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”カクタス”・フォッシャー  作者: 佐々木和久
1/1

プロローグ

一面に広がる褐色の大地。生物や緑の伊吹は一切感じられぬ無機質な土の大陸。

 ここはアメリカ中西部でも、サハラ砂漠でもない。何を隠そう。__かつては「火星」と呼ばれたところだ。現在は「ニューアース」と呼ばれている。

 しかし太古のSF作品のように、人類が滅亡したから俺たちはここにいるのではない。地球は未だ健在であり、もっと単純な理由だ。つまり…ゴミがゴミ箱にぶちこまれたということだ。

 俺の両親は初期の火星移住者だった。しかしあいつらは移住のメイン層をしめた、ならずものではなかった。移住の目的は哀れにも「一攫千金」。50年前、地球では火星移住のキャンペーンを低所得者層向けにも推し進めていた…らしい。

 ネズミとハイエナを同じ檻に入れれば結果は見えているはずだ。ハイエナは人様が律儀に溜め込んだ金だろうと、躊躇なく奪い取る。――火星移住キャンペーンの真の目的は無能者とヤクザを火星というゴミ箱へ押し込んで「淘汰」することだった。


 両親もロクでない奴らだから、息子の俺もまともな人間ではない。今の俺の立場を教えてやろう。二日前に酒場で女を襲った不届きものを少しばかり痛めつけた。そいつがどうやら名の知れた資本家の息子だったらしく、裁判なしでの死刑が確定。

スシ詰め状態の罪人輸送車にのっている…罪人というわけだ。


 「ガハハハ!!罪人ども!お前らは人間のクズだ!どういう気分だ?え?」

 「貴様らが今から送られるのはギレルモ炭鉱!そこで死ぬまで奴隷労働させろというのが合衆国最高裁のオボシメシだ!」


 現世になんの未練もない_といったが少し訂正しよう。一つ気がかりなのは俺の命があの高慢(こうまん)ちきな豚野郎によって絶やされる可能性があると言うことだ…。そう、檻の中で囚人をいたぶって悦に浸っている看守の野郎だ。

 いくらロクデナシの一生であったとしても、流石にそんな安い人生を送ったつもりはない。他の奴らも俺と同じことを思っていることだろう…。


 「ふ…あんたも俺と同じことを思っているだろう。顔に出てるぜ」

 今にも息が絶えそうな隣の男が俺に言った。

 「そうだな」

 「俺はもうすぐ死ぬ…しかしここにデリンジャーがある。お前さんに度胸があるならあのクソ野郎の眉間(みけん)に一発…こいつを打ち込んでくれないか?」

 こいつは捕まる前保安官によってこっぴどい拷問を受けていた奴だ。しかしこいつが銃を持っていたとは驚きだ。なぜ、今すぐこれを使わない?

 「さっき…、保安官の袖下から奪った…。あいつらが長旅に疲れて調子づく…この時を…待っていたのよ。だけど…残念ながらもはや俺には指を動かす気力すら残っていない….」

 「ホネのある男だ…」



 「おい!そこの罪人野郎!誰が勝手に話して良いと…


 軽い引き金なんてものはない。たとえ、それがデリンジャーであったとしても。しかし俺は看守野郎の一瞬のスキを見逃すほど甘くはない。

 デリンジャーは光線銃だった。電磁波を受けて看守の首から上は全て吹き飛んだ。狭い車内ゆえに、返り血がいくつか俺の衣服を汚す。吹き飛んだ看守の肉片が車内の奥にへばりつく。

 

 「ざっまぁみやがれ!!」と囚人全員が叫んだ。

 一瞬の沈黙の後、車内の囚人たちのボルテージは最高潮となる。彼らは一斉に窓側に集まり、脱走を試みた。


 「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 「囚人どもが銃を持っているぞ!!」

 銃声を聞き、輸送車は急停車する。その衝撃で車内の俺たちは一斉に転倒した。

 

 看守野郎の亡骸がこちらに転がってきたので、すぐさまライフルと腰に刺した銃と鍵を頂戴する。

 ライフルの方はイルミネ社のPO62…殺傷能力は高いが、重いしデカイし持ち運びには向かない…。見るからに単純バカが好みそうな銃だ。

 しかしサブウエポンの方は悪くない。CH社のマーズニュートラル。同社の4番目の光線銃だ。といっても火星では各国の警察組織で使用されている、スタンダード中のスタンダード。良い言い方をすればベストセラーなんだろうが、悪い言い方をすれば平凡すぎて面白くない。


 「脱走者を殺せーーッッ!!」


 一斉に車外から脱出を図る囚人に、看守どもは容赦無く光線銃を発射した。悪人どもの断末魔がどこかもわからぬ荒野にこだまする。

 囚人どもと、看守のもみくちゃの白兵戦が始まる。しかし俺以外に武器を持たぬ囚人の多くは一方的に撃ち殺されていく。銃は俺が奪ってしまったから、他の囚人どもは外付けのスコップや消化器で応戦している。

 「クソッ!囚人どもが…

  グァッ!!」

 俺は二人目の看守の眉間に再び光線銃を打ち込む。先程の人面豚とは違い、あどけなさの残る青年だった。しかしその顔を吹き飛んでしまえばただの肉塊にすぎない。もうここまでくれば後はドミノ倒しだ。

 引き金を引けば_敵は次々に倒れていく。

 これは俺の根拠のない推測だが敵は全員合わせて四人だと思う。二人殺ったので残りも二人。

 残りの一人はそこら中に銃を乱射している。無防備の囚人たちが奴に撃たれ、次々とくたばっていく。囚人たちの断末魔が砂漠に響き、鮮血と肉片とが赤い土をさらに赤く、激しく染め上げる。

 光線銃というものは名前通りの単純明快なもので、電磁波の力で敵を殺傷する銃器だ。銃弾を使用する本来の銃と異なり、電磁波の攻撃範囲は広いため多少狙いがずれようとも敵を倒すことができる。しかし攻撃範囲が広すぎるため、味方を殺傷してしまうという欠点もある。

 相手はそこまでの腕でないとはいえ、そんな武器を持つ人間に近づきすぎるのは危険なことだ。ひとまずトラックの下へ隠れ、3人目の様子を伺うことにした。

 トラックの下には先客が一人いた。俺は人差し指を立てる。そいつもそれを見て頷く。

 しばらく様子を見て…


 三人目の足元に一発、ぶっ放してやった。

「チキショォォぉぉぉ!!」

 三人目の足は吹き飛び、弱々しい叫びと共に地面へと倒れ込む。それに呼応し、血の匂いに敏感なハゲタカの群れが奴の肉を蝕むため、一斉に集まってくる。

 「た…たすけ…ぇぇぇぇ」


 悲惨な断末魔が鳴り響いた。しかし、それも長くは続かない。火星のハゲタカというものは生の肉が大好物だから、奴の体はすぐさま白い骨だけになってしまった。

 

 ようやく全員倒した…。おおかたもう片付いたと安心したのも束の間のこと……。

 「死ねよクソ野郎」

 「う!?」

 

 妙な殺気が立ち込めていると思ったら、一緒に隠れていた隣の野郎が急に襲いかかってきた。こいつは輸送者側が入れ込んだスパイだったのだ。

 俺は野郎の両手首を握り締め押さえることで、精一杯にナイフが体に触れるのを阻止する。しかし今の状態は格闘技でいうところのマウントポジション。上にいる野郎が圧倒的有利、下にいる俺の絶対的不利は変わらない。

 「お前の言う通りに俺は何も言わなかったぞ」

 野郎のナイフはじわじわと俺の喉元に近づいている。これはまずくなってきた…。

 俺と野郎は組み合いになり、三度ほどトラックの下で回転する。回転のたびに、ナイフがどんどん俺の体へと近づいてくる。不運にも三回目の回転の後に看守は再び上になった。ナイフと身体の距離は2mmほどしかない。

 「ここまでだ!」

 奴は一気に体重をかけ、俺の胸にナイフを突き立てる。

 「うぅ…!」


 「なんだこれは…!?ロープ??」

 絶体絶命かと思った矢先、俺はスパイ野郎の手首に何かが引っかかっているのを見た。紛れもなく、これは縄だ。しかし四方を塞がれたトラックの下で、いったいどこから投げ入れたと言うんだ?

 

 投げ入れるとしたらトラックの外からしかないだろう。トラックの下に縄を投げるだけでも難しいのに、そこで殴り合いをしている人間の手にピンポイントで引っ掛ける。見事すぎる腕前だ。もし手ではなく足に引っ掛けていえば、腕のナイフは重力に従って下にいる俺に刺さってしまう。それを見越して投げ手はスパイ野郎の手首に縄を引っ掛けたのだ。

 四人目のスパイ看守は情けない声を出し、トラックの下から外へと引きずり出された。すぐさま銃声が響く。始末されたのは奴の方に違いない。


 トラックの外にいたのは輸送中に頻繁に無実を主張していた、うるさいおしゃべり野郎だった。

 「…お前だったか。感謝しよう」

 「こちらこそ。エイル・フォッシャー。会えて嬉しいよ」

 「なぜ俺の名前を」

 「”カクタス”フォッシャー…匪賊をサボテンに吊るしあげることからついた名だ…なんで名の知れた賞金稼ぎがこんな所にいるのやら〜ん…?」

 「お前には関係のないことだろう…」

 「ヘヘッ。まあどうでもいいんだがよ。なぁ、オレと組まねぇか?? 」

 おしゃべり野郎は馴れ馴れしく肩を組んでくる。助けてくれたことに感謝はするが、こう言う奴にはペースを乱されるので最も苦手なタイプだ。


 「手をどかせ。俺は誰とも組むつもりはない」

 「まぁ、そう言わずによ。それにしてもオメェいい腕だな〜。クソッタレの看守がおっ死んだのを見てせいせいしたぜ」

 「褒められて嫌な気はしないが…お前こそ。見かけによらず大した腕だ…。シャバでは何をしていた?」


 「牛泥棒。ただどう言うわけか死刑囚を載せるトラックに積まれてしまった。ひどい間違いだと思わねえか?」

 この星では裁判制度はお飾りなので、牛泥棒だろうが人殺しだろうが罪の重さは法執行官の匙加減で決まる。こいつは気まぐれで死刑判決を受けてしまったのかもしれない。気の毒なやつだ。

 「そうか…それは災難だったな。だけど助かって良かったじゃねぇか」

 「お前のおかげでな。だがお前も俺のおかげで助かった。お互い様だろう。」

 恩着せがましいやつでもある。しかし、悪いやつではなさそうだ。こいつからは不思議と一切邪気というものが感じられない。

 「サンティアゴ・セルバンテスだ。サンティと呼んでくれて構わないぜ」

 サンティは猿のように軽快な動きで動きですぐさま看守たちの持ち物を物色し始めた。

 「エイル、さっさと鍵をかっぱらって近くの街までずらかろうぜ。追手が来ていたら厄介だ」

 

 俺が今持っている鍵は一人目の豚看守から奪い取った後部輸送車の鍵のみ。運転席の鍵は、運転手である他のやつが持ってるはずだ。そうなると俺が殺った三人目の看守になるだろう。

 俺はハゲタカに綺麗サッパリ肉を食べられてしまった三人目の屍を探す。しかし残酷にも見つかるのは骨だけだ。

 「鍵がないだと……」

 「エイル、残念なことにハゲタカがこいつの死肉と一緒に喰っちまったみたいだ」

 砂漠で目の前にある車に乗ることができず、ただひたすら彷徨うしかないという。これじゃあまだ死刑の方がマシだ。日が出ている間は干からびて死ぬか、夜までもっても凍え死ぬかの二択しかない。俺は死を恐れないが、前からこの2つで死ぬのだけはごめんだと思っていた。

 「なんとしてでも、鍵を…」

 「無駄さ。カセイハゲワシは雑食性だ。自分のくちばしで噛み切れるものなら、何でも食ってしまう。それに運転席の鍵が鉄製とは限らない…」


 二人目の看守から奪った散弾銃「PO92」を窓ガラスに向けて発射してみた。弾丸によって凹むものの、ヒビは1mmも入らない。

 サンティもその様子を見て驚きを隠せない。

 「ガラスというよりも超強化されたプラスチックの装甲みたいだ…」

 「八方塞がりだな」

 「諦めるしかない。体力を消耗するだけだ」

 サンティは急に地べたに這いつくばり、地面の匂いを嗅ぎ始めた。暑さのあまり頭がイカれたのかと思ったが、どうやらこいつは大真面目のようだ。

 

 「なんのマネだ……そりゃあ…?」

 「俺は牛泥棒だ。家畜の匂いは鼻に染み付いてんだ。どういうわけか、この辺りの土は牧畜動物の匂いがするぜ」

 この男にはどうやら根拠のない自信があるようだ。まるで舐め回すように真剣に嗅ぐものだから、演技だとしても圧倒させられる。


 「……こんな砂漠にか」

 「あぁ俺がいうんだから間違いない。俺の匂いに従って歩いた先に、何かがあるはずだ」

 「わかった。お前の言うとおりしばらく歩いてみよう。もしかしたら近くに集落が見つかるかもしれない」

 俺は奴の根拠のない自信に従い、この褐色の砂漠を踏破することにした。それが遥かに長い長い道の始まりだったとは……。

 挿絵(By みてみん)

 初めての執筆となります。もし読んでいるならば何かコメントくれると嬉しいです。

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