剣道少女は全てを運ぶ
鍵のかかった扉を粉砕すると、乾いた破裂音と同時に木片と埃が舞い上がり、鈍い金属音が廊下に反響した。ずかずかと中へ踏み込む少女。ついでに回収した扉は、これで合計2枚になった。
「扉なんてかさばるでしょうに。よく持ち歩いてますよね。まあグラフィックには反映されてませんが」
部屋の中はどうやら個人の寝室らしい。寂れた洋館には似つかわしくない真っ白なシングルベッドがまず最初に目に入る。
「やけに整った部屋ですね。他の部屋のイメージとしてはもっと汚くてもおかしくないと思いますが……」
「えっと、そもそもこの女の子は誘拐されたんだっけ。それなら犯人が使ってる部屋の可能性もあるのかな」
「物語としては気がついたらこの屋敷にいたというところから始まってますね。その事実に対するキャラクターの視点としては誘拐という解釈をしているようですが、何らかの超常現象によるテレポートや夢という可能性もあります」
「あー、そっか。じゃあタイトルも【地獄の天使】だし、死後の世界とかもあり得るね。どこまで真面目に考えていいゲームなのかはわからないけど」
「なんにせよ、ベッド以外も他の場所に比べて整頓されている印象があります。意図的な演出であることは間違いないでしょう」
ゆかりは少女をベッドまで向かわせ、調べさせる。その考察どおり、少女は『新品のベッドだ。ふわふわしてて気持ち良さそう』と能天気な言葉を発した。
さっきの大穴の件も踏まえて、念のためもう一度調べさせると『枕が綿あめみたいですごい』と別のメッセージが現れ、追撃の再調査で『こっそり持って帰っちゃお。誘拐犯のだし別にいいでしょ』と言いながら新たなアイテムが追加された。
そしてベッドが消えた。
「そこはせめて枕でしょ!? ベッドを持っていくんですか!?」
「もしかしてこの女の子がホラーなんじゃない?」
たとえ相手が誘拐犯であろうと、物を盗んでいい道理はないのだが、ホラーゲームでは何が脱出の切り口になるかわからない。持てるのであれば持てるだけ持っておくのが脱出ゲームの原則だ。持てるのならば。
『ベッド持ってくならこの際タンスもいいんじゃね?』
『ソファーもーらいっと』
そしてこの少女、冗談抜きで、すべてを持てる。そもそもドアを持ち歩いていた時点でおかしいのは間違いないのだが、ドアを所持できるのなら他の重量物を所持できない道理はない。ゲームのお約束であるアイテムのサイズを無視した超絶収納テクニックが遺憾なく発揮されていく。
そうして部屋の家具を一通り回収し終えたところで、ゆかりは気づいた。
「……冷蔵庫の裏に暗証番号の入力モニターがありましたね」
「そういうのって普通、オブジェクトを横に押して見つけるやつだよね」
もはや冷蔵庫を回収することにわざわざ突っ込むことはない。少女の言動にいちいち気を遣っても日が暮れるだけだからだ。
今回の暗証番号入力ギミックは、モニターがあるだけで周囲に扉はない。だからこの場で突破はできないはず……とゆかりは眉をひそめて考え、ふと思いついた。同時にあかりもその可能性に思い至る。
「前回の暗証番号は力技で突破したから……」
「もしかしたらヒントは今回の暗証番号用かもしれない、だよね!」
「とかいって違ったらお笑いですね。さて、入力してっと」
ゆかりは早速少女にモニターを調べさせ、前回入力したものと同じ番号を入力する。
例によってガラスを砕くような嫌な高音がSEとして鳴り響き——
『あっ、壊れた』
「壊すな!!!!!!!!!!」
「ゆかりさんが壊れた」
少女の指はモニターを壁ごと勢いよく突き破り、隣の部屋までつながる穴が生じた。
その後冷静になったゆかりは「隣の隠された部屋へ通じるギミックだったのでは」と思い立ち、部屋を出るも隣には普通に扉がある。なんなら鍵すらかかっておらず、今回はアイテムとして回収されることなくあっけなく部屋へ入ることができた。
部屋の中は隣と同じく生活感のある空間だ。椅子や机には埃一つない。これまでの寂れた洋館とは隔絶した異様な印象をプレイヤーに与える。
そんなただでさえ不審な空間において、もっとも不審な点は……中央に鎮座するテーブルにあった。
「……コーヒーが置いてありますね」
『まるでさっきまで誰かがいたみたい。どこに行ったんだろ?』
「隣から突然指が出てきたら普通は逃げるよね」
画面内の少女も合わせて、3人で部屋の様子について話し合う。少女はきょろきょろと周囲を見回して誰もいないことを確認し、ゆかりも俯瞰視点から、それ以外の怪しい要素を探した。
「まあ、わざわざ探すまでもなく全部調べるのですが」
まずコーヒーを調べ、それから棚にタンスに本棚。コーヒーに関しては、あくまで人がいたかもしれないという演出にすぎないらしく、特に情報はなかった。
『ごくごく。おいおい、誘拐犯め。いいコーヒー飲んでんなぁ?』
『棚には砂糖やコーヒー豆が置いてある。いいコーヒーみたいだけどもっていってもどーせ使わない。持っていくのはやめておこう』
『これは……鍵?まあ鍵がなくても扉は開くし、いらないよね』
『血液は原初の美容液というタイトルの本がある。なんか趣味悪いなー』
『開いたら死ぬ本だって、こわー。……開けても何もないじゃん。つまんな』
「ちょっとちょっと!後ろに死神がついてますよ!」
「無意識の肘打ちで消滅したね」
ホラーゲームなら10回は死ぬであろう迂闊なアクションを繰り返し、平気な顔で部屋を荒らす。ようやく出てきたホラー要素すらも、彼女の挙動の前では1回限りのコメディ小道具にすぎなかった。ゆかりもすでにこのゲームについて確信を抱く。
「このゲームはもしや——
——ギャグゲーなのでは?」
「最初からわかってたよね」




