54話「ナッセの悪役令嬢TS転生編⑦」
ギルガッシャ────ア王国は馬車で五時間かかる遠い所だ。
さすがに馬車でガタンゴトン揺られていると気が滅入るが仕方ない。
「見えてきましたよ……」
なぜか同席しているマロウが窓から見える遠景の王国に指差して柄にもなく明るくなっている。
まぁ、コイツいないと図書館の場所分からんしなー。
マロウ。ゲームでは攻略対象のキャラだ。灰色ボサボサメガネのイケメンだが、内気でオドオドしている。
数十分で王国に着くと、広々と都市が広がっていて賑やかな喧騒に驚かされた。
多くの店が並んでいて賑やかな町人たちの明るい様相を見渡しながら図書館へ向かっていった。するとなにか気配がした。
盗人が通り過ぎざまになにかスッているのが微かな一瞬で見えた。あいつ!
ごった返す人々の間を高速ですり抜けて、その盗人の手をキュッとひねり上げた。
「ぎゃああ!!」
「捕まえたぞ。盗人め」
ドヨドヨと周りがどよめく。盗まれた人を呼び止めて告げると「ああっ! 本当だ!」と気付いてくれた。そして取り返した財布を返す。
盗人はなんとか振りほどこうとするが、しっかり逃さない。
「くそ──っ! 女のくせに腕力強ぇえな! ならっ!」ガサゴソ!
「これ?」
既に奪っておいたナイフを見せると、盗人は絶句したぞ。
騎士たちが駆けつけて、観念した盗人を突き出した。
マロウは盗人を連れて去っていく騎士たちを眺めながら驚いている。
「エリゼ様……、よく気が付きましたね」
「まぁな。あれくらい誰だって気付くさ」
「いや……当たり前のように言われても……」
図書館へ向かうと、少しずつ人気が減っていく。
するとあちこち殺気が感じられる。多分盗人の仲間。捕らえられたから報復って事か。
まず音もなく上から奇襲を仕掛けてくる男……。
突き下ろしてくるナイフをかわして、念力で掴んで惰性そのままに地面に叩きつけるように落とす。その男は大の字でピクピク痙攣して気絶。
側のマロウは「ひい」と縮こまる。
「このやろうっ!!」
あちこちの路地から数人の男が身を低くしながら滑るように襲いかかってくる。オレは「やれやれ」とため息。瞬く間に数人の男を合気道のように念力組手でクルンクルン転がした。
ドサドサドササッ! 大の男が揃って仰向けで「うう……」と呻く。
実はオレは見えない流動的なものを放出して遠く離れた物体を掴める『念力』が使える。
それを使って戦うのが『念力組手』だぞ。傍から見れば合気道でやってるように見えっかもな。
死角から毒矢が飛んでくるが、見向きもせず指二本で挟んで受け止めた。それを手首だけで投げ返して「ぎゃ!」と声がした後に静寂する。挟んだ時に解毒したから刺さっても大丈夫。
再び騎士を呼んで一網打尽と捕縛してもらったぞ。
「マロウすまん。遅らせちまったな……」
「い、いえ……。すごく強いですね……」
「まぁ大魔王ともやりあってたけど、信じられんわな」
「マジですか…………?」
「ってもここの世界でじゃねぇ……。たぶん遥か遠くの異世界での出来事だ」
ポカァァァァンとするマロウ。
図書館へついたら、あまりの大きさに目眩がしそうになる。
とは言え、元に戻る為には背に腹を変えられない。
マロウはにこやかに「手伝いますよ」と協力的で助かったぞ。やけに優しい。
……橙に滲む太陽の夕日。オレはトボトボ。
結局収穫なし。マロウは「気を落とさないでくださいよ」と慰めてくれる。助かるぜ。
馬車に乗って帰ろうと来た道を辿ろうとするが、日が沈んだ夜。不穏な気配が漂う。マロウはオレの後ろでビクビクしている。
まるで昼とでは顔が違うぜ。
小汚いおっさんが数人、ビンを手に酔っ払いながら下卑た笑いを見せている。
「へっへっへ! 夜な夜な彼氏と二人きりでのんきに散歩とはな」
「無防備にも程があるぜ? よそモンだなー」
性欲に駆られる小汚いおっさんはなんと醜い事か……。
女になって初めて分かる嫌悪感。怖気すら催す。オレが男だと知ってたら反応は違ってただろうがな。
「わりーな。怪我したくなければ回れ右で帰ってくれんかな?」
「は?」
「コイツは驚いた! これはまた勝気なお嬢様だぜぇ!」
「これからどうイヤンイヤーンとエッチされるか……見ものだな!」
「今宵はムフフで楽しめそうだぜ!! へっへ!」
オレは腕を交差し「ふっ!」と軽く大の字に手を広げると、破裂するような衝撃波を巻き起こして周囲の男を吹き飛ばし、後方の壁に叩きつけて床にずり落ちていく。
そいつらをいっぺんまとめて縛り上げて騎士に突き出す。
「またお前か!」
屯所の騎士たちは呆れ顔。
とは言え、女性だからと舐めてかかってくる不貞な男が多いような気がする。
夜の馬車で魔法学校へ帰る時だって、何回もスケベ盗賊たちが襲って来た。もちろん一瞬で全滅させたぞ。
しかしこれクソゲー並にエンカウント率ひどい。
「あ、あの……。エリゼ様は凄いですね……。さすがはゴーマンキチ家の令嬢ですね」
「こんな怪物みてーなオレを褒めても仕方ねぇぞ?」
「いえ! エリゼ様は素敵な女性ですよ! もし婚約者がいなかったら、交際したいです!」
「あー、はいはい」
男と付き合う趣味ねぇぞ……。
でもま、生物学的に女だし魅力的に見えるんだろうな。そしてオレ自身も女性に性的な目で見れなくなっている。
自分の裸見る事があっても、自然と気にならない。
男だった頃は女性の胸にドキドキしていたのに、今は全然ない。
逆にイケメンには心がときめく反応を感じる。理性で否定してるから素知らぬ顔できてるけど。
マロウ自身も自信なさそうで灰色ボサボサ髪でも顔立ちはイケメンそのものだぞ。
馬車から降りて、学生寮へ入るとマロウとバイバイ。
「……今日はスリルがあって楽しめたよ。守られっぱなしだけど……」
「ああ、気にすんな。お疲れさん。ゆっくり休んでなー」
なんだかんだ楽しんでたかウキウキする気分で自分の部屋へ戻っていく。
すると何者かがザッと立ちはだってきた。取り巻き悪女トリオだ。揃って睨んできている。
今度は堂々来るんだな……。見直したぜ。
「エリゼ様! あたしたちはどうでもいいって事?」
「小さい頃からの関係でしたのに、フラッと男遊びするなんて!」
「随分丸くなったつもりなようだけど、一緒にイジメをやってきた事は忘れさせはしないわ!」
「ああ! だから、それ以上にいい事すればいいしな!」
即座に言い返すと、取り巻き悪女トリオは唖然とするがキッと睨んでくる。ギスギスなのは嫌だなぁ。
「一生のキズモノにしてやるわっ! ファイア!!」
ヒステリックに火炎球を撃ってきたが、パシンと素手で軽く散らす。
いともアッサリ跳ね除けられるとは思わず「うそ……!?」と青ざめて仰け反っていく。
「講義なら、今受けてもいいぜ? 今のは一番カンタンなファイア。次にハイフレイム。最強はなんだっけ? 今それ教えてくれねぇか?」
一歩進むと、取り巻き悪女トリオは揃って一歩後退。じりじり……。
「お、おのれ!! じゃあ体に教えてやってもよくって!! フルフレア!!」
「おー実践してくれてサンキュー!」
なんと事もあろうか学生寮で上位魔法の巨大な火炎球をぶっぱなしてきた。灼熱で燃え盛る火炎を散らしながら襲い来る。
並の人間なら黒コゲになるほどの熱量だ。さすが貴族の魔力は侮れない。
でも平気、と笑む。
足元に花畑が広がり背中から羽を二枚浮かせていく。目の虹彩に星マークが浮かぶ。妖精王になった。
「デコレーションフィールド攻撃無効化っと」
手でグルグルかき混ぜていくと、巨大な火炎球は豪快に螺旋を描きながら徐々に白い蝶々の群れに分散されて虚空へ溶け消えてしまった。
これが妖精王の能力。
破壊が及ぶ事象を全て、光の蝶々や鳥などに変換して『無かった事』にするんだ。
一定範囲と一定時間のみだが、いかなる破壊も無効化しちまう。
チートだよな。
「この化物! ハイフレイム連続魔法っ!!」
「怒涛のハイフレイム連発ですわ! お逝きになさってよっ!」
「このこのこのーですわっ!」
嵐のような凄まじい火炎球の弾幕が迫るが、ことごとく白く灯る小鳥や猫などに変えられて霧散されていく。
オレは手をかざして突っ立っているだけ。
取り巻き悪女トリオは「あ……ああっ……!」と顔面蒼白で戦意喪失。
ガクガク膝が笑っている。
まさか幼馴染のエリゼがとんでもなくチートだとは思ってもみなかったのだろう。尻餅ついて失禁している子もいる。でも、放っておけば憂さ晴らしに他の弱い子にイジメやりかねんしなー。
「ちょいお仕置きすっかな」
ズンズンとにじり寄ると、取り巻き悪女トリオはヒッと縮こまっていく……。
「「「ギエ────────────!!」」」
分からせた結果、取り巻き悪女トリオは改心してくれたぞ。




