40話「新生アイドル(♂)の誕生だぞ!!」
薄暗いライブ場で、ザワザワと不安げに観客がざわついていたぞ。
なぜなら、いつまでたってもライブが始まらず、無人のステージは沈黙しているからだ。
「もう始まってもいい頃だぞ?」「遅刻か?」「わざわざ遠くから来たんだぞ!?」「いつ始まるんだ!?」「待てねぇよ!」「こっそりリョーコが来てんの見たぞ!」「他のメンバーは??」「どういう事だ?」
オレはステージの裏からカーテンっぽいのを手で避けて観客の様子を覗いていた。
ふう、と気を取り直して向き直る。
舞台裏で困惑しているスタッフたちと、慌てているリョーコがいる。そして何故かアクトがいる。
オレはジト目で「オレだけ呼んだのは、どういう事だぞ?」と当の本人であるリョーコを問いただす。
「今日だけでいい!! 妖精王になって前座で代わりに歌ってくれない!?」
パンと合掌して頭を下げるリョーコ。
オレは反射的に引いて「え! イヤだ!」と口走る。
「頼むよ!! 頼むよぉぉぉぉお!!」
リョーコは涙目でオレの両肩を掴んで必死に頼み込んでくる。
「イヤだっつーに!! 妖精王だからって、オレに頼るなよぉぉぉお!! ヤマミとかに頼めばいいじゃねーか!!」
「ヤマミは絶対嫌がる!! 絶対断る!! だから無理なのー!!」
「とにかくオレは帰るっ!!」
「だめぇ────────っ!!!」
強引に帰ろうと踵を返すが、リョーコが涙目で必死に引き止めてきて震えたまま動けない。ぐぎぎぎ! くそ! この怪力女め!
スタッフは「はぁ……」とため息。
「なら、俺ァいこう!! 歌ったり踊ったりするのは得意だからなァ!」
なんと、いつの間にかアイドルの衣装をはち切れんばかりに着込んでて、露出している部分から筋肉隆々が窺える。そして自信満々の笑み。ドン!
「なんで引き受けんだよ!? つーか呼ばれてねぇだろっ!」
「はっはっは!! 相棒が困ってるって分かったらァ、いつでも飛んでくるぜ!」
もしこんな野獣(変態)をステージに解き放てば、間違いなく会社は潰れる!
斧女子を広めるリョーコの夢も共倒れだ!
「アクト! ジャンケンしましょう! 最初はグーからよ!」
「ん? おお、いいぞァ!」
リョーコは「最初はぁ~」と拳を引き、いきなり「グー!!」と凝縮された全オーラのパンチをアクトのみぞおちに叩き込む。ドゴン!
「そういう意味でじゃばばばぼっ!!!」
轟音と共に全てを震撼させ、壁に大の字でめり込むアクトはグッタリ。
オレはジト目で呆れていた。
「それはいいとして」
「いいんかよ」とスタッフがボソッと。
「……聞いた話じゃ、あと四人メンバーいただろ?? どうしたんだよ?」
リョーコは困った顔で「それがねー」と回想シーンへと繋げたぞ……。
────それは昼の事だった。
とある事務所のキッチンで、黒髪ロングでスラッと長身で尻と胸がデカい美人がカレーを煮込んでいたのだった。斧女子メンバーの一人である鶴岡トシエだぞ。
鍋でグツグツ香ばしい匂いを漂わせて沸騰する茶色の液体。
「昼飯はカレーってカンジー!!」
トシエはニカッと陽気な笑みを浮かべた。
緑パンチパーマの巨乳持ちの佐松エリ、ジト目っぽい金髪セミロングで褐色肌の駿河ナツミ、猫耳の栗色のミディアムボブの佐々木テルが食卓でウキウキしていた。
並べられる美味しそうなカレーに、三人はヨダレさえ垂らしそうだ。
「さぁさぁ召し上がれってカンジー!」「いただくじゃん!!」「……いただきます」「にゃにゃにゃーん(いただきまーす)」
四人はパクリと食べた。
「ぶぼぼってカンジー!!」
「ぶぼぼっじゃん!」
「……ぶぼっ!」
「にゃごごっ(ぶぼぼっ)!」←翻訳必要か?
四人揃って口から盛大にカレーを吹き出す。そのまま食卓にガクリと顔を乗せてピクピク瀕死……。
「な……なに入れたの…………?」
薄れゆく意識を必死に留めナツミは問う。トシエも力を振り絞って答える。
「と、トロミが欲しいカンジなので……プリン12個分、足りないタマネギを補うカンジでヒヤシンスの球根2個……、ニンジンがなかったカンジだから……だ、ダイコンをぶちこんだカンジ、そして隠し味にはカブトムシの幼虫10匹…………」
「「「ぶぼっ!!!」」」
最後の隠し味でトドメとなり、息絶えた。
寝坊で遅れてたリョーコが来た時は四人倒れていたので、慌てて創作士センターへ運び込んで現在治療中。
原因となったカレーも識別の為に持っていくと、更にヘビ、ヒキガエル、コカコーラなど闇鍋状態だったぞ。
この件で判明したが、トシエは絶望的なまでにメシマズだったのだ。
本人曰く「自由な発想で料理できる家庭的な未来主婦ってカンジー」との事。知っている人なら必死で止める案件だったぞ。彼女の家族は確固たる信念で『トシエには絶対作らせはさせない!』らしい……。
「で、腹壊してセンター送りのままかぞ……」「うん」
リョーコの話(回想シーン)を聞いてジト目で呆れ返った。
つーかカブトムシの幼虫使う発想どこから来んだよ! コカコーラは一万歩譲るとして、なぜ猛毒のヒキガエルと球根まで入れンだよ!
ぜってー腹壊すだろ! ってか死ぬわ! 心中狙ってんじゃねーだろうな!?
「もう時間がないよー!! 妖精王になってアイドルにぃぃ!! 一生の頼みだからぁぁぁあ!!」
オレは乗り気ではなかったが「超ナッセ……!」と呟く。ボウッと足元に花畑を広げて、背中から二枚の羽を広げ、うしろ髪がバサッとたゆたいながら伸びる。
胸は女性的に膨らんでいないものの、腰や尻は中性的にスラッとなってて綺麗な曲線を描く。おまけに白い肌で美しい。幼い女の子が二次性徴を迎えず、そのまま成長した体型にも錯覚する。
スタッフは「おお……! これならアイドルにもっ!」と興奮していく。
オレの顔に化粧を施して、髪型を変え、アイドル衣装を着れば、あら不思議スレンダー美少女(♂)にへんしーん!!
数名のスタッフもリョーコも「おおお!!」と感激していく。
「これはイケるッ!!」「ヒゲは生えないから口周りが白くて綺麗だ!」「女よりも女らしい美顔!!」「男にするにはもったいない神秘的な肉体美!」「いっそアイドル転向しても不自然じゃないっ!」「これぞ男の娘!!」
「うん、ナイス! チョイスした甲斐があったわ! やはり妖精王はこういう時にこそ光るわねっ!」
嬉しそうに満面の笑顔のリョーコ。だがオレは逆に意気消沈……。
「男としての尊厳は木っ端微塵に砕かれたぞ……」←既に泣きたい。