結月ゆかりは操作を極める
モンスターたちが互いに争い殺し合う地獄のようなフィールド。あらゆる生命に過酷を強いる凍てつく死の世界。その光景をモニター越しに眺めながら、ゆかりは冷静に分析する。
「【愛すラビット】がここまで生き残ってるのは珍しいですよ。素体では【ドリペン】や【極寒のトナカイ】の方が強いですから。これはドロップが期待できますね」
「レベルでドロップも変わるんだ。面白いね」
「【愛すラビット】のレアドロップは不明ですが、だいたい一定レベルでドロップアイテムは上位品に更新されるんですよ。生き残るモンスターは基本的に偏ってくるので、序盤に介護してあげることも大事ですね」
「なのにこの【愛すラビット】は天然もの、激レアですよ!」と、ゆかりは嬉しそうに解説する。
「介護してあげるのはいいんだけど最後には仕留めるんだよね?なんだか養殖業みたい」
「養殖業との違いは仕留めるときは命懸けということですね。育てていた牛さんとの死闘が始まりますから」
「あ、そっか……。というか勝てるの?ゆかりさん。今回はこのモンスターを倒すんだよね。今はゆかりさん1人だけど仲間NPCを召喚できるとか?」
「大丈夫です。ちゃんと全員待機させてますから」
あかりの心配にゆかりは自信満々に答え――ゲームウィンドウを横にずらした。これによりウィンドウの裏に隠れていたアプリケーションが表示される。その整列は、深夜の高層ビル群に灯る窓明かりのように無機質で美しい。
小さなウィンドウたちが同じサイズで8列分きれいに並べられていて、そのすべてが同じ画面を映し出している。その画面とは【マジックファンタジー】のログイン画面。
総数31のウィンドウが起動されているその光景は、見る者すべてに絶大な威圧を感じさせ――この後に訪れるであろう惨劇を確信させる決定的な瞬間でもあった。
「……あの、ゆかりさん?」
「なんでしょうか」
「……えっと、NPCに操作してもらうんですよね?」
「いえ、1人ですべてを操作しますよ。なんで急に敬語になってるんですか」
「そのコントローラーで?」
「はい、このコントローラーは便利なんですよ。ボタンの押し具合で入力が変わるんですよ。弱攻撃と強攻撃みたいな」
あかりは事前にゆかりからこの話を聞いていた。そしてあの《・》コントローラーを活用するのであれば、曲芸じみたプレイングが行われることも予想していた。
けれど実際にその曲芸が行われる光景を、あかりはまだ見たことがなく、意図的にそれを見ないようにしてきた。ゲームの概要やサイトの紹介文とはわけが違う。衝撃の一発芸に対して、本気で驚けるのは一度だけ。だからこそ、あかりは彼女のコントローラーさばきを理解しつつも、半信半疑の立場を取ることにした。
ゆかりがかちゃかちゃとコントローラーを操作すると、すべての画面が同時に動き出す。そのまま同じ画面を映し出しているとしか思えないほど、一糸乱れぬ動作でログインが行われ、雪山に31人のプレイヤーが虚空から出現する。
「まだ感知されてませんね。付与をかけていきましょうか」
ターゲットの【愛すラビット】はいまだ彼女らに気づいていない。ゆかりの操作するキャラクター【エンチャンター】が4人、一度のボタン操作でそれぞれ別種のスキルを発動させた。
「あー、同じコマンドでキャラクターによって別のスキルが発動するようにしてるんだね。なるほど、それならまだ操作できるのかも」
「いえ、これはBボタンの1段階目から4段階目を順に発動させただけですよ。コントローラーの裏にある+ボタンと同時に押すことでボタン入力段階の確認遅延時間を無視してトリガーを発動させることができるんです」
「バッファーだからBボタンです、わかりやすいでしょ?」そう説明しながら、目にも留まらぬ速さでコマンドを入力し続けるゆかり。
「でもエンチャンターのスキルがBボタンだけで完結するわけじゃないんだよね?スキルが4つしかないわけじゃあるまいし」
「いえ、スティックを押し込みながら同じボタンを押すとモード2のコマンドになるんですよ。その状態で上に倒すとモード3、右ならモード4になるのでエンチャンターのコマンドはBボタンのみで完結しますよ」
「それのどこがわかりやすいの??」
他者を強化することに優れた能力を持つのがエンチャンターだが、それ以外の職業に付与がないわけではない。画面内ではさまざまなエフェクトとサウンドのスキルが各々のキャラクターによって繰り出され、ごちゃごちゃとしたグラフィックとやかましい音が鳴り響いた。
ゆかりの操作する手元のコントローラーは別視点のカメラで撮影されているが、何が起きているのか解説なしではまるで理解できない。一見まったく同じボタンを押しているように見えるのに、ミリ単位の押し方の違いで別のキーへと変化し、他のボタンとの組み合わせでさらに派生する。
もはや常人には理解不能であり、ゲームそのものよりもコントローラーの存在そのものに焦点が当たるレベルの狂ったデバイスだ。
ゆかりは最新技術の結晶であるなどとしたり顔で語り始めるが、仕組みとしてはそこまで革新的な技術が用いられているわけではない。作れなかったわけではなく、誰も作らなかっただけの欠陥兵器と呼ぶにふさわしい代物だ。
仮にこのデバイスが技術の結晶だとするならば、それは科学技術のことではなく、熟練技術と呼ぶのがふさわしいだろうか。
「3日くらい触れば、これくらいできますよ」
ゆかりは軽口の裏で指関節を鳴らし、準備運動を怠らない。
「みんなは3日で本当にこれくらいできるか、コメント欄で教えてね。できなかったらゆかりさんが謝罪します」
「ごめんなさい、本当は1週間です」
「訂正になってないんだけど?」




