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結月ゆかりは画面を見つめる  作者: hikoyuki
クラシカルクラフター
3/30

結月ゆかりは貿易を始める

「というわけで買ってきたよ!ハイスペ『オグメレンズ』!」


 明くる日、あかりは眼鏡を指で持ち上げながら自慢する。彼女は眼鏡をくいっと持ち上げる仕草がずいぶんと気に入ったようで、ズレてもいないのに「すちゃっすちゃっ」と擬音をつぶやきながらその動作を繰り返していた。


「あー。まあ【クラシカルクラフター】を遊ぶならそっちのほうが良さそうですよね。基本的には放置でも成立しますし。ちなみに『オグメレンズ』とはメガネ型のAR対応スマートデバイスのことです。今では誰もスマホなんて使っていませんよ」


「誰に説明してるのゆかりさん」


 今の時代、わざわざパソコンを家に置くような家庭はかなりの少数派だ。あらゆるアプリやゲームが小型のデバイスで遅延なく自由自在に動くこのご時世、一般的な家庭では据え置き型コンピューターの持つ処理能力を0.1%すら使えず、宝の持ち腐れとなるだろう。


 仮にそんな絶大な処理能力が必要になったとしても、一家に一台の必需デバイス『バーチャルステーション2』が同等の性能を持つのだから代用できる。


 結論として、結月ゆかりは相当な変人であった。


「ほら、お散歩しながらでもお仕事しながらでも村が発展していくのが見られて楽しいよ!」


 そう言いつつ自らの顔を指さしながら『オグメレンズ』を自慢するあかり。普段は周囲には明るく活動的な印象を与えている彼女だが、眼鏡を掛けるだけでその印象はがらりと変わり、知的な雰囲気を漂わせている。


「コンタクトはやめたんですか?」


「うん、こっちのほうが知的でクールな感じがするでしょ?」


「自分で言ってる時点でそのイメージは粉々に砕け散りましたよ。」


 そんな彼女の視界では今も村人たちが楽しそうに遊んでいる。どうやら今は何らかの催事が開かれているらしく、画面の中ではオリジナルの模様が描かれた旗が風に吹かれてぱたぱたと軽やかな音を立てている。あかりは視界内のウィンドウから『画面を共有』を選択した。


 ゆかりが共有を許諾すると、彼女の装着していたコンタクト型『オグメレンズ』によって拡張された視界に仮想的なモニターがどかんと映し出される。ゆかりは画面を指でつまんでサイズを縮めながら、村の変化点をチェックしていく。


「んー。なんか催し物をやってるみたいですね。何かのお祝いですか?」


「なんかね、ゆかりさんの村からお客さんが来るのを楽しみにしてるみたい。ほら、この旗なんてゆかりさんのパジャマとそっくりだよ」


 紫と白の縞々模様が描かれた旗を指さすあかり。ゆかりは旗と自分の今着ている服を比較しながら小さな声で呟いた。


「どうせなら人前に出られるような姿を再現してほしかったですね……」


 ちなみにゆかりはここ数週間ずっと同じデザインのパジャマをローテーションで着続けており、人前に出られるような服を着たりキャラクターたちに見せたことは一度もない。さすがに見てもいない服を再現するのは不可能であり、彼女の言葉にはあかりもじとっとした目を向けていた。


「ちなみにそろそろ貿易できそうな感じ?何かあげよっか?」


「とりあえずマルチプレイ機能は解禁しましたよ。こちら側でそちらに利益のあるものを提供できるかどうかは別の話ですが」


 ゆかりはゲーミングチェアにぽふんと腰を下ろし、裏側に隠れていたゲームウィンドウをアクティブにする。【クラシカルクラフター】は基本的には声を掛けなくても勝手に開拓が進むゲームであることもあり、彼女は画面に目を向けていない時も常に裏側で常駐させていた。


「あっ、いつの間にかビルができてますね」


「基本的にドット絵として成立すればなんでも作れるからねー。でもぜんぜん村じゃなくなってるね」


「もしかしたら別画面で都市経営シミュレーションを遊んでたのが理由かもしれませんね。音声も画面の共有も許可してますから」


 プライバシーの侵害にもほどがありますよね、と続けながらも村の変化を見て回る。


 拒否設定にするという選択肢はゆかりにとって存在しない。人の会話や映像を見てキャラクターが学習していくゲームをプレイしておいて、それを否定するなんて身も蓋もないことは絶対にしない。世間のユーザーはともかくとして、生粋のゲーマーであるゆかりはそう考えていた。


「あー!ゆかりさんの村、車まで走ってる!ずるい!」


「そんなこと言われても……。じゃああかりちゃんの村に送ってもらいますよ」


「むむむ、なんだか負けた感……」


「さっきまでは『何かあげよっか?』なーんてマウント取ってたのに……ん?」


 先ほどの発言に対してマウントを取り返そうかと思ったその時、ゆかりが画面上のキャラクターの動きに気づく。


「どしたの?」


「どしたの?じゃありませんよ。メガネ曇ってます?」


 キャラクターと言っても自分自身の村に暮らすキャラクターたちのことではない——変化があったのはあかりの起動しているゲーム画面だ。第三者が気づいたのにも関わらず、当のプレイヤー本人が気づかないことに若干あきれた視線を向けながらも、指先でキャラクターをちょんとつつく。


 あかりは眼鏡をハンカチで軽く拭き取る素振りをしながら、彼女の指先が示すキャラクターに目を向けた。ちなみに眼鏡はまったく曇っていない。


「ごめん、見てなかった……あ!みんなが車を作ろうとしてる!」


 二人の会話を聞いて、プレイヤーのためにせっせと車を作ろうとする村人たちがそこにいた。車がどういうものなのかイマイチわかっていないのか、二足歩行でよたよたと歩き回る謎の物体を作ろうとしているようにしか見えないが、彼らのやりたいことは伝わってくる。


「『走る』という言葉を捉えてドット絵を作っているんですね。純粋な再現も面白いですが、こういうのも楽しそうですね」


「そ、そう?完成したらこの二足歩行の車あげよっか?」


「いや、それはキモいからいらないです」


「もう、ゆかりさんのいじわるー!」


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