紲星あかりは決意する
「『好き』を強引に押し通したくない……。その理念はわかるけど、じゃあなんでゆかりさんはこのゲームを『好き』になったの?……あとやっぱりボタンこんなに必要なくない?」
ボタンにかける指の圧力を少し間違えただけで、想定とまるで異なるコマンドへと変化する欠陥コントローラーだ。あかりはその操作に集中していたこともあり、脳裏に浮かんだ関連性のない2つの疑問を脈絡なく口にした。
あかりが持つコントローラーで実際に使用しているコマンドは、基本的にボタンのちょい押しに割り振られている。キー設定を長押しに変えれば不便なく操作できるのだが、それならば一般的なコントローラー操作でも問題ない。
そもそも物理コントローラーという選択肢自体が昨今では時代遅れだ。ARに疑似触感を付与するグローブによってキーボードだろうがコントローラーだろうが本物と寸分違わぬ操作感覚を再現できるのだから。
にもかかわらず、物理モニターを見つめ、物理キーボードをぱたぱたと叩き、過剰な機能を搭載した物理コントローラーを用いるゆかり。
その理由は『マジックファンタジー』が好きな理由とも一致する。
「古いから。古いことにしか価値がないから。結局なんだかんだ言ってこれだけなんです。私は——懐古から抜け出せない」
「——えっ?」
淡々としたゆかりの独白に、あかりはまるで夢から覚めたような表情で彼女の顔を見つめる。
これまであかりは、『マジックファンタジー』というゲームに何らかの特異性があると確信していた。まともなゲームでは使い物にならないようなコントローラーで操作していることもそうだし、何よりも——『結月ゆかり』という実況者のことを信頼していたから。
「……そっか。ゆかりさんもそういうことがあるんだね」
そしてゆかりの言葉を聞いてなお、その信頼が揺らぐことなどない。
「自分が好きな理由を自分でもうまく説明できない、よくあることだよね。私も直感派だし」
「えっ、いやいや。話聞いてました?私はこのゲームでノスタルジックな雰囲気を味わうのが好きなんですよ。ゲームそのものを楽しんでるわけじゃないんです」
「ふーん、そういうこと言っちゃうんだ。じゃあこのゲームに面白い要素があったら謝ってよね!ちなみに私はアーリーアダプター的な趣向だからノスタルジックは評価点にならないよ!」
「面白かったからって謝る必要なくないですか?」
「ダメダメ!古いことにしか取り柄がないなんてゲームに対する侮辱だよ!謝罪動画あげてもらうからね」
強引にまくし立てられて困惑するゆかり。しかしゲームを楽しもうとしている親友をわざわざ否定する必要はない。
「良いでしょう。それなら一緒にこの世界を駆け抜けましょうか!」
そしてあかりと一緒に【マジックファンタジー】の評価点を探す旅が始まった。
「さて、チュートリアル終わったよ、ゆかりさん!ポーションとか装備とかちょうだい!」
「はいはい、わかりました。適当なフル強化装備をあげますね。……よく考えたら、ゲームの面白いところを探すのなら支援なしで冒険した方が良いのでは?」
「それとこれとは話が別!大抵のゲームは序盤にできることが少ないし、駆け抜けていこう!」
合流したあかりはゲーム内で「なにかください」「おね」と連呼した。ゆかりはそれに応じて序盤では到底手にすることのできないようなレア装備をぽこぽこと地面に落としていく。
レア装備と言ってもただ単純に強い装備ではない。着用条件にレベルが含まれていない装備だ。それに加えていくつも強化システムを重ねて最大限にグレードアップさせた武器や防具、アクセサリーだ。
上昇するステータスだけで言えば、はるかに優秀な装備は他にいくらでもある。NPCが販売しているアイテムでもゆかりが渡した装備の性能を超えるものは存在している。しかしそんな装備は初心者プレイヤーには活用できない宝の持ち腐れだ。
「ステータスの強弱はよくわからないけど、すごい強化されてるね。もしかしてサブキャラとか育ててるの?やり込んでるー!」
「新キャラの育成においては序盤の効率こそが一番重要ですからね。用意していて当然です」
「そこまでのめり込んでて昔ながらのMMOであることしか長所がないと断言できるのはすごいね……」
あかりは貰った装備を着用しながら上・右・下・左とスティックを動かしキャラクターを1回転させた。
紺色のとんがり帽子に漆黒のローブ、その手には星のモチーフがあしらわれた杖。いかにも魔法使いといった風貌だが、見かけに反してSTRやVITなど明らかに前衛向きのステータスへ大きく補正が加わっている。
魔法系のステータスに関しても他と同等の補正値だ。ただ、元々の装備に設定された数値が魔法に偏重しているため、基本的には魔法職用の装備として用いた方が、より有効に活用することができるだろう。
「よく似合ってますよ、魔法少女あかりちゃんですね」
「えへへ、そう?」
あかりは頭上に笑顔の感情表現を浮かばせて喜びを表現する。同時にコントローラーを操作しボタンを押下すると、ゲーム内のキャラクターもぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現しだした。
「ちょっと、喜びすぎですよ」
「ゲーム内のモーションが固定されてるのが悪いんだよー!それに、ゆかりさんのプレゼントだよ?嬉しいに決まってるじゃん!」
「ふふ、それならインベントリが満タンになるくらい回復アイテムを詰め込んであげますね」




