レイゼル・リンク
人類の誕生からもうどれだけ時間が経ったのだろう。
人が知能を持ち、文明を持ち、街を築き、子孫を残していく過程には途方もない苦難が幾度も立ち塞がった。
他の生物を圧倒する強力な"ドラゴン"の前に人々は何千年もの間苦しめられ続けてきた。
しかし、ドラゴンに虐げられてきた苦難の時代はおよそ300年前に終わりを告げた。
それはとある古代の遺物の発見に起因する。
凄まじいエネルギーを持つドラゴンの心臓を加工し、武器とする技術。【擬竜】、俗にオルタナティブと呼ばれる技術を手に入れた人類は、遂にドラゴンへの対抗手段を得た。
ドラゴンを倒せば倒すだけオルタナティブが増えていき、やがては一部の地域からドラゴンを駆逐し、安全な大都市を築くことすら可能になった。
それから300年もの時が経ち……ドラゴンの心臓を活用した技術は更に発展し、街は国となり、ドラゴンとの勢力争いは未だ人類が優勢だ。
しかし今なお、ドラゴンが人類最大の脅威であることに変わりはない。
そこで人類最大の規模を誇るウェンヴィ王国は、オルタナティブ適合者によるドラゴン討伐組織【カルム】を設立。
ドラゴンを討伐するという、ある種ロマンのある職業故か、はたまた入会ハードルの低さ故か……今でも特に男性に人気を博す職業である。
……っていうのが、大体今の歴史の教科書に載ってる内容。
……を、黙々と読み耽っているのが、目の前の女性ジャーナリスト。
「……」
「……」
「……お茶入ったけど、飲む?」
「……」
「……」
「……おーい!」
「きゃあ!?いきなり大声出さないでよ!?」
「声かけたんだけど……まぁいいや。お茶入ったよ」
「あぁ……ありがとう」
女性ジャーナリストのローラはぼくの古い知り合い。
かつてオルタナティブ適合者……所謂竜騎士を養成する学校で、クラスメイトだったことがある。
彼女は体格や身体能力に恵まれなかったものの、とても勉強熱心で、人一倍図書館によく通って主に竜騎士の歴史について調べていた。その分模擬戦などでも非常に優秀な成績を残していて、将来有望な竜騎士の1人としてかなり話題になっていた。
しかしとある事故で負傷して以来竜騎士の道は諦めて、今はジャーナリストをしているらしい。インターネットで公開されている記事は、ぼくもいくつか見たことがあった。
……今は可愛らしい少女にしか見えないけど、昔は彼女と剣をぶつけ合って競っていたとは。
「……それで今日はどんな要件で来たわけ?」
「取材」
「……何の?」
「竜騎士の生活に密着取材するっていう企画があってね、誰でも良いからとりあえず連絡取ったんだけど、あんた以外大会に夢中になってて、アポ取れなかった」
「はぁ……」
彼女はとても勤勉だったけど、かなり適当な部分もある。そこがぼくと波長の合う部分でもあったけど……。
「別にいいけど、大したスクープとかは無いと思うよ?大会にも出ないし、毎日弱いドラゴンをちょっと倒して帰ってくるだけだしさ」
「嘘でしょ?あんたちょっと見ないうちに腑抜けすぎ」
「相変わらず手厳しいよね、キミ」
ローラは首を振りながら呆れたように言った。
「あんたぐらいの奴ならもっと面白い内容撮れると思ったのに、期待外れだったかしら」
「昔みたいには行かないよ。お互い……ね」
「……そうね、お互い」
彼女はお茶を軽く飲み干すと、苦い顔をして言った。
「まあでも結局アポ取れたのあんただけなんだし、ちょっとぐらい取材させてもらうわよ。使うかどうかは別としてね」
「ええ?本当に全然面白くないと思うよ?」
「ここまで来るのに結構かかってんだからね?元ぐらい取らせなさいよ。ほらほら、武器取ってきなさい!ドラゴン狩りに行くわよ」
「わかったわかった」
結局彼女に急かされて、ぼくは学生時代から愛用しているオルタナティブを携えて、ドラゴン狩りに向かうことになった……。