ハードボイルド青春小説(4)
久しぶりに一人でビールを飲んだ。村山と別れた後に、都心のバーに入り、カクテルに口を付け、思い直して生ビールを少しだけ飲んだ。
家に帰って、一人で物思いにふける気分にはなれなかった。週末のバーは活気だち賑わっていた。僕はその様子を遠目に、村山の表情や手振りなどを、いちいち思い返していた。
村山には、もう子どもがいるという。僕はかすかに村山に初めて会った時の表情を思い起こしていた。
あの時、村山は何を言ったのだろうか。記憶が正しいならば、村山の方から先に、僕に声をかけて来たのだ。
それは、何年もずっと以前の春の日のことで、村山の瞳は僕と友達になりたいと、訴えかけている様だった。今よりずっとのんびりとした時代だったのだ。僕はそう思う。
バーの中に、ジャズの曲がかかった。ジャズのスタンダードナンバーだ。僕はそれに耳を傾けて、ありさのことを考えてみた。
ありさもまた僕の友人だ。あの村山とありさと出会った春の日のことが鮮明に思い浮かべられた。バーの中で、何かいさかいが起きた様だった。客同士が、目があったとかあってないとか、そんな口論をしている様に見えた。
僕はバーを出ることにした。以前の気の弱い僕だったら、止めに入っていたかもしれない。少しは、他人に干渉しない生き方を覚えるべきだ。そう近頃になって遅く思う様になっていた。
御茶ノ水のバーを離れて、自宅のアパートがある三鷹市まで電車で移動することにした。幸い、終電までには間に合いそうだった。電車に乗り、本を開いた。ヘミングウェイの本である。ヘミングウェイの短編集は、歯切れが良く空いた時間に読むのが、ちょうど良かった。
三鷹に着くと、コンビニエンスストアで、ミネラルウォーターを買った。酔いを覚ますのに、それがよさそうだったからだ。もともと酒とアルコールは好きではない。普段から頻繁に飲む訳ではないから、胸の辺りにむかつきを感じたのだ。
深夜の十二時を過ぎていて、こんなに遅くの時間帯に帰宅するのはほぼ稀だった。
家のドアを開ける瞬間に、何か音がした。僕は部屋に入り、テレビを付けて座り込んだ。
テレビでは、テレビショッピングが流れている。近頃、テレビショッピングの番組が増えた様な気がするが、それは僕の思い違いだろうか。スマホの通知画面に、ありさからラインが来たと表示されている。
随分と遅い時間に、ラインが来たと僕は思う。ありさは普段は、こんな遅い時間にラインを送って来ることはしないのだが……と僕は思った。
「安藤さん。良かったら話し聞いてもらえませんか? ラインでも電話でも大丈夫。寝てるよね?」
スマホにこう文章が表示されていた。通知履歴を見ると、十五分前のことだった。
しかし、もう時間が遅すぎるので、僕は風呂に入り寝ることにした。ありさの連絡はまた明日にしよう、と僕は思った。




