ハードボイルド青春小説(9)
会田は、静かにじっとスマホに目を落としていた。会田は、こうしていつも講義のことを考えたり、スマホに、じっと目を落としているのだろうか。それは、とてもつまらない人生の様に思えた。しかし、僕のずっと若かった頃も大して変わらなかったのも知れない。僕は自分が思うよりも、年寄りめいた人間になってしまった気がした。
「安藤さん、安藤さん。俺そろそろ大学の準備があるから帰ります」会田がそう言った。
「ご馳走様でした」僕が言った。
何言ってるんすか、と言った後に、会田は笑みを見せた。
「ケインズのこととかまた教えてください。安藤さん、俺が思うよりもずっと色んなこと考えていそうですね」会田がそう言って、指を小気味よく鳴らした。
ありさのことを少しづつ意識せずに忘れかけていた。いや、そう表現すれば嘘になるだろう。
ありさは余りにも空気の様に、「何処かにいる」という印象が強かったから、意識せずとも必ずどこかで連絡を取ったり、連絡をしてくれる気がしていた。
職場のマンガ喫茶の帰りに、村山からラインが入った。それは、まだ午前八時の時間だった。休日だったら、髭を剃っているか、遅めか早めの朝食を食べている時間だった。
「安藤、急な連絡があって、朝からごめん」
村山からのラインはそう書いてあった。僕は感覚的に嫌な予感がした。僕の良い予感はいつも外れるが、悪い予感だけは、不思議と的中するのだ。
「今、電話できるか? 家にいるかな?」
続けて村山からこうラインが入った。
「今外にいるから、家にすぐ着くので、そしたら電話します」僕はこう打ち込んだ。
「悪いな。そっちの方が有り難いかも」
「今、外うるさいからね。すぐ帰ります」
僕は自宅の部屋の鍵を開けた。殺風景な部屋だった。こんな部屋に入れば、僕自身も殺風景になるだろう、と僕は柄にもなく余計なことを思った。
コーヒーが急に飲みたくなったので、インスタントコーヒーの粉に、お湯を注いでかき混ぜている時に、村山から電話の着信があった。村山は、僕が思っていたよりも、気が短くなった様だった。
「あ、安藤?」村山が電話口で言った。
「うん。今、家にいます」僕がそう言った。
「そっか……。朝からごめんな。あの……津川さんっているじゃん。津川ありささん、安藤と仲が良い」
村山が一口にそう言った。
「仲が良かった、かな。今は、あまり会っていないから、そうでもないかもね」僕がそう言った。
「うん。津川さんなんか入院するとか。知ってた?」
村山がそう言った。僕はしばらく電話口で黙り込んだ。
「冬に一度会ったけど、食欲がなさそうだったのは覚えてる」僕が言った。
作者体調不良の為、更新ペースが落ちており、申し訳ございません。