぁぁ!」
「その声はなんやねん!」
「世界が滅びるのはああああっはーん!この国のみならずぅぅぅぅぅ!世界の問題じゃないですぁぁぁぁぁあ!」
「はあ・・・」
「私だってぇぇぇぇえ!格好良くアイディア出してぇぇぇぇえ!世界を救いたかったんですよぉぉぉぉぉぉおっほーん!」
「ぴひょ~」
「だけどぉぉぉぉ!新人の私にはぁぁぁぁあ!」
「ココア、いったんステイだ。」
「知らんジジイを説得する仕事しか与えられずぅぅぅぅーん!」
「わしはジジイではないわ!若造が!」
「それでもぉぉぉぉおう!いっしょうけんめええええええええええ!やってるのにぃぃぃぃ!」
「ジイさん、今そこは置いておこう。」
「誰もぉぉぉぉおっおっおっ!」
「マサル、止めを刺すのが優しさだと思います。こんな無様な姿、見てられません。」
「おおおおおおおおーん!」
「大人が大号泣が原因で人生終わるって・・・ある意味もう終わってるけど。」
「こんな私でも・・・役に立ちたいって・・・そう思ってたのに・・・」
どうやらちょっと落ち着いてきたようだ。
「まあ熱意は伝わったよ。ジイさん、少しぐらい協力してあげたらどうだ?」
さすがに大人のこんな姿を見て、無下にするのは十五歳にはちと辛い。
あと号泣リターンはさらに辛い。
「仕方ないのう・・・小娘にここまで泣かれてはな・・・」
年齢によるものか、どうやら受け取り方は異なるらしい。
「録画してるので後で観賞会しましょうね。」
「お前は地獄の窯のそこから生まれてきたのか?」
「いえ、フラスコ生まれです。」
ココアの言う事に反応したいが、大人に再度泣かれる前に事を終わらせたい。とりあえず置いておこう。
「じゃがそういうならお前も手伝えよ。」
「そりゃ構わんけど、何をするんだ?」
「ついてこい。ストロ、お主もじゃ。」
「は、はい・・・」
まだグズグズとしながらもストロさんは立ち上がった。
「大丈夫?」
そんなストロさんの背中をココアが優しく撫でている。だが騙されるな、そいつはストロさんの号泣シーンを録画しているガイノイドだ。
心が砕けても立ち上がる大人の姿、こんな大人にだけはなるまいと心に刻み込んだ。