結月ゆかりは雪山を登る
「えー、久々に実況しに参りました。結月ゆかりと申します」
「賑やかし担当!煌めく夜空の星座を結ぶ奇跡の軌跡! 紲星あかりです!」
モニターの前で2人仲良く並び、ゲーム画面の前に陣取って自己紹介する。あかりは「きらっ!」と擬音を口にしながら指先をモニターに突きつけ、まるでアイドルのような決めポーズを決めて、小さくウインクまで添えた。
一方ゆかりは椅子に腰掛けた状態で手を膝に乗せ、背筋をピンと伸ばして丁寧にお辞儀をした。普段の光景からは考えられないような仕草だ。
今までは実況を収録しているときですら、拡張衣装の裏ではパジャマ姿だったというのに、今回に限ってはわざわざ外向けの正装である紫のワンピースに黒のパーカーを重ねて、その身を着飾っている。その事実は、彼女の収録に対する緊張と自信のなさを如実に物語っていた。
「ちょっとあかりちゃん。主役よりも長ったらしい挨拶入れないでくださいよ」
「えー?そんなこと言ってもいいの?もうゆかりさんのボス討伐を手伝ってあげないよ?」
「こちらのお方はあの有名な今を煌めく天才美少女ゲーマー紲星あかりさんです!コラボしていただけて幸いです!」
「はい、いつものありがとー」
「このテンプレをやらないとあかりちゃんはすぐ怒りますからね」
「怒らないよ!そういう嘘つくと怒るよ!もー!」
結月ゆかりと紲星あかり、2人セットの動画が投稿されるときの、いつもの流れだ。ゲームとはほとんど関係ない前座ではあるが、このルーティンを行うことで2人のスイッチがかちりと切り替わる。
実は漫才を行ったからスイッチが入るのではなく、定着の末に漫才を行わないとスイッチが入らなくなってしまっただけなのだが、結果としては同じ。2人にとっては必須のルーティンだ。
「それで今回はなんのゲームをやるの?最近はクラクラに夢中だからあんまり他のゲームは並行してプレイできないなー」
「あかりちゃんのクラクラなんてゲーム通り越して日常でしょうに。……脱線しすぎましたね。今回は【マジックファンタジー】を遊んでいきたいと思います」
「うーん、似たようなタイトルのゲームがいくらでもありそう……」
「失礼な。逆に斬新でしょう!こんな没個性なタイトル、真っ当な開発者なら絶対につけません。だからこそ逆説的に他のゲームと並んでたら思わず2度見すること間違いなし!」
「ゆかりさんの方が100倍失礼だね」
あかりの冷静な指摘を完全に無視し、【マジックファンタジー】公開当初の宣伝記事を画面に表示する。「ほら、すごい目立ってます!」と自身の仮説を誇示するが、その記事の1つ上には【はむはむ魔王ともぐもぐ勇者】、下には【エクステンドブレイブラグナロクタイトルクエストあけおめフェアミスライムレギオンタクティクスエデン】が並んでいる。ゆかりイチ推しのゲームタイトルは、個性溢れる2つのタイトルに挟まれ、完全に埋もれていた。
「そんな目立ちたがりやなタイトルとは裏腹に、いまいち知名度の低いこのゲーム——【マジックファンタジー】! 今回はこの作品に存在する無限の魅力を紹介していきましょう!」
「ジャンルはクラシックMMORPGかー。最近流行りのクラクラに寄せてきてるのかな」
あかりは表示されたサイトから紹介文を確認しつつ、ページをスクロールしていく。当然、そこにどんな文章が書かれているかは事前に2人で調べてある。そもそもゆかりと一緒にゲーム内で冒険をしているのだから、知らないわけもないのだが、この程度の演技はゲーム動画におけるスパイスだ。
あかりはこのゲームに懐疑の視点を投げかけ、ゆかりは自信満々にこのゲームについて語っていく。
(動画を撮り始める前のやりとりとは完全に真逆の役どころですよね。実際、あかりちゃんの方がこのゲームの事を気に入ってるんじゃないですか?)
自分と親友の立ち位置が、動画の中ではきれいに反転している——その事実をゆかりはどこか自嘲気味に眺める。しかし、そんな皮肉じみた思考とは裏腹に、彼女の表情には笑みが溢れていた。
「MMOと言えばVRMMOが昨今では話題ですが、もはや時代遅れ!あなたたちが気付かないうちに計り知れない進歩を遂げているのです!さあ、プレイしていきましょう! あかりちゃん!」
「でもさ、MMOって一緒に遊ぶ人がいないと成立しないよね。私とゆかりさん以外にもプレイヤーはいるの?」
「いませんよ」
「だめじゃん!」
「大丈夫です。このゲームはNPCを作れる機能もありますからね。それではさっそく遊んでみましょう」
そう言って、ゆかりは机の引き出しからコントローラーを取り出す。画面を操作してログインすると……そこには白の世界があった。スピーカー越しに吹雪の唸りが低く響く。
ゆかりのキャラクターは真っ白な雪山の麓に出現する。白い吐息がキャラの口から立ち上り、画面の隅で風速計アイコンが激しく揺れている。
周囲では、お餅のような見た目をしたうさぎや、空を飛ぶペンギンなど、さまざまなモンスターたちが駆け回っている。どことなく可愛らしい造形の生き物が多数生息しているフィールドであることがうかがえる。
いかにも危険性のなさそうなモンスターばかりだが、ゆかりはログインと共にコントローラーのボタンを押下し、キャラクターへスキル発動の指示を出す。指示を受けた画面内のキャラクターは眼前で両手を合わせ祈るような動作を行い、同時に半透明のグラフィックに変化した。
「スキル【シャドウハイド】です。こいつらは能動モンスターですからね。1人で隠れずにいたら餌食にされちゃいます」
「こんなかわいいモンスターが能動なの?」
「一般的にはかわいいモンスターは温厚なイメージがありますが、少なくともあいつらは違いますね。何ならプレイヤーがいなくても戦ってますから」
「うわぁー……。ほんとだ、うさぎさんがペンギンさんをいじめてる。うさぎの方が強いのかな」
能動モンスターから隠れ潜むゆかりの前で、うさぎとペンギンは殴り合いを始めた。白い雪面に赤いダメージエフェクトが花火のように散り、視界が一瞬チカッと弾けた。あかりはその光景を見て夢を壊されたかのような表情を見せるが、
「ふふっ、着眼点が甘いですよ?」
ゆかりは画面上に表示されたある部分を指さした。それはゲームログ。スキルの発動や攻撃など、同じフィールドで行われたさまざまなアクションがテキスト形式で記録される場所だ。先ほどゆかりが発動させた【シャドウハイド】も当然のようにログに記載されているが、本題はそこではない。
【愛すラビット】Lv584は通常攻撃を選択
【ドリペン】Lv496を撃破
【愛すラビット】Lv584は【愛すラビット】Lv585へ成長
「このうさぎさんっ……かわいい顔して相当な殺戮者っ……!」




