結月ゆかりはホラーを怖がる
「ゆかりさん、また他のゲームで初心者潰ししてるの? かわいそうだよー」
「失礼なこと言わないでもらえます?今日は普通にゲームで遊んでるだけですよ」
連日のように最強コントローラーを構えて他のゲームに乗り込み、自称スーパープレイヤーを虐殺する。そんな地獄のような所業がライフワークになって、もう早くも数日が経つ。さすがのゆかりもその憂さ晴らしに意味がないことを悟り、今日は少し毛色の違うゲームで遊んでいた。
とはいえ【クラシカルクラフター】はいつものように常駐していて、最強コントローラーのボタン割り当てのうち2割程度は【マジックファンタジー】に当てられている。脅威のマルチタスク技術ではあるが、あかりにとってはすでに見慣れた日常の光景で、もはや気にするようなことでもない。
それよりも、あかりの視線はゆかりのモニターに映るタイトルへと吸い寄せられていた。
「【地獄の天使】?なんだか怖そうなタイトルだね。それに画面もちょっと暗い雰囲気……」
ゆかりの隣に椅子を置いてぽふんと腰を下ろし、あかりはタイトルバーに表示された文字を読み上げる。
画面には、懐かしいドット絵の少女が薄暗い洋館の廊下を小さな足音で進んでいく2Dアドベンチャーが映っていた。彼女はタンスや机などをちょこちょこと確認しており、そのたびに『中身は空っぽ』『おいしそうなリンゴが皿の上に乗っている』とメッセージが表示されていく。
「2Dホラーゲームですよ。フリーのやつですね」
「ホラーゲーム?確かに大昔はいろんなゲームがあったみたいだけど……さすがにそれは、VRのほうが表現力では上じゃない?」
結月ゆかりは常々、VRゲームではできない表現があると語っていた。あかりもそれに大いに納得していたし、実際【クラシカルクラフター】はVRゲームとはまた違った斬新なシステムだった。
【マジックファンタジー】についても、最強コントローラーによる多重プレイはVRゲームだと少々ハードルが高いこともあり、こちらも十分に独自の遊び方と言えるかもしれない。
もしかしたら【地獄の天使】にも、VRでは実現できないような画期的な仕掛けがあるのだろうか? あかりはそう考え、画面を隅々まで眺めてみるが、今のところはそういった要素は見当たらない。
そんなあかりの疑問を察したのか、ゆかりは2Dホラーゲームの優位性を語り出した。
「VRのほうが表現できる?ばか言っちゃいけません。つまり裏を返せば――
――怖いということじゃないですか」
「本末転倒!?」
VRゲームは怖い。だからこそ、ほどよい距離感で楽しめる2Dホラーアドベンチャーが至高なのだと、ゆかりは断言した。
怖いゲームをプレイしているのに、怖いのは困る。一見すると破綻している彼女の発言だが、実はそう思っているプレイヤーは意外と多い。表現方法が違えばストーリーの傾向も変わるので、その結果として「VRゲームよりもモニターゲームのほうが好きだ」と答えるユーザーも少なくない。
「逆の意見もありますけどね。ガチ勢に言わせると、ホラーVRは心理的外傷――トラウマを与えかねないせいで、むしろ表現が控えめになるよう規制されてるとかなんとか」
「あー、それはわかるかも。急におばけが出てくるシーンとかは逆に減ったらしいよ」
「おや、あかりちゃんはホラーVR経験済みですか?」
「むしろゆかりさんは一度も遊んだことないのに、そこまで語っちゃうの?」
「だって怖いんですもん」
「まあゆかりさんはホラーゲームをやった後は1人で眠れないくらいだしね」
泣き顔の感情表現をひょいと出しながらも、ゆかりは堂々と答える。あかりはそれをいつもの調子でからかうが、反論は返さない。ホラーゲームのプレイ後にあかりが付き添ってくれなくなることが容易に推測できるからだ。
「おっ、見つけました。トイレに入るための暗証番号のヒントですね」
「よくあるよねー、暗証番号。人間が住むことをまるで想定してない謎のギミック」
「さすがにトイレで暗証番号はどうなんですかね。番号を知っていても、入力しているあいだに殺意を抱きそうです」
ゆかりはゲームのお約束に片っ端からケチをつけながらも、少女を操って通路を走らせる。ホラー特有の暗い雰囲気こそあるものの、ここまで心霊現象や怪物が姿を見せることはなかった。どちらかと言えば、脱出ゲームとしての要素に比重が置かれているようだ。
トイレの扉の前にたどり着いた少女は、指を勢いよく叩きつけながら暗証番号を入力し始める。キーボードで言えばEnterキーの押下音を周囲に響かせるタイプの性格らしい。機械が壊れないか心配になるような破砕音が鳴り響いたあと、プレイヤー入力用のポップアップが現れた。
『2525っと。……あっ、違う。さっきのメモは直球の答えじゃなかったんですね』
ゆかりは先ほど見つけた暗証番号を入力するも、コードが間違っている旨を示すメッセージが表示される。
「別の場所に他のヒントがあるのでしょうか」
そう考え、少女を動かそうとした次の瞬間――少女は思い切りドアを蹴飛ばした。
「えっ」
「えっ」
唖然とするゆかりとあかりを余所に、少女は世界を狙えるレベルのメガトンキックで扉を粉みじんに粉砕し、一言。
『よし、これが一番手っ取り早い!』
「いやいやいや、おかしいでしょ。これ、ギャグゲーだったんですか?『本格!』って煽り文に書いてありましたよ!」
「きっと『本当の格闘!』の略だったんだよ」
『早く脱出しないと剣道の全国予選が始まっちゃうー! 急がねばっ!』
「このキック力で剣道!?」




