43話「初めての体験! 深夜の対戦!」
リョーコたち斧女子ライブが終わって、アクトと解散してオレは一人帰路につく。
辺りはすっかり夜になっていて大阪は華やかな明かりで彩られていた。
さてマチモンやるか……。
地下鉄の電車に揺られながら、オレはDSを手にゲームを始めた。
ようやく終駅である野田阪神まで来ると大勢の人と降りて、階段を登って、野田駅入口に出た。涼しくなったな、と思いつつ車の騒音を聞きながら歩道を歩いていく。
見慣れたマンションへ着くと、思わずギョッとした。
「遅かったわね……」
玄関前で不機嫌そうなヤマミが腕を組んで待ち構えていた。
《マチモントレーナーの ヤマミが しょうぶを しかけてきた!》
マンションのオレの部屋で一緒にDSを手に、交換や対戦を繰り返していた。
二〇〇九年九月一二日に販売されたゲームで、オレとヤマミはソウルシルバーとハートゴールドを買っていた。
ゲーム経験が浅かったヤマミも最初は戸惑っていたが、慣れてくるにつれて頭角を現して来やがった。
様々なマチモンの特性や技を熟知していって、何回も対戦している内にオレはサンドバッグに成り下がっていったぞ。
《こうかは ばつぐんだ!》
ああ~最後のヤツも倒れちまった……。
ってかヤマミが最初出したマチモンだけで勝ち抜かれるとか、強ぇーよ。
「朝帰りじゃなくて良かったわ」
「あはは、それはさすがに……」
おっかなくて顔が見れない。怒ってそうな気配……。
リョーコが「ヤマミには黙って来てくれない! 緊急だよー!」って携帯のメールで来てたからなぁ。適当な事言って一人で出かけたのがまずかった。ちくしょう。
「説明してくれる?」
「はい……」
マチモンの対戦を続けながら、オレはリョーコの事情を洗いざらい白状した。
斧女子メンバーのトシエが作った闇鍋カレーのせいでリョーコ以外のメンバーがダウンして、オレが妖精王になって代わりに前座ライブをやって時間稼ぎした事、そしてリョーコはアイドルという形で自分の夢を叶えた事を……。
「お疲れさま」
「……ごめん」
「気にする事ないわ。だってアナタなら素直に頼みを聞いて、友達を助けに飛び出すなんてのは分かってるもの」
「うん…………」
《つうしんちゅう……》
ベッドをソファーのように座ってオレはヤマミのコマンド入力を待っていた。
するとテーブル前に座っていたヤマミは立ち上がって、こちらの横へ座り直してきた。思わずドキリと身を竦ませる。
「頭では分かってるけど、アナタが他の女へ行ってしまうのが不安で仕方ないの」
「ごめん」
「謝るのは終わり!」
「う、うん」
「感情は勝手に先走って駆け巡る。不安、嫉妬、疑念……」
ヤマミはオレのDSを畳ませた。気付けばヤマミのDSは閉じられてテーブルの上に置かれていた。
思わず彼女の顔を見てしまう。
頬を赤らめて不安そうな悲しそうな表情……。口を噤んでて我慢しているのが窺える。
「あなたを誰かに取られないか、私の感情が勝手に頭をかき乱してくる……」
オレの太ももに乗せている自分の手の上に、ヤマミの手が重なってくる。
「私は世間知らず……、どうやって付き合えばいいか距離感が掴めない事もある。今あなたが私のこういう行動に嫌がってるかもしれないとも恐れている」
「そんな事ない」
「それならいいけど…………、ナッセと一緒ばかりでウザく思われてないかと微かな不安もあった」
「オレも人見知りだし、恋愛経験もないからヘタだし、恋人同士ってどんなんかなと悩んでたりしてた」
「……そう」
彼女の顔を見つめて話していると、胸がドキドキしてきて顔が熱くなってくる……。
黒髪の姫カットに整った美人顔。頬を赤らめているのが余計色っぽい。オレの事が好きなんだって、前から分かっているとはいえ、こういう事には慣れていなかった。
だからなのか、胸の高まりはドクンドクン高鳴っていく。
「むしろ、こんな恋愛ベタなオレでいいのかって思ってた……」
「ううん。東京ファンタジーワールドへ誘ってくれた時は本当に嬉しかった。一緒に遊んだ時はすごく楽しかった……」
「だよな……。オレもす、好きな人と…………」
「うん…………」
オレの手に乗っているヤマミの手がギュッと握ってくる。
その柔らかい感触と温もりに、溢れるほどの昂揚感が胸に押し寄せた。ドキドキが止まらない。
「でも、これ以上待たせられるのはイヤ…………!」
切なそうなヤマミの顔が徐々に迫ってきて、彼女の唇がゆっくり近付いてくる。
オレは思考も理性も吹っ飛んだかのように頭が沸騰して、顔が熱いままに、溢れ出る情欲に任せて重ねてしまった…………!
「んっ!」
初めての、女性の唇は柔らかく、愛おしさが爆発しそうなほどに溢れた。
二度、三度、互いは啄み始めた。
思わずヤマミをベッドに押し倒し、オレは四つん這いで見つめ合う。乱れた黒髪をベッド上に散らしてヤマミは恥ずかしげに頬を赤らめて微笑み、頷く。
電灯を消した薄暗い部屋で、オレとヤマミはベッドの上で汗も滴る対戦を繰り返し続けていった。
どれくらい時間が経ったのかも忘れて、熱く熱く……柔らかく……ねっとり……絡み合って情欲を味わい尽くしていった。
極楽浄土へ訪れたかのような、至高の感触に、極上の悦びで全身に満ちていく。
精根尽き果てた時は、ドッと押し寄せてきた疲労感によって意識は沈んでいった…………。
朝、シーツの下ですっぽんぽんだった事にオレたちは一瞬戸惑った。
しかし昨夜の出来事を思い出し、顔が火照って俯くしかなかった。ヤマミは慌ててシャワーを浴びに行った。
オレは震えながら「やった……。やっちまった……」と喜んでいいのか焦っていいものか錯乱気味になっていた。シャワーの音が聞こえ、少しずつ頭は落ち着いていく。
「ふう……」
まだ疲労が残っていてか、仰向けに倒れて枕に頭を預けた。
なんかスッキリした気がした。
これが初体験か……。
頭の脳裏に昨夜の行為を繰り返し再生して、思わず顔を手で覆ってしまった。
一生忘れられない体験になったとオレは改めて思った。
ヤマミがシャワーから出た後、オレもシャワーを浴びて心身ともにリフレッシュして今日の衣服に着替えた。
朝飯を作って、召し上がって、腹を満たした後、ヤマミと明るく笑い合う。
しこりも何もなく心底悦びを分かち合って、互いの気持ちも確かめ合って知り得た。
「好きだよ! ヤマミ」
「私もよ、ナッセ!」
弾むような気持ちで思うままの言葉を吐いた。
「みんなにはナイショね」「うん! オレたちだけの!」
ヤマミの安心したような優しい微笑みが、背後からの朝日で眩しく見えた。