100話「呪いのマンション③」
《……俺は五年前に住み着いた土蜘蛛一族『八雲ビャクヤ』だ》
さっきまで巨大なクモだったのが、シュルシュル縮んでいって人型に収まっていく。手入れもしてないような黒髪ボサボサでヒゲモジャモジャ褐色のスラッとした男で、毛皮の衣服を身につけているワイルドな風貌になったぞ。
こっちも妖精王の変身を解き、ふうと一息。
「オレは城路ナッセだ!」
「ナニッ!! かの大魔王を倒した、あの……!? ど、どうりで強ぇえワケだ……!」
「さっきの姿はなんなの?」
腕を組んで訝しげなヤマミ。
ビャクヤは落ち着かせるように一息。スッと静かな目線を見せる。
「あの変身は誰も寄せ付けぬ為だ。大昔より妖怪と虐げられた土蜘蛛一族の末裔。今や俺と妹で二人しかいない。まぁ妹はこの事実を知らんがな……」
「だが事前に『察知』でマンションを感触した時にはいなかったぞ?」
「……見せた方が早いか?」
なんとビャクヤが足元の影へズブズブ沈んでいって頭まで隠れてしまう。すると「こっちだ」と向こうの影から頭を見せてきた。
彼が言うに、影があるならどこへでも時空間移動できるみたいだ。
更に影の世界で潜む事ができていて、そこでたまたま眠ってたので『察知』にも引っかからなかったのだ。
「それにしても、その巫女……どこかで……?」
おん……おん……おん……おん……! また聞こえてきた!
「じゃあ、この心霊現象は何なんだよ?」
「し、知らんっ!! なんか軋んでる音かと思ってたが!」
「きゃあ!!」
なんとミホラがオレに覆いかぶさって押し倒してきた。プニュンと柔らかいのが顔に覆いかぶさって思わず昂揚して火照ってしまう。
怨ッ!!!!
なんと倒れた巫女の後ろで『怒れる巨大な形相』が天井に浮かんでいた!
すかさず切羽詰ってミホラの背中に腕を回し抱え、倒れたまま床を滑るように『炸裂』で蹴って離れた。するとそこへ何か落ちてきてドドォンッと振動がした。
ミホラを起き上がらせて、自分も起き上がれた。ふう……。
床を見ると大きな穴が空いていた。一階の部屋の床まで貫通して、地下室にも及んでいる。
「ヤマミッ!!」
「小人行かせた! でもいない!」
数人の小人を地下室にまで伝播させたが、何にもないようだ。
ミホラは怖くてたまらず、オレの胸元にしがみついて震えている。その際に柔らかい大きな胸が張り付いている。プニュン!
ともかく、それどころじゃない! あのクモは関係なかったのか!?
怨ッ!!!!
すると瞬時に周囲が暗黒に包まれていった!! ゾワッと悪寒が走る!
いつの間にか深海のような底にいた。うっすら殺風景な地面が見える。本物の深海のと違い、薄紫の砂のような感じ。
オレ、ミホラ、ヤマミ、そしてビャクヤまで巻き込まれている。
ここは凍えるような深淵で、身震いしたくなる。
「な、なんだよっ!? これが心霊現象なのかっ!?」
おん……おん……おん……おん……おん……おん……!
これは精神生命体特有の変な響音と、その空間か!?
地面以外は真っ暗だったのだが、暗黒から薄らと白いクラゲのようなものが浮かんできた。頭部は白い半透明で包まれた頭蓋骨、半透明のヴェールを纏っている透け透けな骸骨……。
【死霊王】(アンデッド族)
威力値:63000
元々は生きながら何らかの理由で幽体離脱して、戻れずに彷徨う中途半端な霊。その小さい死霊が合体していった巨大な霊。もはや理性も思考も失われて、だれかれ構わず呪うようになった。
コイツに殺された人間も死霊となり、取り込まれる。
白いオタマジャクシはその一部。攻撃手段に使う。
精神生命体なので、物理攻撃はほとんど効かない。光か闇の霊属性で攻撃しよう。
おんおんと響音がする。中級特上位種。
「これは『死霊』ね。それも特大の」
「心霊現象の元凶って事かぞ」
「あ、あんなデカいの冗談じゃねぇっ!! こんなのが住み着いていたのかっ??」
青ざめて震えるビャクヤは腰を抜かしている。
咄嗟に「影に隠れて!」と言うが、首を振ってくる。もしかしてここでは時空間移動できない?
おん……おん……おん……おん……!
あちこちから怨念孕む形相の白いオタマジャクシのようなものが揺ら揺ら尾を引きながら飛んでくる。
さっき散弾銃のように襲いかかってきたのと同じだ!
するとヤマミは黒い花吹雪で渦を巻いてビャクヤもろとも、現存の空間を離脱。
元の二階へ時空間移動してザッと降り立つ。
ヤマミのはできるんか……? 妖精王だからか?
ヤマミは「ビャクヤ! ミホラ! 逃げなさい! アレは手に負えないわよ」と逃亡を促す。ビャクヤは「ヒッ!」と萎縮して影に沈んでいなくなった。
ミホラはガタガタ青ざめてオレの腕に抱きついたままだ。ムニムニ!
「ミホラが茫然自失に!」
「全く! 世話が焼けるっ!」
途端に深淵の闇が再び覆ってきた。
そしてまた深淵の闇から巨大な死霊がぬうっと出てきた。今度は近い!
おん……おん……!
白いオタマジャクシの群れが襲いかかってくるので、右拳でガガガガガガッと打ち砕く。
左腕に抱きついているミホラが邪魔くせえ!! ムニムニ!
なんか白いオタマジャクシがオレとミホラの周りを周回したと思ったら、幾重の紫の糸がグルグル巻き付かれていく。
すると脱力感を覚えた。なんか吸われてる。
気張ってパンと糸を爆ぜさせた。
「まさかっ! あの三人はこれでっ!? あのビャクヤは違ったんかっ!?」
おん……おん……おん……おん……おん……おん……!
それでも白いオタマジャクシがわらわらと数百匹も包囲してくる。
ヤマミは「ふー!」と落ち着くように息をつく。そして黒い小人がブワッと無数出て、ヤマミを周回しながら踊ってくる。
「で、出たっ! 『血脈の覚醒者』の生態能力っ!」
小人たちは薄紫の地面へダイブして、黒筋となって縦横無尽に屈折しながら死霊王へと目指す。妨害してくる白いオタマジャクシは次々と黒炎に包まれてゴゴゴと貪られて全滅。
死霊王は《おおおおん!》と唸り巨大な腕で振り払おうとするが、逆に黒炎に絡まれる。
《ぐあああああああああ!!!!》
たちまち黒炎に包まれていって、さしもの死霊王も暴れながら絶叫を上げるしかなかった。
闇属性で染まった炎は物理にあらず、精神界にも影響を及ぼす深淵の炎である。光属性と相反する霊属性の一つ。
故に普通の方法では除去が難しい。
見ている内に死霊王は燃え尽きて地面に沈んだ。残りの死骸を貪るように黒炎は燃え盛っている。
「あなた達、一体何者ですぅ……?」
ミホラは呆然としている。まだオレに抱きついたままムニムニ。
腕を組んでヤマミは「いつまでくっついてるの? いい加減離れてよ」と不機嫌そうだ。
橙に滲む夕日。すっかり平穏になったマンションの二階の一室で大窓から風景を見渡す。
もう不穏な気配はない。
レアカードが入ったカバンケースをミホラに突き出す。
「オレ何もできんかったから返すぞ。馬鹿兄貴とやらも困るだろうしな」
「ううん! もらっておいてくださいですぅ」
「しかし……」
ミホラは頑なな拒否し、微笑みながら涙をこぼす。
「仇が討てたんですぅ…………」
思わず「まさか……」と胸騒ぎがした。
一介の巫女がわざわざ兄貴の大事にしているカード失敬してまで、こちらに依頼したのか分かった気がする。
とっくに兄貴は…………!
「このマンションに、何も知らぬままで入居していなくなった人は少なくありません。その中に兄貴もいたのですよぅ。行方不明になって、もう五年になりますぅ」
「そ、そんななのか!?」
「心霊現象で行方不明になったと聞いて、泣きはらしてダイエットまでしてしまうほどでしたよぅ……」
「へー」
「おかげで人生が変わったのですぅ……。ありがとうございましたですぅ」
そう言いながらミホラは腕に抱きついて胸の感触を味わせながら、オレのほっぺにチュッとキス。思わず火照ってしまう。
ヤマミ「あんたっ!!」と怒鳴るが、ミホラは舌を出して「えへへ」と遠のく。
一応と言わんばかりに、オレの頭上にチョップが強烈にドスン! いてぇ!
こうして事件は解決したのだったぞ…………。
その頃、とあるマンションの一室で影からビャクヤがぬうっと現れた。
当たり前のようにキッチンへ行って冷蔵庫からドリンクを取り出してゴクゴク飲み干す。
「五年ぶりなのにズボラ変わってねぇな……。あのデブ妹どこ行ったんだ?」
ここに戻ってきた理由は一つ、残した宝物を回収する事。
ビャクヤは自分の部屋へ入って、ガサゴソ押し入れを物色。しかし目当てが見つからずに怪訝な顔をする。
「……ない?」
ドクンと動悸がした。
散らかすように「ないっ! なぁぁいっ!! 俺の宝物がぁぁっ!!」と焦って探しまくっていく。
絶対に出てこないものを延々と必死に探し続けていた。
「俺の闘札王の超レアカードがなぁぁぁいっ!!」
慟哭する彼の本名は『青華ビャクヤ』。土蜘蛛一族の末裔。旧姓である八雲を捨てて表の社会で暮らす事になったが、引きこもりのデブ妹にウンザリして出て行った。
そして呪いのマンションへ住み着いて、知らず知らず死霊王と共存してしまった。
ナッセたちが来て、今更気付いたニブチン馬鹿兄貴……。