56話「ナッセの悪役令嬢TS転生編⑨」
儀式により、本物のエリゼはオレに体を押し付けて地獄へ行っていた。
しかし何かの運命のイタズラか、現世に幽霊となって復活したぞ。
魔法学校へ着くなり、幽霊の身であちこち見回ってきて戻ってきたと思ったら……?
《この体も案外悪くありませんわ! って事で、見ぬ世界へ旅立ちますわ!》
「いきなり何を言い出すんだよ!」
しかし幽霊エリゼは得意げに胸を張って、こちらを見下ろす。
《あら? あなたがいれば安泰ですもの。超強いし、良い人だし、きっといい人生になると思うわ》
「勝手な事言うなよ。オレは体をお前に返して、元の世界へ帰りてぇぞ」
《ふふん! 私の自分勝手は治らないもの。諦めてちょうだいな》
「開き直らないでくれよ……」
ゲンナリして肩を落とす。
でも幽霊エリゼは上機嫌だ。意地悪でイヤミな笑いとかじゃなくて、なんというか吹っ切れた感じの……。
《それにね、この幽霊の体なら誰にも迷惑もかけないし、自由自在にどこへでも行けるもの》
「あのなぁ……」
《つーことで決定事項! 私は自由奔放に世界へ飛び立ちまーす!》
有無を言わさず、幽霊エリゼは開放的な笑顔で空へと飛び去っていく。
「おいいいいい!!! ちょっ待て待て待てぇぇぇぇええっ!!?」
制止の手を伸ばして絶叫するも、すでに夕日の彼方。キラーン!
思ってみれば貴族は自由気ままになどできるはずもない。
ギチギチに礼儀作法云々詰め込まれて、交流会など定期に行われる貴族関連の行事には強制参加。華やかな貴族の生活の裏では窮屈すぎる環境だぞ。
むしろワガママなエリゼにとっては、幽霊のような自由気ままな身は願ってもない体なのだろう。
「なんか押し付けられたなぞ……」
本物のエリゼはオレ。元に戻らないって言ってた以上、途方に暮れるしかない。
いや! 向こうでヤマミが待っているんだ!!
絶対元の世界へ戻れる方法があるはずっ!!
そう意気込むが、肩を落としてトボトボ学生寮での自分の部屋へ戻っていった。
荷物を降ろしベッドに転がる。
コンコン! ドアからノックがした。
「なんだ?」
「あ、エリゼ! 帰ってらしたのですね」
「ああ……、シンシアか」
ドアを開けると金髪ショートの明るい少女シンシアが見えた。ゲームでは主人公となるキャラだ。しかし次第に頬を膨らまして不機嫌そうになっていく。ぷんぷん!
「前の週末で王国へ行きましたよね! なぜ誘ってくれませんでしたの?」
「……図書館で調べものがしたかっただけだぞ?」
「でもどうせなら、友達として一緒に行きたかったなぁ」
あざとくショボンしてみせるシンシア。
「そういや聞きたいけど」
「なになに?」
ひょっこり屈託のない顔を見せてくる。あざとくて可愛すぎる。
体が男だったら、惚れちゃうレベル。
体も魅惑的なラインで胸も綺麗な曲線を描いている。化粧もしない天然の美顔は貴族も顔負け。
さすが主人公だけあって、かなりバランスが良い。
「やだぁ……、じろじろ見ちゃって……。もうベッドいく?」
「待て待て! 飛躍しすぎ!」
あざとくシンシアが流し目で「うふふ」と、脱ごうとする仕草を見せてきている。
「っていうか、一番のイケメンであるロシュア王子様どう思う?」
「あ、ええ。王子様ね。私とは身分が違うし、タイプではないかな? でも気になるといえば……あなたかな?」
なんか頬を赤らめてチラッチラッとしてくる。
確かにオレは中身男だが、見た目じゃ女。百合になっちゃうぞ。複雑ぅ……。
「ロシュア王子って、あなたの婚約者だったね?」
「ああ。オレは嫌だけど、意固地になって破棄してくれねーし」
「では既成事実を作りましょう」
ニッコリ顔でシンシアは歩み寄ってくる。
「待て待て待てっ!」
ベッド上でオレを押し倒そうと、色っぽい顔で迫るもんだから両肩をガシッと支えた。
意地でもキスしようと力比べだ。ぐぎぎ!
早くも貞操の危機ッ!
「ち、ちょっと待ってくれ! ば、晩飯食ってねーから、食堂へ一緒に行かねーか?」
「えー、しょうがないなぁー!」
残念そうにシンシアは引き下がる。
ふう、危うくベッド上で百合を咲かしちまうとこだったぜ……。
まさかゲームの主人公に襲われるとは思わなかった。大体、そういうイベントねーだろ。
バゴオオオオオンッ!!
なんか壁をぶち破いて、ロシュア王子が??
ロシュア……王子様? どうしてここに……?
「許さんぞォォォォォ! エリゼのその処女は絶対渡さんぞォォォォォ!」
「それはこっちのセリフだよ。寝てて」
なんかシンシアが素早い動きで、ロシュア王子の急所を光り輝く拳でドスッ!
「げろろばぁ!」盛大になんか吐いた。
オレは「うわぁ……」と引いた。
不意打ちとはいえ、まさかの一撃でロシュア王子様を沈めるとは……。
つか入学時は素人の動きだったのに、いつの間に達人みたいな……?
この短期間で一体何があったんだよ!?
「さぁ、食堂へ行きましょ」
屈託のない笑顔で、オレの手首を引いて部屋を抜け出す。
連れられるままに廊下へと引っ張られていった。なんかいろいろ追いつかない。
そしてうつ伏せのロシュア王子は取り残された……。ぷしゅー。
食堂でシンシアと二人きりで食事を楽しんでたぞ。
気分的にデートしてる感じかな? 周りからすれば仲の良い友達同士なんだろうけど……。
こうして話していれば、ゲームとは違う感じがしてくる。
本来ならエリゼはシンシアを平民と見下して、事あるたびに嫌がらせしていただろう。
まぁ本物は幽霊になったし空の彼方だしなぁ。
オレとシンシアは長い時間ずいぶん話し込んでて、食堂の人たちが少なくなった頃に「あ、遅くなったな」という事で部屋へ戻る事にした。
時間も午後九時を過ぎていたし、頃合だ。
「おやすみ。また明日ね」
「ああ。おやすみ」
バイバイと手を振って別れていく。
部屋へ戻ってベッドへ腰掛けて、なんか楽しかったなーとしみじみする。するとコンコンとノックがした。
また……?
「やぁ!」
なんと銀髪ロングのクールイケメンことメルキデスだ。
落ち着いた表情でニヒルな笑みを浮かべている。普通の女性なら一発で惚れ惚れするだろう。
「ってか、こんな夜になんの用?」
「夜空を一緒に観ようと思ってね……」
そういや、シンシアとそういうイベントあったな。
二人きりで屋上の夜空を見上げて、しんみりするヤツ。ヤマミがやってた。
屋上へ上がると、メルキデスは「ごらん」と見上げた。
見上げると、確かに天の川が斜めに夜空を横切っている美しい風景だった。数え切れない程の星々がビッシリ。そして雄大に天の川には圧倒させられる……。
「この生きとし生けるものが住まうエルメディウス天地を照らすゴッドシャイン天上神、その周囲を小さな光粒が回っているんだ。そういう神々が創られた世界。ロマンチックだよね」
ん? ゲームのセリフと違うな? つかこれ天動説じゃん。
確かゲームでのセリフは……??
「小さな光の粒々が広がる風景画みたいに見えるけど、実際はとてつもなく広大な宇宙で数多くの太陽がたくさんあってそれが無数の小さい星に見えるんだ。この太陽と地球と同じようなのがね。そこに同じような人間がいるかも知れない。壮大でロマンチックだよね」
「…………タイヨウ? チキュウ?? コウセイケイ???」
「エルなんとか天地は地球。ゴッドシャインは太陽。その太陽を中心に地球含む惑星が周回しているのを恒星系。それと同じ規模のがもっともっと遠くの所にたくさんあるって事だよ」
ポカ────ンとするメルキデス。
「哲学を嗜んでるとは……?」
「こっちの世界の話だよ。あ、言ってなかったっけ。忘れて」
「君、面白いね。聞いてたら本当にそう思ってしまいそうになるよ」
ゲームはあくまでもあっちの世界を基準に作られている。
って事は、この世界はそのゲームの世界ではなく、ただ酷似している別の異世界って事か……?
全部そっくりの偶然すぎる異世界。オレはとてつもない勘違いしてたのかもしれない。
バッと見上げると、確かに元いた世界の夜景と微妙に違っていた。
知ってる星座が一つもない。
問題は、オレのいる世界とは同一の世界なのか、全く別の宇宙の世界なのか、だな。
もし同一の世界であれば、あの夜景に映ってるどっか一つがオレたちのいる太陽系なのかもしれない。
すると背後からメルキデスが抱きついてきていた。
男特有の広い胸板が背中に……。そして硬そうな腕がオレの脇から回してくる。端麗な顔が肩にのしかかってくるようにオレの顔と隣り合わせに!
「ちょっ……!」
「もし婚約者などいなければ襲ってたのかもね……。なぜだか魅力的に見えて衝動的に体が動いてしまうよ」
なんか生暖かい息が耳に……。
「素では男っぽい態度だけれど、お嬢様の風貌と噛み合わないからこそのギャップで情欲が沸いてしまうんだよね。引いたかな?」
「心はガチで男だがな」
「体は正真正銘女性だろう。構わないさ」
「いや構えよ!」
男というのは色々な性癖持ってて、異性に対してそういう目で見る生き物なんだな。
情欲が沸く相手ほど性癖をぶち込みたくなるっていう渇望がある。知性のある猛獣とも今なら分かる気がする。
「でもま、今はそのタイミングじゃないだろ? オレ強いの知ってんだろ?」
「まぁね。でも気持ちが抑えられないんだよ」
「抑えてくれ! 頼む!」
回してた腕をすんなり解き、離れてくれる。
「ははは。冗談さ」
どこまで冗談だか……。なんつーかスゲー執着心を感じたぞ。
今は息を潜めているが、機会を窺う猛獣のような気配を感じる。これが男か。
「もう遅いから寝る。遅刻したらアレだしな」
「はいはい。ゆっくりお休み。また誘うよ」
「ありがとうございますわ」
ゆっくり屋上を去ってドアを閉めた瞬間、音もなく脱兎のごとく猛スピードで自分の部屋へ戻った。
目当てのエリゼに去られて、ヤレヤレと星々の夜空を見上げて笑む。
「まいったなぁ。でもいつかは体も心もいt」ドスッ!
地に伏すメルキデスと入れ替わるように冷めた顔のシンシアが……。もはや暗殺者である。




