37話「夕夏家総統継承式!④」
翌朝、カツカツと誰かが早歩きでどこかへ向かっているのを、カゲロとコクアは切羽詰った顔で塞いだ。後ろで幼いライクは震えながらキッと身構えている。
「まず僕とお手合せをお願いします!!」
「ああ! オレもお手合せ願う!」
「お、お、おおれもー!!」
「……いい度胸じゃな。邪魔するのであれば、完膚なきまで叩きのめすまで!」
同じく翌朝、オレはヤマミと一緒にヤミザキに呼ばれて静かな一室へ入った。
会議に使うであろう広さに、長テーブルと無数の椅子が端に重なられて置かれている。後は広い空間に、赤い絨毯。そして壁にはホワイトボード。
「早く帰りたく思うが、無理言って済まない……」
「『運命の鍵』に関してでなければ早々に帰ってたわ」
腕を組んだままのヤマミは相変わらずムスッとしている。
ヤミザキは構わず、胸元に手を当てる。するとそこから隙間が空いて光の帯がこもれでて、ズズッと黒い螺旋状のオブジェみたいなものを出す。
「これが私の『運命の鍵』だったものだ」
オレは見開いた。
確か、溜まっていた因子が限界を迎えてヤミザキは魔王化した。でもオレたちの奮闘のおかげで浄化に成功した。
……このオブジェは魔王化する際に変形した『運命の鍵』の成れの果て。
「つか、出して大丈夫なの? 寿命が……」
「いや心配はない。願いを込めていなくとも鍵そのものは出し入れできる」
オレもヤミザキを真似て胸元に手を当てる。しかし何も起こらない。
「やはりか」
落胆したようなヤミザキの声。
どうやら役目を終えた『運命の鍵』は出し入れが可能になるらしい?
「もう願いを込めて効力を発揮する事は無い。今の私は形だけの『鍵祈手』だ」
「そうなんだ……」
「そうね。大魔王を浄化するなんて前例はないから……」
ヤミザキの手に乗っている黒い『運命の鍵』はひとりでに浮き、胸元の隙間を空けて吸い込まれていった。
意思一つで遠隔操作できるんだな。
でも、魔王化を浄化しても元に戻らないのか……。
「従って、因子は溜まらんから再び魔王化する事は無いだろう。恐らく死ねば転生ももう……」
「あ、そっか! 魔王化ないんだよな!」
「…………そういえばヒカリなんか言ってたわね」
《そうだよ》
振り向くと、長机の上でウニャンがトコトコ歩いていた。
ヤミザキは「確か……」と言いかけたので、ヤマミが「魔女クッキーの分身です」と付け足した。
《自己紹介はいらないね。ふむふむ。……今回は特例でヤミザキは現世に留まっているけど、天寿を全うすればアマテラス様のいるポジティブ一〇〇%の並行世界へ送還されるよ》
「浄化して魔王化の概念が消えたから?」
《それもあるけどね、でも我々の世界はもう大丈夫。大戦が起きたアメリカで銀の世界樹があるだろう?》
そういやそのままだったなー。
大魔王を『開闢の鈴』で浄化した後に成長した世界樹だ。そして戦死者を全員生き返らしてくれた。その後、ノータッチでオレたちは帰っていったっけなぁ。
《それこそが『世界樹ユグドラシール』だよ。それは強力な破邪と浄化力で大災厄の円環王マリシャスによる悪意満ちた干渉をシャットアウトしているんだ。次元すら超越して存在するそれは数多ある並行世界にも存在する事になったから、二度と侵略はできないよ》
「え……? そ、そんな事が……」
そんなご大層な世界樹だったのか……。
つーことはオレたちが異世界へ行ってる間に、マリシャスが攻め込むなんて事はないんだな。良かった良かった。
「クッキー! 分かってるけど聞くわ。既に現在までの魔王化してしまった並行世界や宇宙含む世界中の『鍵祈手』はどうなるの?」
《無かった事になった》
「え……??」
「どういう事か説明してもらえるかな? クッキー殿?」
ウニャンは長机の端まで来ると、ピョンとオレの肩に乗ってきた。
《異世界でワタシが『因果の組み替え』の説明してたよね? エレナの異世界転生も、ワタシの因果操作も……》
「もしかして、それと同じ?」
「私は初めて聞くのだが……?」「お父さんは黙ってて」
ウニャンはオレの頭に登って、頷く。
《正しくその通りだよ。我々は浄化した故に記憶として残っているけど、関係していない遠くにいる星の人々は最初っから魔王化なんて無かった事に因果は組み替えられたんだよ》
オレは難しい事分からないけど、とにかく魔王化は概念から消えたって事かぞ。
「……色々気になる事はあるが、私は『鍵祈手』として天命を全うした事になるな」
《そういう事だね》
ヤミザキは胸に手を当てて「この鍵も生きているのではないかね?」と聞く。
《ナッセのヒカリは特例中特例。ほとんどの『運命の鍵』は宿主と繋がると分身のようなものになる。だから自由自在に思うままに動かせるワケだよ》
「そうか。それを聞いて安心した。単なる私の分身ならば、死なせてしまった事に心を痛める必要はないのだな」
《そうだね。まぁ生きていないと、さっき見せたような遠隔操作もできないけど》
ヤミザキは安堵したように柔らかい表情になっていた。
「呼び止めて済まなかったな……。私の要件はこれで終わりだ」
「失礼しました。でも、また時々来ます」
「あ、オレも…………」
ヤミザキはこちらへ歩んできて手を握ってきて「ヤマミをよろしく頼む」と任してきた。
「え、うん……。まぁ」
「ナッセ?」ジロッ!
うっ! 視線が痛い!
「や、ヤマミは好きだから、ずっと仲良くできるように努力します!」
「全く……」
ヤマミがオレの腕に組んできてぷにっと胸の感触を押し付けてきた。
それを見てヤミザキは「うむ」と安堵して頷く。
すると、なにか勘付いたのか「ムッ!」と険しい顔でドアの方へ向けた。
「今すぐ時空間魔法で帰りなさい」
「え?」
「分かったわ。またね」
咄嗟にヤマミは漆黒の花吹雪を巻き起こし、螺旋状にオレたちを吸い込んでいって忽然と消えていった。
間一髪、ドアを乱暴に開けてダクライがダン、と踏み込んできた。しばしの間。
「もういないぞ」
「ふむ、そのようですな。ああ、口惜しや……」チッ!
「ダークラーイ! あそぼーあそぼ──!」
追いかけてきたヨルがダクライの背中に抱きついてきた。
夕夏家専用の仮想対戦の広場で、カゲロとコクアは疲れた顔で息を切らしたままグッタリ横たわっていた。
幼いライクも青ざめててガクブル震えていた。
ダグナが後からやってきて「またダクライか……」とため息をついた。
朝っぱらからナッセたちと対戦したくてウズウズしていたダクライを、コクアとカゲロが自ら執拗に何十回もお手合せを志願したのだ。その甲斐があって時間稼ぎに成功していた。
しかしコテンパンにのされ続けたらしく、心身ともに疲れ果てているようだ。
「ナッセ様の為になら……、この命惜しくないッ!」
ガクリ、と満足気なコクアは笑んだまま意識を失った。