紲星あかりはお菓子を建てる
2人の懸命なる努力の甲斐もあり、時代に逆行した最先端の2Dドット絵シミュレーション『クラシカルクラフター』は瞬く間に大流行!SNSのタイムラインはドット絵のサムネで埋まり、実況タグは常にトレンド1位を独占していた。2人が動画を制作していたときにはダウンロード数は50前後だったにもかかわらず、動画の完成後には200万ダウンロードを突破していた、と結月ゆかりは主張する。
「いやー、これは私たちのおかげと言っても過言ではありませんね」
「ゆかりさん、時系列に叙述トリックが見えてるよ」
結局、動画は投稿しないことになった。紹介動画としては完成度が高いことは間違いないのだが、『埋もれていた名作を発掘した!』といったニュアンスが多分に含まれており、投稿した瞬間に恥を晒すことになるのは間違いないからだ。
「さて。温めていた動画もボツになったことですし、動画投稿は休業してゲームをしますか」
動画投稿を再開すると宣言しておきながら一度も投稿しないまま休業──そもそも再開したという事実自体が存在していない、あからさまなジョークを口にしつつ、ゆかりはクラシカルクラフターを眺める。あかりはそれを軽くスルーして隣の椅子に腰を下ろし、自らの作業を始める。
「こんにちは、煌めく夜空の星座を結ぶ奇跡の軌跡!紲星あかりだよ!」
「あれ、動画を撮るんですか?」
「何を言ってるのゆかりさん!動画が没になって憂鬱な気分?むしろここからが私たちの戦場なのに!」
「──そうでしたね、忘れていました」
あかりの指摘で、ゆかりははっとする。そうだ、そうだった。そもそもゲームの紹介は過程に過ぎない。
では最終的な目的は何だったのか? それは──。
「──プレイヤーを増やして、村同士で交流するために始めたんでしたね!こうしてはいられません。ガンガンマルチプレイしていきますよ!」
もちろん『クラシカルクラフター』だけではない。結月ゆかりはVRを無条件で至上とするこの業界に起爆剤を打ち込みたかった。
過程だけ見れば彼女は何もしていないことになるのだが……結果を見れば、情勢が変わり2Dゲームが流行したこの状況は理想の展開だ。何もしていないのに都合の良い追い風が吹いてきたのだから笑うしかない。
「では、ゲームに没頭したいので実況はお休みですね」
「なんでやねん」
ハリセンでゆかりの頭を叩きながらビシッとツッコミを入れるあかり。ゆかりは叩かれた場所を痛そうにおさえながら文句を言った。
「そのハリセン、どこから用意したんですか……それに実況中じゃなかったんですか?」
「ARハリセンだよ、痛くないでしょ?」
手に持っていたハリセンはその言葉とともにふっと虚空へと消える。触覚を再現するタイプの拡張デバイスもあるが、『オグメレンズ』単独で対応できるのは視覚・聴覚・嗅覚のみ。打撃の痛みは再現しない。軽い打撃音だけが鳴り響いたが、原理から考えれば痛みに繋がるはずはない。
「あー、痛くて死にそう……。脳震盪が起きたかもしれません。私が死んだら犯人はあかりちゃんですとダイイングメッセージを残しておきますね」
「そんな宣言をされたら犯人は普通に消すと思うよ」
「大丈夫です、ちゃんとSNSの友人全員に送っておきましたからあかりちゃんには消せません」
「いたずらはやめようね」
ゆかりならやりかねない、と念のために届いたメッセージを確認したが……来ていなかった。ネタにしても本気にしてもやるなら張本人にも送ってくるだろう──なんの根拠もない単なる推測だが、あかりはそう考えた。
それからあかりはゆかりを説得し続け、彼女に自身の動画へ出演してもらうことを約束した。ゆかり曰く「出演するだけなら編集はあかりちゃん任せでいいし」とのこと。
「というわけで改めまして! 煌めく夜空の星座を結ぶ奇跡の軌跡!紲星あかりだよ!」
「ゆかりです」
(やっぱり頑張って編集した動画が没になって燃え尽きちゃったんだろうなぁ)
(クラクラブームの影響で面白そうなゲームがたくさん出てますからね!動画なんてあげてる場合じゃないですよ!)
「さて!じゃあさっそく通信してみよっか!見て見て、私の村!お菓子の家だよ!」
「ほえー。見てないうちに随分凝った作りになってますね。うちなんか普通の近代都市ですよ」
感心したゆかりは画面を動かして村全体を見回していく。ケーキの家にカラフルなキャンディ細工の窓、オレンジジュースの噴水──甘い香りが画面越しに漂う勢いだ。全体的にお菓子コンセプトなのかと思いきや、普通の木造家屋も混じっている。統一感のない村ではあるが、その幻想的な雰囲気に圧倒され……そして気づいた。
「えへへ、たくさん資料を見せて作ってもらったんだー」
「……この家、半壊してません?」
「……食べちゃったみたい?」
どうやら村人がお腹が空いたときに家を食べているらしく、崩壊した家以外の場所でもところどころでドットが欠けている。
しかし、欠けた部分に新たなドットをはめ込む住民もいるようで、基本的にはめ込んだ直後のドットには他の住民は手をつけない。これは、あかりが賞味期限が近いドットから食べるよう教え込んだからだ。
「まあ、半壊した家は置いておいて。話を戻しましょうか。すぐお隣さんにこんな個性あふれる村があるとなると、他の人の村が気になりますね」
「だよね。というわけで今日は色んな村と貿易して他の世界を覗いてみよう! いえーい!」
「いえーい。あっ、ランダム貿易なんてあるんですね。これやってみましょうよ」
「今オンラインで接続してる人との通信? 面白そう! ぽちっとな」
意気揚々とボタンをタップすると間髪を入れずにマッチングが成立し、画面の外からキャラクターがやってくる。村の住民は今、全員が画面内にいるので、間違いなく他の村からやってきたキャラクターだ。
「おっ、さっそく人がやってきましたよ!……ん?」
「うわ!この人冷蔵庫に乗って走ってきてる!どういう理屈!?」
「いや、よく見るとキャスターが付いてますよ。外見は奇怪ですが原理はまともなようです」
「原理はまともでも冷蔵庫にする理由はないと思うんだけどなー」
「相手の村の人もお菓子の家を作らせる人に言われる筋合いはないと思うでしょうね。それに、ほら。あかりちゃんの村からもらったお菓子を詰めてますよ。お菓子の家よりよっぽど合理的では?」
「むー! お菓子の家は緊急時に非常食になるんだよ! すごく合理的だと思うな!」
「あかりちゃんは非常食になる前に食べきっちゃいそうですね」
「確かに」




