ハードボイルド青春小説(7)
やがて僕はまた仕事を見付けた。
探し当てた仕事は、マンガ喫茶の店員だった。たまたま滞在していたマンガ喫茶に、「店員募集」の張り紙を見付けたので、スマホのメモアプリで電話番号をメモし、家に帰って気持ちを落ち着けてから電話をかけた。
ありさの言ったことも、三鷹でハンバーガーのパティをボソボソと食べていたことも、またそれっきりになってしまった。
マンガ喫茶の店員の、一緒に勤める仲間は、若く背の高いハンサムな大学生だった。
「文学と社会学を勉強しているんです」
最初に会った時に、空いた時間にそうボソッと教えてくれた。
「じゃあ、文学部?」僕は聞いた。
「いえ……。本当は社会学部なんで、文学は好きで勉強しています」
その「会田隆志」は、ボソボソ喋る、いつも何かを考えている様に見える青年だった。僕はそんな会田の様子に、好感を持った。
会田はテキパキと仕事をし、ドリンクバーのジュースの補填や、マンガの陳列などを丁寧にこなしていた。僕もまた、会田の仕事を見習って、せっせと働いた。これなら今度は続く。そんな手応えがあった。
短い休憩時間に、会田が何か考えている様に見えた。会田の頭の中では、傍目にはボーっとしている様に見えるが、何かフル回転しているものがあるのだろう、と僕は思った。
「会田さん、なんか考えてますか?」僕が笑って、会田に話しかけた。
歳下で、会田は気の良い青年だったから、敬語を使わなかったり、「会田君」と呼んでも気分を悪くしないだろうと僕は思っていたが、前のスーパーの谷田の延長線上で、僕は会田にも丁寧な口調を心がけていた。
「ええ……。本当に難しいことを考えていました」会田が言った。
「そう? そう言われると、気にならない?」僕が笑って言った。
「安藤さんには、難しすぎて分からないことです」会田は、冗談交じりに、そう続けて言った。会田は、客の使ったコップを丁寧に磨き、そして汚れが残っていないかも、丁寧に確認していた。
「なんだろうね、それは」僕が会田の横に座って言った。
「大学の経済学の課題なんですけど、日本経済の停滞の原因を供給面から考察せよ、ってやつです」会田がゆっくりとそう言った。
「サプライサイドってやつ?」僕が言った。
「へえ、物知りなんすね。安藤さん」
会田が、スッと細い息を吐いて、感心した様に言った。
そう言えば、遠い昔に、大学の講義で供給サイドとか、需要サイドとかを聞いたことを思い出した。
「残り五分です」会田が、時計を見ながら言った。五分と言うのは休憩時間のことだった。