結月ゆかりは無双する
「おっ、気づかれましたね。【愛すラビット】がこちらへ向かってきました」
一番最初に起動した大画面のウィンドウから周囲の状況を確認しつつ、ゆかりは分析する。
「そっか、こっちの小窓は見てないんだね」
「分かれて行動する必要があるレイドクエストなども存在しますが、今回は純粋なモンスター討伐。HPやMPなどのデータは同じパーティを組んでいるキャラクターの視点でわかりますし、【愛すラビット】相手なら付与の掛け直しは時間さえ見ていれば無問題です」
接近し続ける【愛すラビット】。このままでは数秒もしないうちにゆかり軍団の前線へ到達する……。あかりがそう分析した直後、モンスターの移動経路に――地鳴りを伴って巨大な大岩がせり上がり、粉雪が白煙のように舞い上がる。
フィールドの風景に対応して出現した真っ白な大岩は【愛すラビット】の侵攻を妨げ、僅かな猶予を確保した。しかし所詮は一時凌ぎ。大岩には耐久値が設定されている。次の瞬間、大岩は体当たりによって打ち破られ、その向こうから【愛すラビット】が亀のように遅々とした速度で雪道を駆け抜ける。
「【スロウ】が入りましたね」
移動速度が大幅に低下した【愛すラビット】に暴風雨の如く矢が降り注ぎ、連続的なダメージを与えていく。硬い氷面に突き刺さるたび、甲高い破裂音が短く連なった。同時に前衛の【ウォーリア】が一瞬の間に標的に肉薄し、
「【オーバーブロー】。効果は強制的かつ大幅なノックバック。再使用時間がやや長いですが、強力な離脱スキルですね」
勢いよく弾き飛ばした。
「かなり突き放したね。それでも矢は届くんだ」
「射程+10のオプションが付いてます。さて、距離が空いてるうちに【インタラプトロック】を並べますよ」
先程のように移動を阻害する大岩を一列にずらりと並べていくゆかり。ゆかりが操作する【メイジ】の多くは土属性を専攻しており、マウスのクリックによって指定された箇所に岩を呼び出すことができる。
寸分の狂いもなく配置されていく大岩。その様子をあかりは戦慄した表情で見つめる。
「マウスの移動は時間にロスが生じる……けれどゆかりさんはペンマウス型のタップ操作内蔵コントローラー。誤爆が生じるリスクを考慮しなければその操作性能は最速……!」
その間に【スロウ】の効果が切れた【愛すラビット】が再び脱兎の如き速度で大岩を壊し、フィールドを駆け抜けようとするが……先程のようにはいかない。
「通常攻撃にも再使用時間が存在します。移動速度がいかに高かろうが、複数の大岩を壊すにはタイムロスが生じます。いかに高レベルのモンスターとて、そこは覆せません」
矢の嵐を浴び続け、HPゲージを大きく削られながらも、障害物を破壊していくことすら許されない。それどころか、手の空いた【メイジ】が【フレアストーム】の魔法で更なる追撃を加えていく。
氷の雪山に生息する【愛すラビット】の弱点属性は当然『炎』。苦手とする属性のダメージを受けて発火炎上していくその姿は敵ながら同情を誘う。焦げた毛皮のにおいが画面越しに漂ってくるような錯覚すら、あかりは覚える。
「ゆかりさん。多分この魔法って範囲攻撃だよね? 相手は1体だし単体攻撃の方が強そうじゃない?」
「この射程で届く炎属性魔法は範囲スキルの掠り当てだけなんです。おっと、そろそろ付与が切れますね。【エンチャンター】に上書きしてもらってっと」
視界の端でクールダウンタイマーが赤く点滅し、正確な節目を告げていた。ゆかりは切れる前にスキルを再発動し、同時にMPの譲渡スキルで【メイジ】の弾倉を補給していく。
と、そこで【愛すラビット】は動く。全身から氷の結晶のようなエフェクトを放ちながら周囲のキャラクターへダメージを与える範囲攻撃スキルだ。
再使用時間があるなら、一度に複数の岩を破壊すれば良いだけのこと。そして眼前の障害をクリアした【愛すラビット】は最大速度で走り抜ける。ゆかりは再び【スロウ】を発動させるが、無効化され──。
「【6thアビリティ:呪詛刻印】。そのまま【オーバーブロー】」
耐性判定を貫通した【スロウ】は再び【愛すラビット】を鈍足化させ、そのまま【ウォーリア】によって大きく弾き飛ばされる。
後はこの繰り返しだ。いかにレベルが高くても障害物を突破するには時間がかかる。範囲攻撃があっても岩の間隔を調整すれば被害は分散できる。【スロウ】が決まらなければループを突破されうるが、強制的な効果適用を行う【呪詛刻印】を持つ【カースユーザー】の弾が尽きない限りは、いくらでも取り返せる。
「【愛すラビット】はあくまで高レベルなだけの通常モンスターですからね。数の暴力があればこんなものですよ。実際のボスはふっ飛ばしの耐性が高かったり、同じ異常を受けにくかったりしてですね──」
「……うん、凄いよゆかりさん。凄いんだけどさ」
あかりは本当ならもっと盛大に驚きのリアクションを披露するはずだった。そのためにゆかりによるコントローラー捌きとプレイスタイルの事前確認を敢えて行わなかった。むしろ初見ではない方が遥かに大胆なリアクションが取れたのではないかと自問自答するほどだ。
そしてなにより――あかりはその光景を前にして今回撮影する動画における最大の問題点に気づいてしまった。
「これはゲームの紹介じゃなくてコントローラーの紹介じゃないかな?」
「や、やったねゆかりさん!500万再生突破だって! おめでとう!」
累計編集時間は実に72時間──その数字も再生数に負けないインパクトだ、とあかりは苦笑した。
「皮肉で言ってます?」
無事に収録完了し、長い長い編集を乗り越えて動画は投稿された。当然【マジックファンタジー】に関する様々な魅力をぎっしり詰めこんだ二人の自信作である。
ゆかりが気づいていなかった【マジックファンタジー】の独自要素を、あかりが指摘してまとめ上げ、約30分にぎっしり詰めこんだ最高の動画だ。
なによりも掴みのために用意したゆかりによる全手動操作のボス討伐パートは屈指のインパクトがあり、同時に編集でどんな手順でコマンドが入力されたのかをわかりやすく解説することで、多くの視聴者の心を掴み取ることに成功した。
そう、成功してしまった。
「コントローラーの開発会社から案件の依頼が来てるみたいだけど……」
「知りません。ぷいっ」
「ぷいって言葉で言ってるゆかりさん可愛い」
動画に対する反響はゲームではなくコントローラー、ひいてはそれを巧みに操る結月ゆかり本人が主体となった。
もちろん【マジックファンタジー】にも以前と比べれば明らかに多くのユーザーが訪れている。不貞腐れるほどの失敗だったわけではないのだが、大半のユーザーは最強コントローラーを使って他のゲームをプレイすることに夢中だ。その手のユーザーはむしろ【マジックファンタジー】を避ける傾向にあり、動画自体の評判と比べると宣伝効果が低すぎる。
トレンド欄には〈#最強コントローラー〉が堂々1位を飾り、ゲームタイトルは3位に辛うじて顔を出す程度だった。
「【マジックファンタジー】には既に頂点が君臨してるからね。みんなゆかりさんに恐れ慄いちゃったかー」
あかりはSNSを眺めながらその原因を指摘する。【オグメレンズ】の視界では最強コントローラーを使ったスーパープレイの自慢話や動画が多数投稿されていた。確かにそれらの投稿は相応のプレイではあるが……【マジックファンタジー】においてはスーパープレイ足り得ない。
「そこは頂点へ挑むのが真のゲーマーというものでしょう! まったく、最近のゲーマーは軟弱にもほどがあります」
「古参ゲーマーのゆかりおばあちゃん、そこは年長者の心構えで許してあげよ?」
憤慨するゆかりとそれをからかいつつもなだめるあかり。からかっている時点で完全に逆効果だが、怒りのエネルギーは、時に創作の原動力となる――。
「よし、決めました。このSNSでドヤ顔してる奴らのゲームで片っ端から暴れてやりましょう!」
「そっち!?」
ならないこともある。




