60話「ナッセの悪役令嬢TS転生編⑬」
エリゼという悪役令嬢は元々主人公シンシアに執拗な嫌がらせをしてくる悪役キャラだ。
ストーリーが進めば、シンシアの選択肢によって増減される親密度次第でロシュア王子を始めとしたイケメンたちのそれぞれの方法でエリゼの嫌がらせを阻止し、逆に悪事を暴露して処刑または追放できる。
つまるところ、悪役令嬢エリゼはどう進んでもバッドエンドに行き着くのである。
しかーし黒魔術の儀式によってナッセがエリゼとなってしまう。
当のエリゼは儀式の代償で地獄に落ちていたが、ナッセに引きずり出されて幽霊となって自由気ままに広い世界へ旅立ってしまった。
これによりナッセことエリゼはバッドエンドフラグを回避して、無双展開を繰り広げていったのだった。
「うふっ!」
シンシアは恋人のようにオレの腕に絡みついて幸せそうな顔をしている。
コイツはゲームでは主人公となるキャラで、攻略対象のイケメンたちと親密度を上げて誰か一人と結ばれるハッピーエンドまでプレイできる。
……そのはずだったが、何を間違えたのかオレにぞっこんでレズってる。
そしてこのチョロインが惚れてきた理由を知りたい!
フラグも何も立てていないぞ!?
「エリゼちゃ~んお持ちしま~す!」
オレのカバンを手にしてヘコヘコ媚びへつらう赤髪のイケメンはカイエン。
元々は吸血鬼の設定で、表では熱血漢で裏は俺様ダークとギャップ萌えできるキャラだった。パパさんを撃退したおかげで、もう見るも影もねーけどな。
あとマゾ気質でイジめられるのがカイカーンという性癖を持つぞ。
シンシアが「私のエリゼに近寄らないで」と尻をパシパシ叩き、カイエンは震えながら快感に悶える。正直引く。
「今回こそお前に勝つ!!」
「ああ! 受けて立つぞ!!」
気合い漲るロシュア王子の激しい猛攻を、捌き切っていく。
ガギィンギギギギガガギィンガガガガガ!!
時折、朝か放課後になるとロシュア王子と木刀で打ち合う習慣になっていた。
本来は主人公シンシアと結ばれるメインの攻略対象キャラ。ギルガッシャ────ア王国の正統なる第三王子。そして勇者の血統を持つ。プレイするならば一番最初に攻略するであろうイケメンだ。
バランスの良さそうな性格が魅力的で臨機応変に機転を利かす。これが一番の魅力で推しとなっている女性は多い。
しかし、今やエリゼをライバル視して絶対勝とうと執念を燃やすキャラだぞ。
婚約破棄をしないのも、エリゼに勝つ事と密かに想いを抱いているからだろう。ほぼ束縛である。
「婚約するなら、私にも権利あるはずです!!」
とかシンシアが真顔で胸に手を当てて、ロシュア王子に抗議してきたのは驚いたけどネ。
ややこしくなるから黙っててくれないかな?
「災難だったなー! まぁ見てて面白いからいいけど」
リンゴを寄越してくれる褐色イケメンことマノリア。長身で身軽で猫のような気まぐれとワイルドさも持つ。
ひょうひょうしているが、なーんか狙ってきている感がある。
実は知能指数が一五〇を超える天才で勘も鋭い。オレの正体を知っている理解者でもある。
本来は主人公シンシアに壁ドンをして迫ろうとするイベントもあって、それが胸キュンになる要素でもある。
「準備は整いましたよ」
銀髪ロングのイケメンことメルキデス。知的でニヒルな感じでロマンチストでもある。
しかしお嬢様の外見ながらも男勝りというギャップのエリゼに惚れていて、猛獣のような執着を抱いている。油断ならない男だ。
だが、彼のおかげでこの世界がゲーム世界と酷似しているだけと結論に至れた。
「黒魔術の儀式はこれでいいはずです……」
オドオドする内気な、灰色ボサボサイケメンでメガネをかけている。コイツはマロウ。消極的な性格だが、知識豊富でいつも図書館にいる。
例の黒魔術の儀式を調べ上げてくれて、ようやく叶えられる。
「場所は取っておいたぞー! オイラも手伝うぞー!」
「ああ。サンキュー!」
茶髪イケメンは身長低いが底抜けに明るい性格のギュサー。家庭菜園とかが得意でゴーレム生成ができる。
話しやすい人は他にいないってくらい奔放だ。
ぞろぞろとイケメンを引き連れるように学校を出て、薄暗い倉庫へ入っていった。
そこには既に淡く輝く魔法陣が床に描かれていた。周囲に火を灯したロウソクが立てられている。
「本当にそんな事ができるか……甚だ疑問ですが……」
「逃げたら許さんぞ? まだ決着がついてないからな」
「あっはっはっは! そんな事ないと思うぜ~?」
黒魔術の本を開いたマロウはブツブツ呪文を詠唱していく。
ギュサーは「いっくぞー!」とニワトリの首を斬る。どうせ肉にするからと用意してきたが、ちょっとバイオレンス……。
とは言え、もう魔王は倒したしなぁ。←唐突!
なんかぼっち魔王が「世界を永久の闇に沈めるなら、我一人で充分だ!」と自信満々で笑いながら学校を攻めてきたが、妖精王&三大奥義で沈めた。←身も蓋もない説明文。
これによりこの世界は平和となってしまった。
次の魔王が現れるにしても数百年も先の話だろう。
後は元の世界へ帰るだけである。
魔法陣が輝きを増して、帯を伸ばしていく。
そしておどろおどろしい煙幕が漂っていくと、牛の顔を持った半裸の悪魔が巨躯で現れてきたのだ。
《我を呼び出したのは誰か!?》
「オレだ!」
《ほう……何が望みだ? 一つだけうぬの望みを叶えてやろう。ただし代償として、願いを叶えた後にうぬの魂を貰い受けるがな》
禍々しい威圧を漲らせる牛鬼の悪魔はそう告げてきた。
「じゃあ代償も何もナシに、オレの魂を『分霊』して、元の世界へ帰らしてくんねぇ?」
すると不穏に悪魔は怨念の威圧を増し赤く目を光らせて「ヴヴヴ……」と唸り声が恐ろしく響き渡る。
グワッと大きな手がオレを掴む。
《契約履行など許すものか!! 罰としてうぬの魂をいただくぞ!!》
しかしボウッと足元に花畑を広げ、背中から羽を四つ浮かばせ、金髪ロールを伸ばして銀髪ロングにして妖精王となる。そして「フン!」と両腕を広げて悪魔の手を爆散させた。
《ぐあああああああああ!!!!》
手を失い激痛に悶える悪魔にツカツカ歩み寄り、ワンパンで腹を殴って後方の壁に叩きつける。
手加減しているから壁をぶち抜かないけど、脅しになるだろう。
「分かった。二度と出てこれないよう浄化させるね」
ギュッと拳を握ってニッコリしてみせる。
悪魔は《ひいいいいい!! あ、あ、悪魔ぁぁぁあ!!》と涙目で震えていく。いやお前悪魔だろ。
すぐ土下座して《すみませんすみません二度としません!》と乞いてきたぞ。
「脅してすまんけど、精神世界に詳しいおまえなら何か分かると思ったんだよ」
《は、はぁ……》
「オレのこの体は本来自分のものじゃない。わかるかコレ?」
《へ、へぇ! た、確かに儀式で呪縛されております》
「死ぬまで、だっけ?」
《生来の肉体として死ぬまでそのままっすね》
オレは「だよなー」と腕組み。正座している悪魔はビクビクしている。
「だからおまえのチカラで『分霊』して、片方を元の世界へ戻せねぇって話だぞ」
悪魔は俯く。
まさかできないんじゃないだろうな、と不安がよぎる。
《あ、あの……申し訳ないんですけど、とっくに『分霊』されてますぜ》
「え?」
思わず素っ頓狂に見開く。悪魔はウソは付いていない。
《途方もなく遠いせいで本体と意識がリンクしてないみたいなんで、我の力で繋げるだけなら可能でやんす》
「分かった。それでやってくれ」
《代償も何もいらないから、やらせていただきますね》
「じゃあよろしくお願いだぞ!」
フッと遠くの世界から意識が繋がった感覚がして、記憶が脳裏に流れてきた。
確かにオレは元の世界にも存在している。もう数週間前に、ヤマミの部屋で乙女ゲーを見ている内に儀式によって眠らされて『分霊』されて、オレの欠片がこのエリゼに憑いたようだった。
つまり始めっからオレは二人になっていたのだ!
フッと同期が切れて、エリゼだけの意識に戻ってしまった。
でも流れ出した記憶はそのままオレの中に入っている。
《ずっと同期させるのはシンドいので、済みません》
「おう。お疲れだったな。また呼んでいいか?」
《へぇ……妖精王様の命令とあらば喜んで! でもこのリング創っておいたので、我の力を媒介にしてあっちと意識を同期できるようになりますぜ》
「サンキュー!」
悪魔からリングを渡された。チャージのバーがあるので、満タンになれば同期できる仕組みだ。
ボフンと悪魔は煙幕に掻き消えていった。
薄暗い倉庫から出ると、運動場の隅っこの逆さまパパさんも入った学校と澄み切った青空の風景に感無量だ。
これから“剣姫エリゼ”の伝説はまだまだ続くぞ────────っ!!
~ナッセの悪役令嬢転生編・完~
あとがき
これで『ナッセの悪役令嬢TS転生編』は終わりです。
一応、続きの新章とかも書けなくもないけどね。
果たして好評だったかは読者のみぞ知る、なので作者としては知るよししません。
思い返してみれば、ただの無双だった気がしなくもないですがw
だってイケメンさんたち、あんまり掘り下げてない気もしますしw
あと連載間隔は日曜日と水曜日の週二に戻りまーす。




