ハードボイルド青春小説(3)
十月の暑さが弱まり始めた日に、僕は御茶ノ水駅へと来た。
九月頃の、ありさと会った日の暑さが消えて、少し肌寒さまで感じる様になった日だった。
時刻は、午後七半。村山謙介と待ち合わせをしている。村山と実際に顔を合わせるのは、何年ぶりになるだろうか。
ここの所、大学時代の過去の友人たちに、顔を合わせる機会が増えている様だ。意図していた訳ではないが、にわかに僕の生活も活気づいてきた。
待ち合わせは御茶ノ水で、村山とも親しみがある場所だった。
御茶ノ水聖橋方面出口に立ち、チラチラと腕時計の時間を気にしていると、村山が来た。
「おう……随分と久しぶりじゃん。あんまり変わらないね」
村山はスーツ姿のまま、御茶ノ水に姿を見せた。聞くと、仕事上がりでそのまま来たのだと言う。
「村山、久しぶりになるね」僕が言った。
「ちょっと背伸びた? それに体格も良くなった気がする」村山が人の良い笑みを見せて言った。
僕は苦々しい気持ちになった。そのことはありさにも言われたのだ。
「ああ……。そうだね」僕ははぐらかす様に言った。
「とりあえず行こう」村山が僕の肩を叩いて言った。
学生時代の時と同じ様に、僕と村山は、安い料理を提供する居酒屋へと入った。
村山は社会人として正式に働いているから、わざわざ安い店に入らなくても良いはずだった。
僕に緊張させないため、気を使っているのだろうか。聞くと、それ程給料に余裕がある訳ではないと言う。村山は軽くアルコールが飲める居酒屋を、頻繁に利用するのだそうだ。
「とりあえず乾杯しよう」村山は、ビールをかかげて言った。
「うん。懐かしい再会に」僕もまた言った。
村山は、ゴクゴクと美味そうにビールを飲んだ。それは良い飲みっぷりだった。
「九月に、ジャズ研の津川に会った」僕が言った。
「津川……? 津川ありさのこと?」村山が聞き返した。
うん、と僕が視線を落として言った。一瞬、波打った様に会話が静まった。
余計な事を言ってしまっただろうか。楽しい雰囲気に水を差してしまった様だった。
「うん、津川、元気だった?」村山が聞いた。
「元気だったよ」僕が言った。
村山に、あの四ツ谷の「グラン」でジャズが流れていた時の出来事を、急に言いたい衝動にかられた。
しかし、ありさと僕の会話は、パーソナルな事で、村山には何の関係もない。村山が空になったジャッキをテーブルの上に置いた。
「しかし、俺たちも昔に較べると老けたよなあ」
村山が気を利かせたのか、赤い顔で快活に言った。僕は頷いた。
「三十代って老けていると思う?」僕が聞いた。
「学生の時に較べりゃ、全然違うだろ」村山が言った。
そう、そうだよね、と僕が言った。村山は、「そうだそうだ」と繰り返して言った。
「安藤はさ、結婚しないのかい」村山が、僕に聞いた。
「いや……。まだまだ何にも見えないな」僕が言った。
そっか、俺はさ、と村山が浮かない表情をして言った。その後に続く言葉は、大体予想がついたが、僕は真剣に聞いているふりをした。
「もう女の子の父親だよ」村山が言った。
「一人かい?」僕が聞いた。
「うん。一人だ」村山が言った。
それっきり僕らは話すことがなくなってしまった。急に、村山との間に、重たい空気が流れてしまった様だった。僕は居心地の悪さを感じていた。村山が、腕時計の時間を気にしていた。
「そろそろお開きにしますか」村山が丁寧な口調で言った。
「ありがとう。色々」僕が言った。
村山は、急に吹き出して、大きな笑みを作ってみせた。
「気にすんな! また一緒に飲もう!」村山が、僕の右肩を叩いて言った。