ハードボイルド青春小説(2)
熱いシャワーで入浴を終えると、村山に電話をかけることにした。
不思議と緊張はしなかった。ありさに会ったのは、十年ぶり程になるから、村山の声を聞こうとするのはどれくらいぶりになるだろうか。
電話のプルルル……という発信音を聞いている間、何コール以内に電話に出るのが、ビジネスマナーというビジネス上の常識を思い出した。
時刻は、六時四十五分であるから、村山が社会人として働いていたら割合にちょうど良い時間になる。果たして、村山は電話に出た。
「……はい」
「おそれいります。村山さんのお電話番号でお間違えないでしょうか」
「……はい」
出たのは無愛想な男の声である。ぶっきらぼうだが、声色に昔の印象を残していた。この感じからすると、こちらに興味を示していそうである。
「あの……。お忙しいところ申し訳ないです。私、○○大学でご一緒した、安藤行信です」
「えっ……。はい。安藤?」
村山の声の印象が明らかに変わった。こちらの様子に気付いて昔を思いだした様である。
「そうです。村山さんお元気ですか」僕が訥々と言った。
「なんだ久しぶり! 安藤か? 俺は東京にいるんだ、もしヒマだったら出て来いよ!」
村山の張りのある快活な声へと変わった。受話器の中で、昔のままの村山の声が鳴っていた。
スーパーの午後の勤務が終わると、喫煙所へと向かった。
今日は先客として谷田がもう来ていて、いつもと同じくスリムなハッカの香りのするタバコに火を付けていた。いつもよりも若干元気がない様に見える。
「お疲れ様です」僕が言った。
「安藤さん……。お疲れ様です」谷田が小さく会釈をして言った。
僕はタバコに火を点けた。辺りにゆるゆると煙が舞ったが、受動喫煙に気を使って、なるべく壁の角に身を寄せて吸う様にした。
「あ、いつもと同じタバコですね」谷田が言った。
「はい。結局吸う本数は変わらなかったので、元に戻しました」
「へえ……。でも、変えるのクセになるから、おんなじので良いと思いますよ」
私も、と谷田が言って、ハッカの匂いのするタバコのパッケージを差し出して見せてくれた。
「ずっと同じのです。高校出てから」谷田が言った。
へえ、と僕が言った。谷田がうなずく。
「最近元気そうですね。あ……なんか失礼な言い方でごめんなさい。最近楽しそうに見えて……」
谷田が気を使って言葉を選びながら言った。僕は村山の事を谷田に言うべきか一瞬迷ったが、いちいち言うことでもないと思い直して、「はい」とだけ言った。
「私、最近ついてないこと多いんです。安藤さんは運気とか信じます?」
「ウンキ?」僕が谷田に聞いた。
「そうです。運勢の流れとか……」
「あるのかな、でもありそうですね」
「はい」
谷田がそう言って、思わず笑った。僕もその場に、変わった雰囲気が流れて一緒に笑ってしまった。
「私、戻ります。次もシフトを入れたので」谷田が言って、またスーパーの中へと姿を消して行った。
僕はうなずいた。そしてしばらく立っていると、その場を離れた。