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55話「ナッセの悪役令嬢TS転生編⑧」

 いつもの花園でベンチに座っていて、側には一人男がいた。


「なるほど、異世界からやってきた人格か……。道理で……」


 褐色のイケメンことマノリアは、オレが妖精王になって取り巻き悪女トリオを懲らしめたのを見かけてたらしい。もはや隠し通せぬと見て、彼に告白する事にした。正直隠し続けるのも疲れてきたしな。

 いかんせんオレは単純な男だから、狡猾に素性を隠すのも上手くない。

 それにマノリアはワイルドな見た目に反して、すごく勘がよくて頭がいい。


「ああ。体は女でも中身男だし、誰とも付き合えねぇって」

「だから婚約破棄していいってか。オレの聞いてる限りじゃエリゼ様はとんでもなくワガママで偉そうで、婚約者が王子と知って歓喜してるって悪評だったぜ。でも実際会った時は真逆で驚いてたくらいだ」

「……らしいな。すまん」


 マノリアはオレの背中をポンポン叩く。


「気にすんな。今のお前の方が素敵だぜ」

「男だがな」

「……話を戻すけどよ、人格が変わったワケではなくて入れ替わったんならエリゼ様の人格どこに行ったんだ?」


 あ、言われてみれば……。

 まさか元の世界のオレに移ってるとかじゃねーよな……? ヤマミ困惑するぞ。


「やべぇ…………! 早く何とかしなきゃ……!」

「オレとしちゃ、そのままの方がおもしれーんだがな。中身男っつーても生物学的に本物の女なワケだしな」


 かんらかんら笑いながらリンゴをかじる。

 この日、オロオロするばかりで授業にも頭が入らなかった。


 翌日、週末なので久しぶりに実家へ帰郷して、父と母に会って積もる話をしたりした。

 そしてその夜、薄暗い自分の部屋のベッドで横になりながら不安げなまま、意識を闇に落としていく。




《起きて! 起きて!!》


 眠たいのに、と目を覚ますと黒いモヤが辺りを覆い尽くす魔界のような世界。

 足元でポコポコ淡い花畑が咲き乱れ続けている。

 気付けばオレは妖精王状態になっていた。しかも元のナッセとしての体でだ。なぜこうなっているのか分からずにいると、目の前に一人の女性がいた。


《起きたようね……!》

「あ、おめぇ!! エリゼ!?」

《このエリゼ様を呼び捨てとはね……。まぁ、今更なに言っても仕方ないわね》


 まさかの本物のエリザと会うとは思ってもみなかった。ってかここどこだ?


《とっくに、わたくしは死んでいるんですもの…………》

「え?」


 疲れたように(しお)れたエリザは前に起きた事を話してくれた。


 オレの人格が来る前の事だ、婚約者のロシュアは口にせずとも毛嫌いしている雰囲気があったし、父も母も諦め気味でメイドたちも心を殺して従ってくれていた。

 それでもエリザは激情のままに当たり散らしたり、ワガママ振舞ったり、欲望の赴くままにやりたい事だけをやってきた。弱い者いじめもカタルシスがあって病的に止められなかった。

 散々好き放題やってきたが、本当は後悔するほど自己嫌悪に苦しまされていた。


 みんなから嫌われている、ってのは本当に心にグサグサくるものだ。

 一旦嫌われれば、好かれるように努力するのは並大抵ではない。そんな事をするより、そのままやり通した方が楽だ。


 でも、もうそれらに耐えかねて地下室でエリゼは儀式を行う事にした。


 父の書斎にあった黒魔術の本を失敬して儀式の準備を整えていった。

 悪魔と契約するのはリスクが高い上に、望まぬ事ばっかりだから敬遠。着眼したのは「とても強くて優しい人」になれる儀式だった。

 古くてところどころ破けて分からない部分が多かったが、これしかないと思った。


 儀式は無事執り行われ、ボフンと煙に巻かれた。


 その後、儀式に使った道具とかは処分して父には「頭を打ったから早めに休む」と伝えて寝た。



《で、気付いたらわたくしは死んでましたのよ……》

「いや、オレを巻き込むなっっつーに」

《本来なら(ののし)りたい所だけど、虚しいものね。アンタがエリゼをやってた方が生き生きとしてるもの》


「え? じゃあ今まで見てたの……?」

《ばっちし!》


 えぇ……。


《最初は「なにこれ、ふざけんな! 体返せ!」って思ってたわ。まさか来たのが男だとは思わなかったんですもの。でも信じられないくらい強くてさっぱりした性格で周りの男を惹きつけていく。わたくしなんかよりずっとずっと幸せじゃない、って諦めざるを得なかったわ。元に戻れないけど》

「待て! 返す事できないのか??」


 エリゼは首を横にフルフルする。


《黒魔術の儀式は絶対の契約。でもできたとしても、わたくしはしませんわ!》

「だったら、お前はどこに行くんだよ!」

《ここがどこだか分からなくて?》


 周りを見渡す。なんかゾンビみたいなのが徘徊している。

 骨だけになった人もいる。どいつもこいつも「ああ~~うう~~」と苦痛に呻くような感じだ。


「…………地獄?」

《他にないでしょーが! まぁ儀式を行わなくとも、きっとわたくしは地獄行きでしたわ》

「オレも落ちたって事??」

《バカね。わたくしが呼んだから特別に召喚されただけでしてよ。時間が来たらエリゼの体へ戻っていくわ》


 なんかエリゼから遠のいていく感覚……。時間が来た…………?

 後ろの方から白光が溢れてくるのが分かる。


《あなたは本当に優しい人……。好きになってしまいそうな方…………》


 悲しげなエリゼは涙をこぼして、優しい笑みを浮かべた。

 エリゼになったオレを見ている内に心変わりしたのかな? なんか切ない。


 思わず「待て待て!」とエリゼの腕を掴んだ。がしっ!


《え? ちょっ……!!?》


 全ては白光に包まれていった────────!




「はっ!?」


 目が覚めた。横から朝日がカーテン越しに淡く明るい。

 ベッドから身を起こしてまぶたを擦る。


「夢にしては生々しかったな」

《本当にね!》


 思わずキョロキョロ見わたす。すると上から薄らとエリゼが腕を組んだまま降りてきた。


「お化け────────!!」ギャー!!


 叫んだからか、メイドがぞろぞろと入り込んできた。

 幽霊のエリゼを指差して「お、お化けが!!」と震えた。メイドは怪訝に、オレが指差した方向へ見やる。そこには薄らとエリゼが……。


「本当にお化けだぁ────────っ!!」ギャー!!




 ……朝食タイムで父と母とメイドたちが全員集合してオレと幽霊エリゼとテーブル越しに向かい合っている。


「まさか幽霊として蘇ってくるとは思わなんだか……」

「でも思い詰めて儀式してたとはね。あぁ~」


《申し訳ございませんですわ……。父様と母様……》


 丁寧に頭を下げるエリゼ。


「しかし元に戻れぬとは困ったな」

《戻ってもしょうがないと思いますわ。私はナッセのよう好かれる人格ではありませんもの》


 でも確かに、朝飯前に自分の部屋でオレの体に憑依できないか確かめもした。

 幽霊なら誰かに取り憑くって芸当できそうとは思ったが、すり抜けるだけだった。何度やっても兆しすら見えない。

 くっそ! 某漫画みたいに「憑依合体!」とか「オー○ーソウル」とかできりゃなー!




 魔法学校へ戻る際、妹のリフィアが目をキラキラさせて「お姉さま! お弁当ですわ!」と籠を渡してくれた。

 なんか強盗や剣聖パパさんの件と王国での噂で憧れに変わったらしい。

 馬車へ揺られながら「いいのか?」と側の幽霊エリゼに振り向く。


《この身どうせ何にもできませんもの。いつでも実家へ帰れるし少なくとも父と母と話す事が出来るだけでも贅沢ですわ》


「……ってかオレ、元の世界へ戻りたいんだけどな?」


 ゲンナリするオレェ…………。

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