結月ゆかりはホラーを語る
驚異のキック力を持つ剣道少女は、粉々になったドアの破片を踏み越え、まるで実家の縁側にでも足を運ぶかのような堂々たる足取りで突入していく。
トイレの中には5つの個室が並んでいた。少女は部屋をきょろきょろと見回し、扉を壊れないか心配になるほどの勢いで開けていく。挙げ句の果てに最後の5つ目の扉に至っては、蝶番が盛大な音を立てながら破壊され、扉ごとアイテムとして入手できてしまう有様だ。
少女はそのドアを片手で軽々と肩に担ぎ上げ、勝ち気な笑みを浮かべる。
『暗証番号で厳重に管理されていた割には何もないっぽい?他の場所を探そっか』
「トイレに厳重な管理をしないでください」
「人間の力で軽く粉砕される厳重な管理ってなに?」
少女としては特に収穫のない部屋だと認識しているが、ゲーム的にはアイテムが手に入った。シナリオとしては間違いなく進行している。
「まあいいでしょう。さて、扉はどこで使えるんですかね?」
「これまで見て反応のなかった場所で何かあるのかな」
「ああ、そう言えば穴が空いていて通れなかった場所がありました」
思い当たる場所に気づいたゆかりは、ぴこんと頭上に電球を浮かばせながら少女を目的地へと向かわせた。
基本的にアクションは少々暴力的だが、移動に関してはプレイヤーの操作通りに歩いていく。その姿を見ている分には先程の暴力少女としての片鱗は窺えず、少々元気が良いだけの普通の女の子であるようにしか見えない。
少女は薄暗い廊下をとことこ歩む。等間隔に扉とろうそくが立ち並び、頼りない炎が揺れるたびに廊下に伸びる影が歪む。同じ景色が延々と続く代わり映えのないエリアだ。扉には何らかの文字が刻まれたプレートが取り付けられているためゲーム内のキャラクターにとっては部屋の見分けも一目瞭然なのだが、プレイヤーであるゆかりは近づいて調べなければ文字を認識できない。
「こういう代わり映えのしない通路は、逆にドッキリ要素がありそうな気がしますが……今回はなさそうですね」
ゆかりは無意識に息を潜め、コントローラーを握る指先に汗が滲む。
ゆかりの警戒も杞憂に終わり、目的の地点に到達した。少女の眼前には廊下を完全に分断する大穴がぽっかりと開いており、事実上の行き止まり地点と化している。
「ドアの大きさ的に行けるかはわかりませんが……。よしよし、前とは違うメッセージが出ましたね」
「おー、さすがゆかりさん!」
以前にゆかりが調べた時は『床に大きな穴が空いている……こわっ』というメッセージが表示されただけだった。しかし何らかの条件がクリアされたことで今までとは別のメッセージが表示される。ゆかりの推測ではその条件とはつまりドアの所持であり……。
『んー、頑張れば飛び越えられるかも。やってみよ。よいしょっ』
少女はドアなど関係なしに、ぴょこんと飛び跳ねてあっけなく穴を飛び越した。それを見てあかりは思わず吹き出してしまう。
「ドアがフラグなのかと思ったんですけどね……」
「調べた回数でイベントが変わるタイプだったのかな」
「ああ、ありそうですね。改めてよく見たら飛び越えられそうだと判断したのかもしれません」
「何はともあれ、今まで通れなかったなら完全な未探索エリアなんだよね?」
ゆかりはうなずきながら剣道少女を通路の奥へと導いていく。
「そろそろストーリー的にも派手な展開を期待したいですね」
「この女の子のアクションはかなり派手だけどね。でも幽霊とかモンスターとか出ても普通にやっつけちゃうかも」
「知らないんですか?格闘タイプの技は幽霊には無効なんですよ」
そんな冗談を言い合いながらも、ゆかりはゲームの内容について内心で考察していく。
薄暗い洋館、崩れかけの通路、軋みをあげる廊下。現状における【地獄の天使】の恐怖演出はそれが全てだ。
(演出の仕方がわかってるタイプの制作者さんなのでしょうね)
それでも『ホラーゲーム』という謳い文句があれば、プレイヤーは何も起きないという事実にすら恐怖を抱いてしまう。だから何もなくても気は抜けない。むしろ何も起きないからこそ恐ろしい。静寂という名の怪物が、今も背後にぴたりと張り付いているようだった。
「ドッキリタイプの恐怖演出は安堵からの落差が重要ですからね。これすらも前振りだとしたら作者は天才ですよ」
「完全にネタ作品にしか見えないのに、それでも終わるまではわからないもんねー」
あくまで仮定という口ぶりで話してはいるが、ゆかりは先程の少女が行った奇行に対して演出前の前振りであると確信していた。言葉とは裏腹に、むしろ警戒心を最大まで引き上げている。
一方、あかりはあくまで【地獄の天使】はネタ作品であると考えている。ゆかりの説を聞き一理あると認めたが、それを踏まえた上で何も起こらなければギャグとして面白い。起きた上で粉砕したとしてもやっぱり面白い。
ホラー作品としての構文で理解するゆかりと、ギャグ作品としての構文で理解するあかり。良くも悪くも先が読めないという意味では演出として一定の成功を収めたと言えるだろう。
そんな2人の考察は露知らず、剣道少女は元気に床を踏みしめながら廊下を突き進む。ぎしぎしと悲鳴を立てる床板の上を、少女は太鼓のリズムのように軽快に踏み鳴らし、一直線。つい先程、大穴が空いている場所を見たばかりであるにもかかわらず、床のダメージなど気にもかけない堂々たる佇まいだ。将来彼女は、馬鹿か大物か、どちらの道を歩むのか。
「新しい部屋がたくさんありますね。探索のしがいがありそうです」
『鍵がかかってるけど……こんな誘拐犯の家のことなんか気にしなくていいよねっ。ふんぬっ!バキッ』
「これもう壁割って脱出できるんじゃないかな?」




