15話「オレも『偶像化』できるかな?」
セミがミンミン鳴いているのが聞こえる。
窓にはスッキリした青空が見渡せる。夏真っ只中とも言える風景だ。
オレはテーブルに向かって原稿用紙の下書きにペンを走らせる。器用にモノサシで直線を連続でサッサッと黒インクで引き続けていく。コトンと手を止めた。
「ふう……、全部描き終えたぞ……」
「疲れた?」
一緒に並んでテーブルに向かい合っているヤマミが振り向いてきた。
そう、今は学院の宿題をしてる最中だ。さすがに四時間集中はしんどいぞ……。
オレは「ハ~」とペンを置いて仰向けにゴロンと転がった。
「この調子なら、明日で宿題全部終わりそうね」
「まだまだあんのかよーって感じだけどなー」
クスリと笑うヤマミ。
彼女にとって大した量じゃないんだろうけど、オレには多すぎらぁ……。
「……なぁ、一つ聞いていい?」
「なに?」
「昨日の深夜なにかやってた?」
オレは寝たフリしてたけど、誰もが寝静まった深夜でヤマミは一人起きて、明かりも付けず黒い小人を何十人も解き放っていたみてぇだ。
「害虫害獣駆除。Gやネズミを全て黒炎で葬った」
「ほえええ!!」
……慣れているかのように涼しい顔で言ってるよ。
まるで暗殺者みてーにサラッと言い切れるのが凄い怖い。大阪のマンションん時もそういう挙動不審してたのもコレか。
しかしヤマミの『血脈の覚醒者』って便利だな。
分身が地形を這うように伝播できるってスゲー強すぎ!
あれならタンスの下や裏のような隙間も通り抜けられらぁ。天井裏なんてカンタンに侵入できちまう。
「なんつーか助かるなそれ。Gもネズミも普通に駆除じゃ一筋縄では行かないしなー」
「ふふ」
ヤマミはクールに微笑む。嬉しそうだ。
だが彼女は他にももっとスゲー能力がある。
自身を包むように巨像が具現化して、巨人がごとく凄まじい膂力を発揮できる。
『偶像化』
ヤマミのは漆黒の魔女のような風貌だった。
彼女自身の黒髪ロングとリンクして繋がる巨像。大袈裟なほどに大きく伸びた三角帽子と纏う黒フード、そしてその細長いギザギザの裾は触手のように蠢く。
三角帽子の下には氷彫刻ような美しい色白なヤマミの顔。両肩にもミニバージョンの氷彫刻のようなヤマミの顔が三角帽子をかぶっている。
胴体の左右から両腕のように二本の裾が大きく伸びていて、片方は先っぽが球体でガラスのような大きな杖を握り持っていた。
というか、ヤマミの家族である夕夏家はほとんど『偶像化』使いだ。
親父であるヤミザキ自身の超強力な『偶像化』の猛威にも苦戦させられた。
「なぁ、聞いていい?」
「ん、なに?」
「なんつーか、オレも『偶像化』できるようになれっかな?」
ヤマミは見開いた。しばしの沈黙。
するとオレの額にチョップが軽くポスンと乗せられる。
「本当は「知らなくていいわ」とだけ突っぱねたい所だけど、あなただから言うわ」
ヤマミは一息ついて、遠い目で窓の向こうを見据える。
「結論から言うけど、あなたは無理!」
「えっ! キッパリと!?」
「……最後まで聞いて、この『偶像化』は厳密に言うと実は誰でもできる秘術」
無理言われてショック受けたが、彼女はそれを裏付けるだけの理由を知っているのだろうと察した。
「私もあなたも……誰にでも、自分の中にドス黒く渦巻く『欲望』がある」
「欲望…………」
「そう『偶像化』とは、己の強い『願望』『欲望』を降ろして自身を『堕落』させると同時に精神生命体へと昇華する。早い話、自らモンスター化する秘術」
「モ、モンスター化…………!?」
ヤマミは頷く。
「降ろした己の欲に溺れず、上手く制御してこそ『偶像化』の極意」
「制御する事が極意……!」
「欲望というのは本能であり激情をかき立たせる要因。それをコントロールするのは至難の業。失敗すればヤミザキのようになるわ!」
オレはハッとした。
ヤミザキの『偶像化』が神仏像みたいなのから悪魔のような大きな魔人に堕ち、果てに大魔王へと成り下がった事を思い出した。
あの時は『運命の鍵』が原因でドンドン堕ちたらしいが、欲に溺れれば同じ結末を迎える。
だからこそヤマミはオレに聞かれるまで『偶像化』は伏せていた。下手に教えればヤミザキみたいに魔王化しかねない懸念もあったのだ。
わざわざ教えて魔王化を手伝うなどヤマミは絶対しない。一度オレを殺した身。
何があってもこのような選択肢などなかったのだ。
「あー! 確かになー! オレって激情任せに突っ走る傾向あるからなぁ。ヤマミみてーに冷静なキャラじゃないし。そりゃ教えたくねーよな……」
ヤマミも仰向けのオレに並ぶように倒れ込む。こちらへ見つめるように横向きの体勢だ。
見つめられてはドキッとしてしまう。
黒い髪の毛に白い肌の美人。欲情を唆らせてしまう甘美的な雰囲気。ドキドキ!
「あなたに『偶像化』は必要ない……。明るく希望に輝いて欲しいから……」
艶かしい細められた視線。ピンクに染まった頬と唇。
彼女の手がそっとオレの頬を撫でてくる。
「うん、教えてくれて……ありがとな……」
「あなただから正直に言えたわ」
ドキドキとろけるような甘い雰囲気に流されたまま、彼女の微笑みに見とれる。
しかしふと気付いた。
もし『偶像化』が欲望の化身なら、ヤマミはそれだけ強い何か欲望があったって事なのかな?
「なぁ、あの『偶像化』を具現化できるヤマミの欲望って…………?」
ヤマミは見開き、顔面赤面で湯気をぽふん。
突然立ち上がり「の、喉が渇いたからジュース持ってくるわ!!」と部屋を出ていってバタバタ階段を駆け下りる音を立てていった。
オレは上半身を起こし、開いたままドアがブラブラしている出入り口を眺めた。
「……ど、どうしたんだろ??」
これきっと聞いちゃダメなヤツだ。たぶん。