第一話
「雅くん~高校まだ決めてなっかよね?」
中学三年の一月、日曜日の朝、目が覚めて二階の自室から一階のリビングに下りると、母こと夏美が薄い一枚のパンフレット片手に訪ねてきた。
その手には《私立緒栖ノ園学園》という文字と笑顔が輝く学生の写真が載っていた。
「ママとパパ、お仕事の関係で今年の四月から海外じゃな?雅くんどっちに付いてくるか決めてくれないし、それならママの弟の千秋くんがやってる学校のお世話になるのはどうかな~と思って」
冷蔵庫から飲み物を取り出してから椅子に座ると母も目の前に腰をおろし、パンフレットを開けて説明し始めた。
母の夏美は研究職についており、四月からカナダへ、父の雅文は日本語教師として去年からイギリスにいる。
その為、中学を卒業と共にどちらかと一緒に生活しないかと言われてはいたのだが、日本食LOVE、日本LOVEな自分はなかなか首を縦に振ることができないでいた。とうとう年も越してしまい、そろそろ進路を決めなければならなくなってきた為のこの提案であろう。
「ちょっと町からは遠いみたいなだけどね、自然豊かで伸び伸びとした校風らしいしどうかなって」
「んー、俺はどこでもいいかな。ごはんが美味しければ」
「も~雅くんはいっつもそれなんだから!もっと他にないの?」
「身体にあった水と身体にあった飯さえあれば、どこでも天国だよ」
「若いのに年寄りくさいこと言っちゃって…そういうところはパパ似よね」
まぁ、そんなパパを好きになったんだけどねぇ~と、昔の出来事を思い出して頬を染める母を横目に放置されたパンフレットに目を落とした。
自主性・自由主義・自立が校訓とは、なんとも風通しのよさそうな学校である。
これならば、中学では少し浮いていた自分でもうまく学生生活が送れるのではないだろうか。
「来週、学校見学に行きましょうね。千秋くんに頼んでおいたから」
「千秋おじさん、元気にしてるかな」
「さっき連絡したら雅くんに会えるの楽しみにしてたわよ!小さいころはよく面倒見てもらってたものね」
「うん。俺も楽しみだ」
小さいころから人とは少し違っていた自分は、友人や他の親戚の人達からは遠巻きにされていた。
そんな自分を、叔父の千秋はそれは才能であり個性なのだと受け入れ、遊び相手になってくれていたのだ。最近は両者とも忙しく、あまり会えていなかったため、来週会えるのが楽しみだ。
そうしてやってきた週末。新幹線と電車を乗り継いでついた駅の周りにはこれといって目立った建物はなく、見渡す限りの自然で溢れていた。
「空気がきれいね~」
母は長時間の移動で疲れたのか、身体を伸ばして田舎のきれいな空気を堪能しているようだ。かくいう俺も辺りを観察しながら目に優しい自然と都会にはない心地よい木々がさざめく音を楽しんでいた。
そうしていると、遠くから一台の車が近づいてくるのがわかった。
「あ、たぶん千秋くんじゃないかしら?」
「そうみたいだね」
黒のセダンが目の前で止まり、助手席から千秋が降りてきた。
「雅一!久しぶりだな~!!」
「わっ!千秋おじさんやめてよ」
叔父は車から降りてくるなり駆け寄ってきて、頭を撫でてきた。さすがに中三の思春期真っ只中の自分には恥ずかしい。
「おじさんだなんて、もうちぃちゃんとは呼んでくれなのか?」
しゅんと眉をハの字に下げて寂しそうにする叔父は、今年34歳とは思えないあざとさがある。
「う…ずるいよちぃちゃん」
「ふふふ。雅一は優しいなぁ」
周りからは千秋が雅一の面倒を見ていたと思われているが、小さいころからしっかりとしていた雅一の方が、少しぽやぽやとした所がある千秋の世話を焼いていた。なので昔から千秋のお願いや無茶ぶりに振り回されていた雅一であった。今回も例のごとく雅一は千秋のお願い事を断れなかった。
「本当に仲がいいわね」
にこにこ顔で今まで二人のやり取りを見ていた母は、そんな二人の様子に更に頬を緩ませている。昔から自分達が仲良くしていると母はとりわけ嬉しそうにするのだ。
母のその言葉に少しくすぐったいような気持ちになり叔父の方を見れないでいると、車のドアが開く音がした。
「理事長そろそろご案内のお時間ですよ」
そう言って運転席から顔を出したのは叔父の秘書の増田さんだった。
「そっか、こんなところで長話もなんだよね。さあ、二人とも乗って」
増田さんが後ろに回って後部座席の扉を開いてくれたので、母と会釈をしてから車に乗り込んだ。
しばらくして、校門前に緩やかに車が停車した。
「私は車を停めて参りますますので」
「うん、頼んだよ。また後で」
俺たちが降りたのを確認した増田さんは、窓越しに失礼しますと頭を下げてくれた。運転してくれたお礼を軽く伝えて、増田さんとは一旦お別れだ。
「さあ、雅一。私立緒栖ノ園学園へようこそ」
校門前に立った叔父は少し恭しい態度で門へとエスコートしてくれた。
一話って言っといてまだまだプロローグ(+_+)