57話「ナッセの悪役令嬢TS転生編⑩」
なんかキャーキャー女性の歓声が響く運動場。
シンシアと一緒に本を持って歩きながら声のする方へ見やると、男子たちが運動場でサッカーをしていた。
「負けねーぞ!!」
茶髪チビのイケメンのギュサーが滑りながらボールを奪おうとするが、赤髪熱血漢のカイエンはひょいとボールを持ったまま飛び越す。褐色イケメンのマノリアが激しく争うがカイエンは隣とパスしてかわす。
カイエンは燃え上がるような髪をしていて動くたびに炎のように揺れるぞ。
「シューッ!!」
地面から飛沫を噴き上げるほどボールを蹴り、それはゴールポストに突き刺さった。
観戦していた女性たちがキャーキャーとハート飛ばすほどはしゃいでいた。
シンシアは「凄いですね」と言い、「ああ。動きがよい。運動神経が抜群だなぞ」と返す。
そのまま図書館へ本を返しに行った。その時、カイエンはオレの方を見ていた……。
日が沈みきった夕方。シンシアと一緒に図書館を出ると、運動場でカイエンが一人ボールをポンポン上に蹴っていた。リフティングってヤツだ。
するとこちらを見るなり、ボールを蹴ってよこした。
思わず蹴り返して、カイエンを通り過ぎてゴールポストを貫通して空へ上昇しながら飛び去った。キラーン!
「あ、いけねぇ!! 加減してたのに!」
するとカイエンが不敵に笑みながら歩いてきていた。また猛獣の目!?
「参ったよ。本気で蹴ったのに容易く蹴り返してくれやがるぜ! エリゼ様はマジで大したヤツだな!」
「シンシアに当たるかも知れないのに突然蹴りつけるなよな」
「はっはっは! スマンスマン! だがエリゼ様なら確実に返すと思ってな」
なーんか目が妖しく赤く輝いてきたぞ……?
すると背中からバサッとコウモリのような翼を生やし、口の犬歯が鋭く伸びてきた。そして邪悪なフォースを全身から溢れ出してきた。
大地が震えだし、想像以上の禍々しい威圧が場を席巻した。
「……フッ! オレ様に酔いな!」目をキラーン!
「効か────ん!」
気張って、なにかパシーンと弾けた音がした。しばしの沈黙。
なんか萎むように邪悪なフォースが静まってきて翼も引っ込んで「冗談だった」と冷や汗タラタラ。
逃げようとする気配がしたのでガシッと胸倉を掴んだ。
「今の何なんだよ!! おめぇ正体なんなんだよ!! 太陽に晒すぞ!」
「もう正体分かってんじゃないですかぁぁぁぁあ!!」
尋問すると、実はカイエンは高貴な吸血鬼だったのだ。
身分を偽って入学して美味しそうな美女を下見して、その内に攫って眷属にするなりかしようとしてたらしい。
至高の美味しさを醸し出すオレに目を付けて、力では敵わないから幻惑術でハメて吸血して眷属にしようと思ったらしい。
かくいうオレは上位生命体の妖精王なので、人間では抗うのが難しい精神系の攻撃は難なく弾ける。まさかアッサリ破られるとは思っていなかったので逃げようとしたとの事。
「でもさ、オレと比べて正体隠すの上手いよな。今日まで吸血鬼とは思ってなかったぞ」
「エリゼ?? 正体って??」
「なんか凄いフォース見えてるんで、なんとなく察するけど黙っといた方がいいっすか?」
まだ何も知らないシンシアはこちらへ怪訝な顔を向ける。
「オレは心が男だ」
「そっちっすか!??」
カイエンもビックリ。ってか気付いてなかったんかい。散々オレって言ってるのに?
「なんか頭打って人格変わったらしい。これまで嫌な性格していたのがイヤになって儀式をしたらしいが、なぜか男になった」
「いやいやいや! 人格変わったってレベルじゃねーっす!」
「吸血鬼! お前もう黙れ! 浄化すっぞ!」
「ごめ!」
ビビって苦笑いで合掌するカイエン。素の性格って気軽な感じだったんだな。
キョロキョロ見渡して誰もいない事を確認して、「はあっ!」と気合を入れると足元から花畑が咲き乱れて背中から二枚の花弁が羽となって滞空。金髪が銀髪に変わり巻いてたロールがスラッとロングに伸び、目の虹彩に星マークが浮かび上がる。
暖かく明るいフォースが全身から噴き上げ、花吹雪が舞う。
「こいつがオレの超エリゼ……」
「妖精王じゃないっすかぁぁぁあ!!」
「おい浄化すっぞ!」
ガシッとカイエンの頭を掴む。ギリギリ……!
「あら? その方が女神っぽくていいんじゃありません?」
なんとシンシアが後ろから抱きついてモフモフするように顔を擦り付ける。
そういや今のオレは女だ。
妖精王になっても女性だから、何一つ不自然な事はない。恥ずかしがらなくたっていいんだ。
変身を解き「そういうワケだから、悪さすんじゃねーぞ」とカイエンに脅した。
なんやかんや数日後、なんとカイエンの父様というべき立派な紳士が、魔法学校に現れたのだ。
どうも息子の話に半信半疑で、この目で確かめようと訪れたらしい。
この事は、事が収まった後に分かった。
「エリゼ殿は誰か!」
「ん? 何なん?」
授業中なのにガラッと入り込んできたカイエンの父の第一印象は、変なオジサンだった。同じクラスのカイエンは「ひいっ!」と竦んでいるのを見てなんか察した。容姿似てるし多分パパさん?
ざわざわ動揺が走る生徒たちと、怪訝そうな教授。
ズオオッと突風のような闇のフォースが所狭しと吹き荒んだ。カイエン以上の恐ろしい威圧が魔法学校ごと大地を震撼させていく。
バタバタ失神していく生徒たち。教授は「くっ!」と身構えた。
「うぬら滅ぼしてやろう!! ははははは!!」
クワァッと赤い目を晒して笑いの口が裂けていく。
やむなく運動場でカイエンの父と交戦する事になった。
「エリゼは俺の嫁だぁぁぁぁっ!! 手出しはさせんぞおおおおおおっ!!」
「あ! ロシュア王子様!?」
ロシュア王子が激情に駆られて、血眼で剣を振り下ろすもカイエンの父はひらりとかわす。
オレが「よせ! 敵う相手ではない!」と叫ぶも聞かない。
いきり立った王子様の激しく鋭い剣戟の嵐も、カイエンの父は軽やかに捌いていっていなしてしまう。完全に遊ばれてる。
「これが王国の王子様の実力だとしたら拍子抜けですな。それでは王様も第一王子様もタカが知れたもの……」
「はぁはぁ……、くっ! まだまだっ!」
ロシュア王子は「おおおおああああ!!」と気合充実と吠え、大地を揺らすほど凄まじいエーテルを噴き上げた。たちまち剣が輝く。
地面をえぐるほど超高速に駆け出して、エーテルの尾を引きながら凄まじい一太刀が振り下ろす。
そしてフッと誰か影が素早く動く。
その剣幕にカイエンの父は「ムッ!」と顔が強張った。
「きええええいっ!! 王国剣最大奥義・烈光天降剣斬っっ!!!」
ガッッ!! 眩い閃光が溢れる!
学校の一同は「おおおっ!?」と驚いていく。
なんとカイエンの父は、挟み撃ちに攻めてきたロシュア王子とシンシアの攻撃を受け止めていた。シュウウ……、と煙が流れる。
「なかなかの威力であったぞ。特にシンシアは筋がいい。だが敵ではない!」
弾けた衝撃波でロシュア王子は転がされ、シンシアは「くっ!」と後ろへ飛び退いたが服が多少破けた。
不意打ちが効かず「ちっ! 隙がないよー」とか言ってるけど、主人公らしくねぇ。
「シンシア、ロシュア王子様を引っ張って下がっててくれ」
「しょうがないなー。でも無理しないでね」
ロシュア王子の片足を掴んでズリズリ引きずりながら退場。雑な扱いだな。王族なんだから丁重に扱って。
ふう、と息をついてカイエンの父へ真剣な目で見据える。
「手早く済ませっか!」
「来い! 貴様を闇の永久へ葬り去ってくれるわっ!!」
カイエンの父が左右に両腕を広げ、漆黒の獰猛なコウモリが空を覆うほどの大群が飛び交う。ハナっから全力で来た!
底知れない威圧でビリビリとひしめき、学校の生徒たちが何人か気絶していく。
教授も汗をかき、恐怖に震えるほど。
「ぐはははははぁ!! 真の恐怖を教えてやろう!」
それに対し、オレは高く高く空へと跳躍し続けていって、銀河に模した螺旋状の装飾を添える真っ直ぐ伸びる巨大な刀身『銀河の剣』を生成。
しかしコウモリの大群が獰猛に食らいつくさんと、オレへ殺到。
すかさず銀河の剣を振り下ろしつつ急降下。漆黒の大群を盛大に斬り裂き続けていく。数千数万ものコウモリさえ歯が立たぬ三大奥義の脅威────……。
「ば……馬鹿なッ!!? こ……こんなアッサリとッ……!!?」
たちまち絶句していくカイエンの父。
「ギャラクシィ・シャインフォ────ルッ!!」
そのままカイエンの父の脳天を銀河の剣で打ち、豪快に地面に埋めた。ガガァン!!
真っ逆さまのままのカイエンのパパさん足をピクピク……。
みんなポカ────────ン!
「授業の続きしよか」
「……いやいやいや!! なんなん?? もうこれ授業続けられなくないんですが?」
「ただの前座だ。たぶんな」
「何の????」
「やっぱエリゼは強いですー!」
シンシアが恍惚な笑顔でオレにきゃいきゃいはしゃぐ。その後ろでロシュア王子がふて寝したような感じで倒れたままだ。
……って事で気絶している生徒もいるし、結局お開きになった。
突然の襲撃で状況が分からなかったのだが、カイエンから「オレのパパだ」と言ってきたので判明した。
カイエンのパパさんは巨大な力を持つ吸血鬼で、魔王の幹部をやっているほどの大物だという。
人間界を滅ぼして世界を掌握する極悪な魔族なので、オレはお咎めなし。
これ以降、運動場で真っ逆さま突き刺さっているパパさんが魔法学校の名物となった。(誰も引き抜けないから)




