結月ゆかりはマウスを愛でる
「サリーさん、とりあえずチュートリアルをお願いします。ボタンがあるなら押してみようという気にもなるのですが、さすがに表示が何もないとなると試してみることもできませんよ」
『ごめんごめん。それじゃあ何か手に持てるものを取ってみて?』
「手に持てるものですか、それじゃあこのマウスで」
その言葉を聞いてサリーがマウスから飛び降り、距離を取る。ゆかりは手元にあったジェルマウスをひょいと掴み、裏返して手のひらに乗せた。
そしてまじまじと眺めていると、【オグメレンズ】にメッセージが表示された。
【スライムラット】
性格:おとなしい
関係:友好的
能力:指揮,変形
キャラクターの簡易的なステータスのようなものが現れたかと思うと、手の中でマウスがぴょこんと跳ねた。
「わわっ」
思わずゆかりは驚いたが、実際にはマウス自体は動いていない。跳ねたのはAR映像。現実次元に位置するマウスの中から飛び出すようにしてねずみが出現したのだ。
飛び出したねずみはすたっとキーボードの上に着地し、きょろきょろと周囲を見回した。
「かわいいー!」
ふわふわとした白い体毛に覆われた小さなねずみだ。マウスが動いたと勘違いしたのも無理はない。色も形状も明らかにジェルマウスをモチーフにしたものだ。
もちろん完全に同じというわけではなく、あくまで生き物としての姿に面影が残っているに過ぎない。しかしゆかりは当然のようにねずみを背中から掴み取り、その感触を確かめる。体温がじんわり伝わり、柔らかな毛の奥から微かな鼓動まで感じ取れた。
「さすがに私のマウスはここまで毛に覆われてはいませんけど、使い心地はほぼそのままですね」
「いや、マウスポインタはさすがに動かないよ、ゆかりさん……」
ねずみを軽く滑らせながらカーソルの動きを確かめるゆかりに、あかりは冷静にツッコミを入れた。
「雑に扱っちゃって、かわいそうだよー。……あれ、寝てる」
「元はマウスですからね、むしろリラックスできてるみたいですよ。そんな感じですよね?サリーさん」
『基本は元になった物体の情報を拾ってデザインを作るからね。未知の物体だとさすがに厳しいかもだけど』
「まあ、マウスからねずみ、そして素材であるジェルの要素も拾われてるくらいですからね」
ねずみをむぎゅむぎゅと握りしめ、その感触を味わっていると、あかりは両手を皿のようにゆかりの手元に突き出す。
それを見て、ゆかりが手を離すと、ねずみは目を覚まし、目の前にあるあかりの手のひらに乗った。
「わっ、ふわふわもちもちだ。これは確かに握りたくなっちゃう」
文句を言ってた割に、あかりはむぎゅっと両手で強く握りしめる。しかしねずみは、流体状の身体をつるりと滑らせて手をすり抜け、そのままゆかりのもとへ戻っていった。
「なんで!?」
「なんでも何も……そんなのマウスの触り方じゃないでしょう。嫌われて当然ですよ」
「そんなー」
「さて、サリーさん。他の手頃な持ち物でも試してみようかと思うのですが……このゲームの主目的はありますか?」
ゆかりはねずみを眺めながらそう尋ねる。
「このねずみさんは指揮という技能がありますし、ただ愛玩するだけというわけでは無さそうです」
『うーん、主目的はまだ決まってないけど……当然可愛がるだけしかできないわけじゃないよっ』
サリーは言葉を濁したが、つまりそれこそがゲームのコンセプトなのだろう。ゆかりは彼女の言葉をそう捉えた。
「何をするかは自由ということですね。それではあかりちゃん、さっそく対戦しましょう!何か作ってください!」
「ゆかりさんが戦闘狂に……。えーっと、とりあえずコップにしてみようかな」
あかりは棚からお気に入りのコップを取り出し、手のひらの上に乗せる。
きらきらとした星柄のマークが特徴のコップで、部屋を暗くすると明るく輝きインテリアにもなる。真夜中でもナイトビジョン機能なしで活動できるほどの光源にもなるそのコップは、ゆかりからは眩しくて眠れないと大不評だった。結局、使用する時以外は遮光ボックスにしまい込んで封印していた。
あかりの手元でコップがきらきらと輝き、しばらく待つとコップの造形をモチーフにした生物が飛び出して……こない。
「あれ?」
「出てこないですね」
「いや、ステータスは出てきたみたい」
【アストログラス】
効果:光源,雰囲気+,飲料効果+
「必ずしも生き物になるわけじゃないんですね」
ゆかりがコップを掴んでテーブルに置くと、手のひらの上に重なるように乗っていたもう1つのコップが現れる。外見はほとんど同じだが、どことなく深みが増したような色合いだった。
「これ、絶対間違って飲み物を入れちゃうでしょ。危ないですよ」
「飲料効果+かぁ。中身入りのボトルとかをコピーしたら飲み物を入れられるのかな?」
「何がどうプラスされるかもわかりませんね。可能な限り説明とUIを排除しているのはゲーム制作にあたっての方針なのだと思いますが、最低限のシステム的な補助は必要だと思いますよ。少なくとも私はサリーさんに誘われなければこのゲームをプレイしていなかったでしょうね」
『あっ、はい。ごめんなさい。結構真面目にレビューしてくださるんですね』
「まあまだ公開していないゲームなわけですし、これから改善の余地がありますよ。頑張ってくださいね」
「これが上から目線系レビュアーゆかりさんである」




