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ハロウィングラシ。

作者: 逸川生糸

 目付きが悪く、"バケモノ"と呼ばれる人ならざる者を寄せ付けやすい体質を持つ男、鷹取練磨(たかとりれんま)

 鏡の世界からこんにちは、鏡を介していろんな所に出没する貧乏神なバケモノ、鷺ノ宮有栖さぎのみやありす

 夏でも寒い、態度も冷え冷えなちっちゃいバケモノ、南田涼芽(みなみだすずめ)


 そんな違和感だらけの三人が暮らす心霊スポット、通称"バケモノ屋敷"。

 今日もリビングでは、有栖が上機嫌そうに声を上げていた。


「ねえ練磨っ! 今日はなんの日か知ってる?」

「知らん」


 丸机に体を乗り上げ、るんるん、といった様子で問う有栖に対し、練磨は何やら集中した様子でペンを走らせている。

 目も合わせず会話を強制終了された有栖だが、そのくらいでめげる子ではない。


「ちゃんと聞いてよ~! ほら、書き書きしてないでさっ」

「こんなに金のかかるお前に飽き飽きしているんだが」


 ばし、と机上の用紙を有栖の顔に張り付ける練磨。有栖は「うきゅっ」と小動物のように愛らしい声を漏らし、ひらひらと机に舞い落ちた用紙に目を通した。


「……いっぱい数字が書いてあるね? あっ、どんどん減ってるかも」

「それがうちの家計簿だ」

「…………」

「憐れみの目を向けるのはやめろ。誰のせいだと思っているんだ」

「ですです」


 重苦しい空気になったと同時に突然口を開いた涼芽。しかし相変わらず無表情で、熱心に手を動かしている。


「涼芽、お前そんなのどこから」

「さっき八百屋のおばちゃんにもらったです」

「まるで小学」

(デス)です」


 涼芽が大事そうに抱え、ナイフで目と口をくりぬいているのは普通サイズのかぼちゃ。その様子はまるで、必死にお遊戯会の準備をする小学……いや、やめておこう。


「ほら練磨! 涼芽ちゃんもハロウィン気分だよっ! 年に一度のイベントなんだし、ぱーっと仮装しちゃおうよっ!」

「ハロウィンなんて、別に騒ぐほどのもんでもないだろ……。若者が都会で盛り上がるイメージしかねーよ。あと子供とかな」

「……どうして二人ともこっち見るですか」


 流石に、怒濤の子供いじりに慣れたのか涼芽は冷ややかな眼差しでため息をついた。


「……あ、そうだっ!」


 突然、有栖は思い付いたかのように手を叩くと、練磨の持っていた用紙とペンを奪い取った。


「なんだ、いきなりどうした」

「いいからいいからっ……はいっ! じゃじゃーん!」


 家計簿だったものの上に、大きく書かれた文字。

 用紙を掲げ、えっへんと腰に手を当てる有栖を前に、練磨と涼芽の二人は目を見合わせた。


『仮装大会?』

「そうっ! ただ飾り付けだけしてもつまらないでしょ? だから、せめてコスプレだけでもしてみない?」

「却下」

「ええっなんでぇっ」

「そのお金はどこから来るんだ」


 練磨の問いに、涼芽はかぼちゃの中からスッと財布を取り出した。


「仮装とかコスプレとかは正直興味ないです。ですが、アリスがやりたいというから。涼芽も、仕方なくですがやってあげてもいいです」

「そんな金があるなら食費に回してくれよ……」


 などと言いつつ、練磨も心のどこかで理解していた。たまには好きに遊ばせることも大切だ、と。


「……いや、いつも好きに遊んでるじゃねえか! 待てお前らっ!」


 手を伸ばしたときにはもう遅く。有栖と涼芽は既に鏡の中へと消えていた。



◇◇◇



 数時間後。戻ってきた二人の両手には、中身のつまった紙袋が握られていた。


「たっだいま~! 買ってきたよっ!」

「ひぃっ」


 二人のあまりの無駄遣いに、普段であれば絶対に漏らさないであろう掠れた声で反応する練磨。

 そんな彼をよそに、二人はそれぞれ適当に紙袋をあさり、各々の部屋へと入っていく。


「今、涼芽たちは着替えてるです。だから鷹取さんも赤の紙袋から適当に選んで何か着てください。あ、覗きはアリスにするです」

「誰が覗くか」

「えっ……私は練磨なら、別に見られてもいい……かな?」

「誰が覗くか」


 開きかけた有栖の部屋のドアを力強く閉め、練磨は仕方なく赤色の紙袋に手を伸ばす。

 赤色の紙袋なんて、ハロウィンというより正月じゃないのか。


「な、なんだよこれ」


 着替えてみれば、獣耳。鋭い付け歯。黒マント。鏡を見れば、狼男、ヴァンパイアどちらともとれそうな男に仕上がっていた。


「あれ? 着替え終わった?」


 鏡に映る吸血狼男とにらめっこしていると、鏡から有栖がにゅっと顔を出した。これはよくあることだが、練磨はいつものように飛び出そうになる心臓を必死に抑え、平静を装う。


「……顔だけ出すな」

「練磨ったらえっちだな~、私まだ着替え終わってないのにカラダも見せろなんてっ」

「そこまでは言ってない。というか早く着替えろ」

「あうっ」


 額を中指で弾かれ、涙を浮かべて鏡へと帰っていく有栖。なぜ出てきたのか。


「着替え終わりましたよ鷹取さん」

「おう。でてきていいぞ」


 気を取り直して、涼芽の部屋のドアがゆっくりと開かれた。凝った演出だ、わざわざスモークを焚いての登場。

 煙のなかから赤い瞳が怪しく光り、徐々に姿が露になっていく。

 黄金の足に鋼鉄の腕、そしてどんな衝撃にも耐えられそうな鋼のボディ。頭部はいつもの涼芽のまま。


「……ええと、どこからツッコめって?」

「ツッコミ所なんてないです。どうですか、正義のヒーロー"タスケルンダーB"ですよ」

「それって日曜の朝にやってるやつか?」

「ですです」


 それは一応、男の子向けのアニメだ。どうせ仮装するなら、アイドルとか、魔法少女とか、女の子向けのアニメにすればよかったのに。どちらもハロウィン要素ゼロではあるが。


「……というか、なんで頭部が無いんだ?」

「予算切れです。あ、鷹取さんもよく似合ってますよ。狼男……? 吸血鬼……? どちらにしても、目付きが凄いクオリティです」

「そこは仮装じゃねえ」


 モデルが既に仮装状態の練磨と、武装状態の涼芽。ハロウィンというよりは、ただのコスプレイベントである。


 残すところ有栖のみだが、部屋からごそごそと聞こえるのみで全く出てくる気配がない。

 しびれを切らした涼芽は、練磨がトイレに行った隙を見計らってそっとドアを開いた。


「何してるですアリス、流石に遅いですよ」

「あっ涼芽ちゃんっいいところに! ちょっと手伝ってっ!」

「急に引っ張るなです、ってなんですかそれ!」

「いいからいいからっ!」


 ぐっと強く腕を引かれ、有栖の部屋へと消えていく涼芽。トイレから戻ってきた練磨は、ドアの奥から聞こえる騒々しさに眉をひそめるのみである。


「お前がしてるのは着替えじゃないのか……」


 そんな練磨の不安をよそに、不安げな表情で部屋から出てきた涼芽。彼女はそのまま何も言わず、リビングのソファに腰かけた。


「よーし終わったよっ! さあさあ、ご覧あれ~っ!」


 いったい中で何が行われていたのか……。それを知るよしもなく、部屋から有栖が声をあげる。

 涼芽よろしく、スモークを焚いて登場した有栖だが、その格好はやはりハロウィンと呼ぶには相応しくなかった。

 全身、乱雑に巻かれたピンクのリボン。教育上悪いので、本当にやめて頂きたい。


「それはクリスマスだ! いや、クリスマスでもやらん!」

「えっあんなに苦労したのにっ」

「アリスはハロウィンのこと知らなさすぎです」

「お前は人のこと言える立場か」


 この家でまともにハロウィンをしているのが、くり貫かれたかぼちゃだけという事実。

 練磨は紙袋に手を突っ込むと、残っていた二着の服を取り出し二人に手渡した。


「俺は吸血狼男でいいから……早く着替えてこい」

『はーい(です)』



◇◇◇



 その夜。三人は各々持ち寄ったおやつを手に、仮装を披露していった。

 練磨は変わらず吸血狼男。

 有栖は鏡の国のお姫様らしく、ゴシックな黒い服。

 涼芽は和風テイストの浴衣。

 これもハロウィンとは本当に関係ないが、各々の個性が出ていて良いのではないか、と練磨はしみじみ思っていた。


『トリックオアトリート(です)!』


 一応、らしく決まり文句は忘れない。


「できるだけ安いやつ選んできたからねっ!」

「涼芽は……商店街を歩いていたらたくさん貰えたのでその一部を提供するです」

「俺は手作りだな」

「えっ練磨の手作りお菓子っ! 食べたい食べたーい!」

「いつも食べてるですよ。それより涼芽のを消化してください、食べきれな……いや、涼芽は子供じゃないのでお菓子は食べないです」

「やだー練磨のがいいもんっ! というか涼芽ちゃん、今日はたくさん喋ってくれるねっ」

「……そうですか?」


 机上のかぼちゃがころん、と傾いた。

 ただ駄弁っているだけの平穏な時間。"バケモノ"と言えど、一つ屋根の下で楽しく笑い合える時間。練磨はこんな時間がずっと続けばいいのに、なんて言葉を心の中に留め、小さく微笑んだ。


「まあ、ハロウィンの日はとっくに過ぎているけどな……」

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