98話「呪いのマンション①」
平穏な住宅地に紛れている小奇麗な白いマンション……。
「フフフ……こんな立派なので家賃五〇〇〇だとか、マゾとしか思えねぇな」
「だな。だが、こんなに安ければ何で誰も来ねーの? それより女とヤりてぇ!」
「……それは気になるわね。うひひっ」
三人がそのマンションの玄関へ踏み入れていく。
灯りがついていないせいか、昼間だというのに奥行きは不気味なほど薄暗い。肌にゾクゾクと障ってくる感じはある。
それでも平然と三人は土足で踏み込んでいく。ギシ……!
「へへっ! どうせ一般人には手に負えないナニカがサドっている事じゃねぇか?」
「ああ。俺たちは創作士……。更にこっちには僧侶がいるんだ。ヤりてぇ!」
「浄化なら任せとき! ヤらないよ!」
「ヤらせて!」
「おまえはもう黙れ! サドるぞ!」
ワイシャツを脱ぎ去って先頭を歩くは大柄な半裸の黒髪ロン毛の男。乳首には★マークが貼られている。剣をスラリと抜き放って反射光が煌く。
「俺が先頭で行く。この戦士なら、いかなるサド攻撃もマゾ耐えてみせる」
「頼むぞ! 荒木マゾド! ああ、女とヤりてぇ!」
「黙れ! サドるぞ! このヤリチン!」
ヤリたいヤリたい男は天然パーマの金髪オールバックの青年。顔が整っていてタレ目。両手にはナイフ。
「油断しないと思うけど、いつもの頼りにするよ。御手洗ヤリオ」
「支援は頼んだぜ。相良デカチ! ヤらせろ!」
「ええ! でもヤらない!」
艶かしく巨乳で胸元が開けた衣服の、青いロングの女性。体は立派だけど顔面偏差値は四〇のそこブス。タラコ唇は紫に染めていて色気満載? 手にはH字のアンク??
おん……おん……!
段々薄暗くなっていく通路を進んでいると、呻くような不穏な音が響いてくる。
まとわりついてくるような嫌な気配。三人は汗を頬に垂らす。
先頭のマゾドは「俺の察知は五メートルで充分。その間合いでサドれる。つーかこれが限界」と呟く。
「こっちは十二メートル察知ってる。女ヤった回数も多い」
得意げにヤリオは口角を上げる。
デカチは「コラ張り合わない! 油断なくね」とキョロキョロ視線を泳がせる。
怨ッ!!!!
すると目の前に『絶叫している悍ましい顔面』がでっかく現れた!
その唐突な現象に三人は竦み上がる。ぞわっ!!
反射的にマゾドは剣を鋭く振るう。しかし顔面は消えていた。……無音の闇。
今のは錯覚なのか、と思うほど一瞬の出来事だった。
唐突な事に跳ね上がった心音はしばらく激しく波打っていた。ドクンドクン!
「見たか?」
「ああ……見た見た! 女性の霊はヤれるかな?」
「二人の『察知』にも関わらず、今の……」
あの顔が浮かび上がるまでは全く何も感触しなかった。
今も、誰もいないかのような無人の気配しかない。あのおんおん音も聞こえない。
「……せっかく、ここに住むんだ。受け持つ部屋行くまでは戻りたくねぇぜ」
「ああ。同じく。女とヤる為に」
「じゃあ念の為、聖水振りかけておくわ」
デカチは瓶を取り出すと、中の水を水魔法で操作して霧状にふりかけていく。
浄化系がかかった聖水は、弱いモンスターやアンデット系モンスターを近寄らせない効力。呪いに対して耐性も上がる。
でもなんかベトベトする……。
「あ、彼氏の精○だった。ごめ」
「うげげっ!! 汚ェ! ヤられた!!」
「おい! 何マゾってくれんだ! サドるぞ!!」
改めて聖水をふりかけて、再び歩んでいく。
…………妙に通路が長く続く気がした。
その間もいくつかのドアが通り過ぎるが、目当てのは二階。二階で三人の部屋があるのだ。誰もいないんだから一階でもよさそうなもんだが、どうせなら二階で遠景を眺めたいと希望した。
それに、三人はワケありだった。
「……あんなヘマしなけりゃ、寝盗りサドってたのによ」
「全くだ! 千人ぐらいヤりたかった!」
「もう過ぎた事はしょうがないわ」
デカチは首を振る。
「バレるまでが面白いっつーんだろ? マゾっちまったぜ」
「バレなきゃ良い、と過信ヤッた結果がこれだがな。あぁ……ヤりてぇわ」
「あたしも彼を増やして楽しんでたのに、あのタコ裏切りやがって!」
そう、彼らは遠い地方でイロイロしまくっていた不貞な輩だった。
あちこちある『洞窟』を冒険する為に募集をかけておいて、入り込めたパーティの異性を誘惑して引き抜いていく。
既婚者であろうがなんだろうが寝取る事への快楽は病みつきだ。
そうやって落とした異性とイロイロ満喫していた。そこまでは良かった。
しかし泳がされて証拠集められて、膨大な慰謝料を突きつけられて夜逃げするしかなかった。
「まぁいいさ。この新天地で、またサドれれば……」
「そうだな。ここでヤりまくるぜ」
「懲りて改心するつもりなさそうね。まぁあたしもしないけど。うひっ」
名前を変えて、姿を変えて、心機一転。
そしてまた募集をかけて気になった異性をたらし込もうと下卑た欲情を内に秘めていた。
しばらく歩いていると、上方の窓から照らされているのか明るい階段が見えてきた。
「上がるぞ」
息を飲んで、マゾドは階段を登っていく。ヤリオとデカチも後に続く。
確かに眩い光を放つ窓は階段の踊り場にあった。それだけでもホッと安心させられる。気が緩みそうだ。
怨ッ!!!!
突然、足元の階段が抜けて三人は落ちた!
遠のいていく窓の光! 一気に突き落とされたかのような切羽詰った焦燥感!
「うわああああああああああああああああああああ!!!!」
咄嗟にヤリオはロープをオーラで操作して、二階の手すりに巻き付かせマゾドとデカチを捕まえてグルンと舞い戻った。
ふう、ヤリオは息を付いた。
「い、今のは……!?」
「突然床が抜けたな? ヤられるトコだったぜ……」
見下ろせば窓のあった踊り場……。足元で抜けたはずの階段がある。
さっきの落とし穴みたいなのは幻だった……?
三人は動悸しハァハァ息を切らす。
「……さっきのサド穴は何だったんだ??」
「いえ『察知』でも変化はない。ヤられる前にヤらないとな」
「あたしたち三人とも落ちたような感覚……? なのに、なんで??」
じっとしてても、何か起きる気配はない。
戻ろうかと頭をよぎったが、今更抜け出してもしょうがない。こんな安いの他にあるかどうかも分からない。
二階を見渡すと薄暗い通路に、奥行の窓から光が漏れている。
「どうせ銀行の口座差し押さられてるしな。サド過ぎる」
「まぁ、たぶん心霊現象と思うが、特別に恐ろしい事が起きたワケじゃない。単なるこけ脅し。これにビビって逃げ出す人はいるんだろう。女とヤりてぇ」
「それもそうね。落とし穴は別として」
マゾド、ヤリオ、デカチは再び二階の通路を歩こうとした。
すると目の前で、左右のドアが飛び出して互い挟んでバチーンすると再び出入り口に戻っていく。
思わず固まる。
「…………罠?」
おかしい。それなら射程範囲に入ってから挟めばいいものを、なぜ手前でやるんだろうか?
「サドよりのこけ脅しだな。さっきのと変わらない」
「でもビビるわ……。ヤッたら化粧が落ちてブスだったのと同じくらい」
「ヤリオは黙ってて! 落とし穴は普通に危なかった気が……」
マゾドは恐る恐る左右のドアの軌道上を踏み込む。もし同じ事が起きれば剣を振るってドアを斬り裂くつもりだ。しかし何も起きない。通り過ぎても何も起きない。
ビクビクするヤリオとデカチも恐る恐る踏み込むが、何も起きない。
無事通り過ぎて、安堵した。
「やっぱりサド的脅しだ……」
「ヤれヤれ……全部ハッタリなんだよ!」
「でも落とし穴……」
怨ッ!!!!
気付けば足元の床に『でっかい悪魔的笑顔』が浮かんでいた!!
ゾワッと身震いするほど背筋が凍って、三人はバッと飛び退く。すると三つのドアが開いて、中の暗黒から飛び出した無数の白いオタマジャクシが三人をグルグル巻き付いて、それぞれ部屋へ素早く引きずりこんでいく。
「まぞおおおおおおおおおおおっ!!!」
「ヤらあああああああああああっ!!!」
「でかちあああああああああああっ!!!」
恐怖に絶叫したまま漆黒の部屋へ吸い込まれると、ドアがバタンと閉まった。
そして不気味な静寂に戻ってしまう二階……。
「お願いですぅ!!」
涙目の巫女メガネっ子が、オレたちの前に頼み込んできてたぞ。
ボヨンボヨン大きな胸を揺らしていて、ヤマミはムッと顔を顰めていた。
「でもよ、心霊現象には疎いんだよなぁ……」
「大魔王を浄化したというあなたならと、依頼をしてきたんですぅ!」
なんとテーブルにカバンケースを乗せてきた。ドスン!
ヤマミは「大金で釣る気……?」と目を細める。
開かれた先に、闘札王の豪勢なレアカードが積み込まれていた。キラキラ!
なかなか手に入らない限定すぎるカードもある。もう再販されないヤツもある。
パラレルレア加工、ホログラム加工、レリーフ加工……様々な煌びやかなレアカードばっかで目を奪われるぞ。
「まさかの伝説の『竜神カード』も九種類、イラスト違い三種、全部揃ってるッ!!」
「……ナッセ?」
「これ、売り捌いたら大きな土地や家が買えるぞ!!」
ヤマミは面食らう。なにやらまだ価値は分からない模様。
しかしオレは興奮が収まらず歓喜が胸中で湧き上がっているぞ。
「これ馬鹿兄貴のだけど、もし浄霊できたら全部くれてやるぅ!!」
なんか巫女さん、マジ顔で言い放ってきた。ドーン!
ついオレは目が眩んで「分かった! 引き受けるぞっ!!」と胸を張った。ヤマミは「ええーっ!?」とオーバーリアクションで仰け反る。