ハードボイルド青春小説(8)
会田は、何かを思い出したかの様に、休憩を取っていた椅子から立ち上がった。僕もまた仕事の続きをする時間だった。
「また話ししましょう。安藤さん、意外と色々知ってそうなんで」会田がそう言って、笑みを見せた。
僕はゆっくりと頷いた。また、一人お客が入ってくる様が見えた。
会田と並んで歩いていた。
会田は時折何かを思い出したかの様に、髪をかきあげたり、街の看板にちらちらと目を移していた。
マンガ喫茶の仕事が終わり、午前五時だった。夜シフトだったので、眠気があったが、それよりも仕事終わりの身体の疲れの、興奮が残っていた。
「何にも美味そうなもんないっすね」会田が、街の看板に目を移しながら言った。
「腹減ってる?」僕が会田に聞いた。
「減ってます。そこら辺の雑草でも食いそうな勢いです」会田が冗談を言った。
そう、と僕が言った。こめかみの部分が、微かに痛んだ。冗談で話しを切り替えしたかったが、身体が疲れている様だった。
「なんか安くて美味いもんないすかね」会田が僕にまた聞いた。
「牛丼屋さんとか……。あとは朝のハンバーガーかな」僕が少し考えて言った。
「牛は良いです」会田が僕に言った。
「牛って?」僕が聞いた。
「ハンバーガーにしましょう。俺安藤さんに奢りたいです」会田がそう言って、二十四時間営業しているハンバーガーチェーン店へと、入って行った。
早朝のハンバーガーショップは、思いもよらず、一階席が混んでいた。
何処の行くあてもない、という雰囲気の少年少女たちが、朝から閑談している様だった。
もしかしたら、それは思い過ごしなのかも知れなかった。しかし、僕にはそう見えただけの話しだった。
「安藤さん、ねぇ安藤さん」会田が僕に急に話しかけた。
「うん?」僕が会田に聞き返した。
今朝なんで、これから朝セットになるみたいですよ、と会田が早口で僕に言った。
「Dセットでお願いします」会田が、一番ボリュームの多いメニューを注文した。
「コッチもDセットで」僕が言った。
財布を自分で出そうと思ったが、会田がキャッシュレス決済というものを、スマホでもう済ませてしまった。ピッ、と言う小気味の良い音が響いた。
会田に連れられて、二階席へと上がっていった。窓際の席にしたいと言うので、僕は頷いた。
窓の外に、早朝の街の空が薄っすらと広がっているのが見えた。
夜が明け始めたのだろう。遠く駅の方面に、まばらな人が足早に動いている様も伺えた。
「疲れましたね」会田がDセットに、手を付けながら言った。
「ああ……。うん」僕が気のない返事を返した。
あの、と会田が僕に言う。
「日本経済の長期の停滞の原因って、なんですかね?」会田が僕に聞いた。
「なんだろうね」僕が考えながら言った。
そうですよ、と安藤が言い、食べ終えたハンバーガーの包装紙をくるくると巻いた。それはありさと同じ所作だったので、ふと僕はありさのことを思い出した。
「大きい政府とか、小さい政府ってやつかな……。ケインズのこととか調べたら分かるかも知れない」僕が言った。
「あー、なんか授業中にケインズとか言ってました」
会田がそう言って、スマホのメモアプリに、「大きい政府・小さい政府・ケインズのこと」とメモをしていた。