172話「六界篇⑧ 餓鬼道ァ!」
辺り一面、砂漠ァ! ど んっ!(強調擬音)
枯れたような木が少し点在してるだけで、かなり殺風景だ。
腹が異様に膨れていて痩せ細った生き物が闊歩している。餓鬼と呼ばれる子鬼だぞ。
「アルッ!!」
向こうにオアシスがあると、我先にと餓鬼どもは駆け出していく。
熱い砂上にも関わらず血眼で全力疾走だ。
「どくアル!!」
「あの水は全部、我のものアル!!」
「いーや! 水一滴、譲らないアル!!」
餓鬼たちは闘争心あらわに体当りして、いがみ合いながら競走している。
ようやくオアシスへ近づくと飛び込むかのように餓鬼たちは殺到。
……しかし、陽炎のように揺らめくとオアシスは忽然と消えた。
「あ、あるるるる~~~~~~!!!」
落胆して砂漠を滑る餓鬼たち。
スピリアとジャオウは座ったまま、それを眺めていた。
「さっきからああだ」
「……フン! それはいいとして離れろ」
「断る! この妙な所へ来てしまった以上、他に頼れる人はいない」
「少なくとも鎖をどうにかしてくれ」
ジャオウはゲンナリと、腕に絡みついている鎖を見やっている。
「見た所、欲しいモノが届かない状況が続いている。特に乾きが酷い所だ。水が欲しいと思った頃にオアシスが現れていて、近寄れば消える。その繰り返しだ」
「餓鬼道か」
「その通りだ。六道輪廻の内、特に苦しみが酷い三大世界の一つ。それが餓鬼道」
「出る方法はないのか?」
「……これまでも、遠くまで歩いてきたが砂漠ばかりだ」
ジャオウは苛立って「チッ!」と舌打ち。
「ほとんどの餓鬼はどうも中華系っぽいな」
「フン! 大方、転売屋でもやって落とされたんだろう」
「転売屋以外もだ……。どうも他者を蹴落してまで自分が成り上がろうと卑怯な手段を尽くす人に、中華系が多いだけだ」
「仙人が多いと聞いたが?」
「二種類いる。先住民として仙道を歩んでいる人間と、中華人と騙って住み着いた卑しい人間の二つだ」
「詳しいんだな」
「調べてたからな。特に転売屋は許さん! 一網打尽してたくらいだ」
「……一網打尽?」
なんとスピリアは転売屋と思わしき人を待ち構えて、鎖で縛り上げてリンチしていたとの事だった。
同じ商品をたくさん抱え持っている人を狙い撃ちしていたので、転売屋にとっては恐るべき存在として恐怖していた。
この世界で転売屋がいないのはコイツのせいだったのだ! メタァ!
「訴えられなかったか?」
「その辺に抜かりはない。マフィアを動員させてヤツら周辺の人物も含んで拷問し……」
「もういい。分かった分かった」
両目を赤く輝かせて恐ろしい顔をしていたのでジャオウは切り上げた。
実はスピリアにマフィアと繋がりがあったのだ。
だから情報網も人脈も豊富で、日本で転売屋の存在さえ許さぬ程の徹底さを可能とした。
「貴様の方が恐ろしいわ!」
「照れるな」
「褒めてないぞ!」
「……そろそろ水分補給といくか」
「おい待ッ」
喉が渇いたのかスピリアはジャオウと唇を重ね、ぐちゃぺろすぽぽぽぽと唾液交換。
かな~り濃厚なキスをする事で二人は乾きを潤せた。
「ぷぱっ! い、いい加減にしろ!」
「一蓮托生だ! 諦めろ!」
《ホント! いい加減にしろよな!!》
大声が響き渡り、それに驚いた餓鬼たちはビクッと怯えて逃げていく。
スピリアとジャオウは立ち上がり、キョロキョロ見渡す。
な、な、なんと! 地平線からスーッて仏様が出てくるではないか!
《イチャイチャしているのを見せられる我の気持ちを知れ!》
掌に目がある無数の手を放射状に伸ばしている風貌で、本来の両手は合掌していて、頭に王冠を載せている仏様だ。
ド ン!!(登場擬音)
「「なんだ貴様は?」」
《我こそが千手千眼王サハーシャだァ!! おのれー! 我も彼女作った事ないのにー!》
無愛想なジャオウとスピリアに、憤慨する千手王(略した)だぞ。
「作ればいいだろう?」
《それができれば苦労しねェ……!》
苦悩混じりに反論する千手王。
「マジ! そーっすわ!! やっちゃってくださーい!!」
なんとカイガンが怒りを滲ませて、千手王の側で喚いていた。
スピリア、ジャオウ、千手王は「…………」と沈黙。黒龍、鎖が飛んできてカイガン木っ端微塵に吹き飛ぶ。どーん!
《スピリアとか言ったな、貴様を頂く!》
何を思ったのか、千手王は荘厳とそんな事を言い放ってきたぞ。
「悪いが、私の心はもうジャオウの……」
「要らんから、もらってくれ」
「ジャオウ────ッッ!!!」
激昂したスピリアに鎖でしばかれるジャオウ。ビシバシビシバシ!
さすがの千手王も「うわぁ……」と青ざめてドン引き。カイガンは「フッ!」と某スパイ家族の幼女がしたという笑みを浮かべてご満悦。
《ともかく、その鎖でしばかれるのも悪くない》
頬を赤らめる千手王はマゾだった! ドン!
これまで悟りを開いて以来、誰も(主にインド人)が崇めてきて、唯の一人も目線の上から態度を見せる人間はいなくなっていた。
それ故である。
それ故である。
知らぬ内に、罵られる事に渇望してしまったのだ────!
《スピリアとやら! そのジャオウと相思相愛じゃないなら、我と……》
「ジャオウはツンデレだ! 照れていて本音を言わないだけだ」
「違う! 全然違うわ!」
《ああ言ってまんがな》
「ジャオウ────ッッ!!!」
再びスピリアに鎖でしばかれるジャオウ。バシバシバシバシバシバシ!
千手王は身を震わせて《ああ~~、羨ましいいい! それで我をしばいて欲しいいい》と世迷い事を口走る。
カイガンは再びフッ笑い!
《嫌だと言うのならば、力づくで奪うまで!》
なんと背中の無数の腕がニョニョニョニョニョニョと伸びてくるぞ。
しかし、それより速くエーテルまとった無数の鎖がビュンビュン飛んできて千手王の全身を絡めてしまった!
背中の腕も一緒に絡め取られて動きさえ止められたァ!
「十手指十足指・鎖縛天罰!! これで貴様は『封印』を付加されて無力化された!」
《ぬぐっ!》
さしもの千手王も動く事叶わず!
「言い忘れていたが、私は『特異系能力者』だ。増強系、放射系、変質系、具象系、操縦系……全ての系統が100%の精度で発揮できる。それが『絶対支配王』」
凄むようにスピリアは赤い両目で説明してくれた。
ジャオウはジト目で「そういう決めゼリフを言いたかっただけだろ」とボソッ。