結月ゆかりは投稿する?
「こちら天才実況者の紲星あかりさんです。私を凌ぐゲームの腕前と美貌をお持ちのお方です」
「はい、いつものテンプレ。改めましてこんにちは、紲星あかりだよー」
「さて今回は【クラシカルクラフター】というゲームを紹介したいと思います」
「えー? 完全にドット絵じゃん! こんな古臭いゲーム遊べないよー」
「こいつ、白々しいな」
「で、ゆかりさん。どんなゲームなの? ちょっと気になるかも」
「ほんの数秒前の発言はどこに行ったの?」
軽妙な軽口の叩き合いは本編が始まる前の単なる前座。ゲーム紹介という面だけを見れば不要な雑談だが、雑談が不要ならゲーム実況という概念自体が存在し得ない。純粋なレビューテキストでも読んでいたほうがマシだ。
だから彼女らは掛け合いをスパイスとして加える。同時にゲームと無関係な雑談はあくまで前座で終わらせる。
「ゲームの概要説明に入りましょう。昨今は表現が多ければそれだけで優秀だと勘違いした自称ゲーマーばかり。そんな現状に警鐘を鳴らす今世紀最大の名作……それが【クラシカルクラフター】です! 時代の最先端をゆくイノベーターはみんなこのゲームを知ってますよ」
「おおー! ダウンロード数50って書いてある気がするけどすごいゲームなんだね」
「この世にイノベーターは50人しかいないというだけのことですね」
今では太古の化石に等しい扱われ方となったドット絵文化。いかに面白いゲームであろうともその烙印を完全に打ち消すことはできず。それを好む少数の変人は烙印が刻まれていること自体を評価しているだけ。
だからこそ――ゲームを紹介するに当たってその価値観をひっくり返す。
第一印象さえ乗り越えてしまえば後は簡単な話だ。内部のシステムは昨今のメジャータイトルと遜色ない技術によって構築された最新作なのだから!
「画面でなんかかわいいキャラが動いてるね。特に何もしてないみたいだけど」
「今は何も操作していませんからね。ちょっと干渉してみましょう。みなさんこんにちはー」
「あっ、手を振ってる! ちょっとかわいいかも」
「まずは素材が必要ですからね。周囲に落ちてる物を集めてもらえますか?」
そのゲーム性を余すところなく紹介すればいいだけだ。
「さて、これで収録は完了! 編集して投稿していきましょう」
「どうなるかな? プレイヤーが増えてくれたら嬉しいけど」
「できうる限り一般層にも興味を持ってもらえるように紹介したつもりですけどね。『動画投稿は収録のみにあらず』ここからさらに手を加えて、ゲームの良さをアピールしていきましょう」
ゲーム画面の端に冗長にならない程度に補足を追加し、見直して気に入らない部分は改めて撮り直す。実況であればライブ感が求められることもあるが、レビューにおいては訥々とした語り口などあり得ない。
誤編集はもちろん誤情報のチェックも欠かさない。ゲームをプレイしたことのあるユーザーが皆無に等しい以上は体感や独力の検証を超えるソースは存在しないが、だからこそ動画にする部分に関しては可能な限り再検証した上で正確な補足を記載する。
「外見さえ整っていればドット絵はそれらしく振る舞う……これは間違ってないみたいですね。逆に言えば車輪のない車に車と同じ挙動を取らせることはできないようです」
「そうなの? こっちの検証村で試してみたらタイヤがなくても動く車を作れたよ。多分ゆかりさんの村では車はタイヤが回って動くっていう概念を学習してるからじゃないかな?」
「うーん、厳密に言えば検証村では車という概念が本来とは別の存在として扱われてますからね。原理がなく動いているというわけではないのでしょう?」
「あー、そっか。ドット絵として見る分には内部の構造を考慮する必要はないけれど、村人の視点としては理屈があって動いてるんだね」
「魔法で動くなんて理屈を教えてる時点でほとんど言葉遊びみたいなものですけどね」
「うーん、奥が深いけどこれじゃあいつまで経っても動画が投稿できないね。それに最初からいろんな研究結果を紹介しても意味ないし、削っていかないと」
「ここらへんの理屈は遊んでから面白いと感じる要素ですからね。誤情報を流さないのは大前提ですが、その上で情報の解像度は下げていきましょう」
「ワクワクを削らない程度のネタバレ」――妥協点を探る作業は思いのほか骨が折れる。
そうして三歩進んで二歩下がるを繰り返しながらも動画を作り上げていき……。
「やった……! ついにできましたよ! 紹介動画!」
「約30分の紹介動画に6か月間……。今までで作った動画の中では一番時間がかかったねー。でも、その分クオリティは最高峰!」
「ですね! これできっと誰もがこのゲームの魅力に気づいてくれるはずです! さて、それじゃあ動画サイトを開いてっと。……ん?」
満を持して完成した動画を投稿しようとしたそのとき、トップに表示された項目を見てフリーズするゆかり。
「どしたの? ゆかりさん」
それを見て疑問に思ったあかりがそう問いかけると、ゆかりは無言でモニターを指さす。
「えっと……?」
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「……うん。そうだね。クラクラ面白いもんね」
「……ドット絵だろうと面白いゲームは評価される。今の世の中も捨てたもんじゃありませんね」