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チュカロスの激戦  作者: 旦児
2/22

邂逅

 俺は祖父に会ったことがない。

 父は祖父と折り合いが悪かったらしく、大学を卒業した後、一度も連絡すら取らなかったそうだ。

 だから我が家にとって『おじいちゃん』は母方の祖父のみを指す言葉だった。

 そんな祖父から父あてに連絡が来たのは、一か月ほど前のことである。

 詳しい内容は知らないが、とにかく会って話をしたいとのことらしかった。

 最初は渋面を作った父だったが、年を重ねたせいか、それとも自らも父になって心境に変化でもあったのか、祖父に会うことにした。

 一人で会うのも気が重いし、せっかくだしということで息子である俺も同行することは半ば強制的に決められた。

 文句の一つも言いたいが、それはいい。

 人の同行を強制的に決めた父は、急な仕事で来られなくなった。

 だったら日を改めたらいいだろうに、なぜか息子一人を行かせることで話がまとまったらしい。

 つまり、俺は知らぬジジイに一人で会わねばならなくなったということだ。

 緊張しながら電車を乗り継ぎたどり着いたのは、奇妙な工場。

 ジイさんの言えというから、アパートか一軒家だと思っていたのに工場。

 ちょっとイメージとは違ったが、とりあえずチャイムを押してみたが反応がない。

 仕方ないので無許可でお邪魔して、事務所らしき建物があったので扉を開けた。

 そこにいたのは祖父ではなくブラとスカート姿の少女、そして感動の出会いではなくリコーダービーム。

 そして現在に至る。

「というわけなんだよ!」

「博士に孫がいるという話は聞いたことがありません。」

「博士?」

「ここの主です。」

 リコーダーがぴひょ~と鳴る。

「なんの騒ぎじゃ。」

 油断なくこちらにリコーダーを向ける少女の後ろから、白いカッターシャツにグレーのベストとズボンを履いた爺さんが出てきた。

「お前がジイさんか!」

「出会い頭に人をジジイ扱いするではないわ!電車でいきなり席を譲ってくる若造か!」

「そういう好意は若者の勇気と思ってありがたく受け取れや!」

いやそういう問題ではない。

「博士、彼はあなたの孫を自称する少年です。」

「うん?おお、じゃあお前が孫乃助か。」

「誰だよ!」

「ヘンタイである確率が上昇しました。」

「うるせえ!マサルだよ!大木マサル!」

 自らの名前を名乗る。

「ああ、そんな名前じゃったか。」

「忘れんな!」

 そうは言ったが名前を知ったのはつい最近だろう。覚えていなくても仕方ない。

「警戒せんでええ。わしの孫じゃ。」

「わかりました。」

 あっさりと信じた少女はリコーダーを下ろす。どうやらビームの脅威は去ったらしい。

「よく来たな。」

「ああ。」

 何を言えば良いのだろう。

 初めて会った気まずさとも違う。最初に軽く自己紹介しようと思っていたが、なんかもうそんな感じじゃなくなって、どうしたら良いのかわからない感じだ。

「ココア、とりあえず服を着ろ。孫の息子が立派になってはかなわん。」

「ひ孫が立派なことを誇れや。」

 孫の息子はひ孫、何も間違ってはいない。

「まさか見ていたいのか?」

「やはりヘンタイなのですか?」

「てめえら・・・」

 初対面の老人と女児にこんな事を言いたくはないが、全身からほとばしる殺気が口を悪くする。

 ブラスカート少女が服を着始めた。どうやら彼女の名前はココアらしい。

 これでヘンタイ疑惑は収まるはずだ。

「あのバカ息子がこんな大きな息子をこさえるとはな。時の流れは速いもんじゃ。」

「こさえた時はもっと小さかったよ。」

 そっから成長したのだ。

「そりゃそうじゃ。」

 益体もない話をしていると、ココアがコーヒーを入れて配り始める。

「今日来てもらったのは、この世界の真実を伝えるためじゃ。」

「やばい動画チャンネルにでもはまったのか?」

「はまっとらんわ!」

「宗教はもっと勘弁してくれよ・・・」

「わしは久しぶりに連絡してきた親戚か!」

「生まれて初めて連絡が来た親戚だよ。」

 父からしてみれば久しぶりに連絡してきた親戚になるのだろうが。

 こちとら生まれてから15年間、父に親がいたことすら知らなかった。

「近頃の若いもんは・・・」

「全くです。」

 ココアが同意する。

「絶対お前の方が若いだろ!」

「年配の方への敬意が足りないということです。」

「お前、年下なのに俺への敬意吹き飛んでない?」

「エイジハラスメントですか?」

「そっちから言い出したんだろうが!」

 ダメだ。ココアの言うことにツッコミを入れていくと話が進まない。

「とりあえず、世界の真実ってなんだよ。」

「わしは普段、様々な研究をしている。」

 普通研究者って専門があるものではないだろうか?

 だがツッコミ始めるとキリがなさそうなのでスルーだ。

「その研究の中で一つの真実が判明した。」

「それは?」

「世界の真実だ!」

「それが何かって聞いてんだよ!」

 世界の真実を教えると言っているのに、世界の真実が判明した話はいらない。

「世界は危機に瀕している。」

「危機?」

 ますますやばいチャンネルじみてきた。

「最初はほんのわずかな違和感だった。」

「コーヒー、新しいのに替えますね。」

 話が長くなる気配を感じたココアが立ち上がる。

 ココアは逃げ出した。

「研究で地質を調査していた際に、一つの発見をしたのだ。」

「地質?」

 祖父の専門分野は地質学なのだろうか?

「それに気が付いた時、わしは年甲斐もなく震え上がり、小便がこぼれるかと思った。」

「むしろ年相応なのでは?」

 おむつをするのは赤ちゃんだけではない。

「まだそんな年ではないわ!」

 ジイさんはプリプリした気分を冷めたコーヒーで整える。

「最初はこれをわしの胸の内にしまい込もうかと思った。じゃが、頭に浮かんだのは不思議と20年以上も会っていなかった息子の事じゃった。」

 つまり父のことだろう。

「息子に会いたい。会って、息子が追っかけをしていた地下アイドル、生絞りミルクマンゴージュースのCDケースを割った事を謝りたい。そう思った。」

「待って。」

 ジイさんの息子が地下アイドル、生絞りミルクマンゴージュースの追っかけをしていた。

 そしてジイさんの息子、それは自分の父親という事になる。

 つまり、自分の父親が生絞りミルクマンゴージュースの追っかけをしていたという事になる。

「なんだよ生絞りミルクマンゴージュースって!」

 いや別にアイドルの追っかけをしていたのは、まあ良い。

 地下アイドルの追っかけも・・・まあ良いだろう。

 生絞りミルクマンゴージュース。いや別におかしいところはない。いわゆるミックスジュースのようなものだろう。おかしいところはない、ないのだが・・・なんかこう・・・もやっとする。

「どろどろミルクとびちゃびちゃマンゴーの限定版だったのに、すまない事をしたと思っている。」

「親に聞いていて欲しくないんだよ!その曲!」

 友達に最近聞いていると言われたら、まだいじったりもできるだろう。

 だが親が聞いていたと言われたら・・・いやよそう、それで頑張っている人もいるのだから。

「そんな事はどうでもいい!」

 話を変えよう。いやそもそも話が変わっているのだ。

 そもそもの話題は、生絞りミルクマンゴージュースのどろどろミルクとびちゃびちゃマンゴーではない。

 世界の真実についてのはずだ。

 さっきまでやばい話題だと思っていたのに、今はその話題が懐かしい。

「コーヒー入りましたよ。」

「おおココア、気が利くな。」

「おおい!」

 最悪のタイミングで戻ってきやがった。

 話題の切り替えは失敗だ。

「あ、ミルクもあるのでお好みでどうぞ。」

「牛乳な!」

 いや別にどっちでも良いんだけども、カフェオレにしようかと出された牛乳パックに手を伸ばしてやめる。

 特濃と書かれている。これは牛乳ではない、乳飲料だ。

「・・・」

 あくまでも気が変わったのでブラックコーヒーを飲む、おいしい。

「息子とはそれっきりになってしまった。」

 父と祖父が分かれた原因が生絞りミルクマンゴージュースのどろどろミルクとびちゃびちゃマンゴーの特別版CDケースを割った事。

 もう一生袂を分かっていてくれよ。孫を巻き込むなよ。

「秘密を抱え、息子とも仲たがいをしたまま人生を終える。それは少し寂しいと思わんか?」

「父さんの趣味の秘密は抱え続けて欲しかったよ。」

「冷たい孫じゃな。」

「中身が熱くなってるから冷ましてんだよ!」

 内心はチンしすぎたホットミルクよりぐっつぐつだ。

「どんなグループのどんな曲だよ!何にはまってんだよ!そんな過去は子供に隠しとけよ!」

「これが思春期か。」

「思春期終わってても変わらねえ!」

「大丈夫ですか?腕に包帯巻きますか?それとも眼帯?」

「それは中二病だろうが!」

 理解のないジイさん、ずれているココアにツッコミを入れる。

「どんなグループかと言われると、ミルクちゃんとマンゴーちゃんの二人組で、水着姿が特徴的な」

「聞きたくねえよ!」

 生絞りミルクマンゴージュースの説明を強制終了。

「質問してきたのはそっちじゃろうに・・・これがキレやすい若者か。」

 ジイさんは不満そうだが、聞きたくない。

 水着姿のミルクちゃんとマンゴーちゃんの追っかけをしていた父を、これからどんな目で見れば良いのだろう?

 それと結婚した母に何を思えば良いのだろう?

 この様子では、どろどろミルクとびちゃびちゃマンゴーも聞いて喜ばしい曲ではないだろう。

「父さんとジイさんのこれからと今後は本人同士で話し合ってくれ。」

「そうじゃな。生きていれば、また会うこともあるじゃろう。」

急にジイさんがシリアスを取り戻す。

「あ、お茶請け持ってきますね。」

 何かを察したココアは逃げ出した。

「謝りたい、そして息子にも真実を知って自らの道を選んでほしい。そう思ったのじゃ。」

「・・・」

 頭の中は逃げ出したココアへの恨みと、生絞りミルクマンゴージュースのどろどろミルクとびちゃびちゃマンゴーでいっぱいの状態、話が入ってこない。

「この世界、いや人類の終末が近いという事を」

 人類の終末ぐらい、父親が生絞りミルクマンゴージュースの追っかけで、生絞りミルクマンゴージュースのどろどろミルクとびちゃびちゃマンゴーを聞いてた事に比べると些細な事だ。

「地球に刻まれた因子が、大きくなりすぎた人類という種に対して、対抗し始めている。これは地球が一つの生命である証でもあり、その歴史は繰り返されていた。わしはそう考えておる。それはこれまでに起きたビッグファイブも、その結果であった可能性がある事に気が付いた。そして、ムー大陸やアトランティスもこの因子によって終わりを迎えた事の証左でもあった。これにより人類はこれまでにない脅威に襲われる事になるだろう。それはひょっとしたら人類にはどうする事も出来ないかも知れないし、いつ来るのかもわからない。わしだけであればともすれば、逃げ切る事も出来るのかも知れないが、息子やあるいはいるかも知れなかった孫がどうなるのか?そう思った時、いてもたってもいられずに連絡したというわけだ。」

「え、ああ、そう・・・」

 ダメだ。話に集中できない。

「ちゃんと聞いておるか?」

「ああ、聞いてる聞いてる。」

 要は人類が危機だから、息子に会いたくなったという事だろう。

 大丈夫、なんとなくは分かっている。

「お茶菓子持ってきました。」

 そう言いながらココアは、菓子バチに葉っぱチョコの包みを載せて戻ってきた。

「おお、これはどれが何味じゃったかの?」

「オレンジのがミルク、ホワイト、モカのチョコレートが入っていて、緑のが抹茶とミルクとダークチョコです。」

 ジイさんは緑の包みを開ける。

「今日はこうして話が出来て良かった。」

「俺はこれからの事で頭がいっぱいだよ。」

 これからどうやって父に接すれば良いのか?

 これまで父は優しいが真面目で、ヤング系の週刊誌だって読んでいないイメージだった。

 だが実際には水着のミルクとマンゴーのユニット、生絞りミルクマンゴージュースの追っかけをしていた。

 これならまだ部屋から水着グラビア出てきた方がマシだ。

「無理もない。急にこんな話を聞かされて混乱してるじゃろう。」

「まあ・・・」

 この事は母さんに話した方が良いのだろうか?というか母さんは知っているのだろうか?

 いや過去にどんな事をしていても、それを現代に持ち出すのは正しいのか?

「俺は・・・どうしたら良いんだ・・・」

「少し一度に話しすぎたな。」

 顔を上げるとココアも心配そうにこちらを見ていた。

「今日は一度家に帰れ。また時間があればここに来るのじゃ。」

 家に帰りたくない。

 だが帰らないわけにはいかない。

「そうだな。また来るよ。」

 今日のところは、生絞りミルクマンゴージュースファンの父のいる家へとの帰路に就いた。

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