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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

残酷のグルメ

作者: 瀧はろ


 ダンジョンなんて古い組織、今どきの若いモンスターたちは就職したがらないのかもしれない。

 だからなのか、若手モンスターの仕事への熱意や情熱も、年々薄れてきている気がしてならない。

 私がこのダンジョンに就職したころは、上司に逆らうなど考えられなかった。

 上司に叱咤されながら仕事し、仕事が終わってからは飲みに付き合わされ、安酒でさんざん愚痴と自慢話を聞かされたというのに……。


「新人君、ちょっといいかな?」


 ここはアイテム設置課。

 課長である私が呼び出したのは、新入社員の若いモンスター。


「なんッスか課長」


 おじさんになった私からすると、いかにも今どきといったふうの若者だ。


「先日、キミにダンジョン3階層の宝箱の設置をお願いしたはずなんだけれどね」

「はぁ」

「3階層の最奥になにを設置した覚えてるかい? どうして3階層の宝箱に、『デュランダル』なんて設置したのかな?」

「カッコいいかなと思って」

「なるほど、ミスじゃないんだね……。そっかそっか」


 いっそミスだった方が、よろこばしかったかもしれない。

 私は一抹の不安を覚えながらも、新人君を問い質す。


「キミ、うちのダンジョンが何階層まであるか知ってる?」

「なんッスか急に……100階層ッスよね?」

「そう、その通り。100階層まであって、数字が大きくなるにつれて出現するモンスターも強くなる仕組みになってるんだよ。だから宝箱に設置するアイテムも、それに合わせてランクを変えなくちゃならないんだ。それが私たちアイテム設置課の仕事の一つだからね。新人教育係の先輩社員にそう教わったはずだよね?」

「まあ。そうッスね」

「だから3階層に設置するアイテムといえば、ありきたりな『薬草』や平凡な『ナイフ』とか、人間がそこらの町でも比較的簡単に手に入れられるアイテムしかないわけで、キミみたいな新入社員の仕事にはうってつけなわけだ」

「はぁ」

「ところで『デュランダル』といえば上級冒険者クラスが持つ聖剣で、80階層以上の宝箱に設置するアイテムだよね? それをたった3階層に設置したとなると……どうなると思う?」

「そりゃまあ、冒険者のテンション爆上げじゃないッスか?」


 新人君は、ちょっと得意げな顔をした。

 私は出かかりそうになる叱責をぐっとこらえる。

 頭に思い浮かべるのはパワハラという、モンスターよりも凶悪な四文字。


「……そうだね、身にあまる武器を手に入れた冒険者が、武器の強さだけでモンスターをどんどん倒して、あっという間に上階にたどり着いちゃうよね?」

「まあ、そうッスね。結果的には」

「冒険者のみなさまに快適なダンジョン攻略生活を送ってもらうのも重要だが、私たちのダンジョンがそんなに簡単に攻略できると思われても困るんだよ」

「はぁ……?」


 なんだろうこの感情は。

『のれんに腕押し』、『ぬかに釘』とは言い得て妙で、『新人モンスターに説教』もどうかそこに加えてもらいたい。

 今後、怒鳴り声という武器を捨てて丸腰で新人モンスターに説教しなくてはならない、私のような哀れな者たちのために。


「むっ……ゴホン! キミが設置した『デュランダル』を手に入れた幸運な冒険者だけど、今日だけで一気に50階層も突き進んで、今は53階層にいるらしいよ。モンスター配置課に頼んで融通利かせてもらったから、キミが直接、冒険者と戦ってうまく対処してくれれば、それで今回のミスは帳消しにしておくとするから――」


 どうにかこうにかイラ立ちを隠した私が、こんなにも懇切丁寧に仕事の失敗を取り戻す方法を教えている最中にもかかわらず、悪びれもせず堂々と腕時計を確認した新入君は、私の話を聞き終える前に背を向けて、平然と自分のデスクに戻ろうとする。

 私は彼を慌てて呼び止めた。


「――ちょっ、ちょちょちょちょちょっ! はいはいこっちに戻ってきてね。えーっと……どこに行こうとしてるのかな? まさかとは思うけど、やる気がありあまって、今すぐにでも53階層に行こうとしてたのかな?」

「いや、定時なんで帰ろうかと」


 新人君は腕時計を示しながら、ちょっと面倒くさそうにしながら答えてくれた。


「うんうん、それはわかるよ。確かに定時退社は大事だね。でもこんな事態だしさ、今日くらい残業できないかな?」

「俺、これから彼女とデートなんですよ」

「そうなんだ。じゃあ残業するから遅くなるって連絡しておいた方がいいかもしれないね」

「店の予約も取ってるんすよ」

「それじゃあ、お店の方にも連絡しておかないとね」


 私は穏やかな表情で、諭すように粘り強く説得する。これこそ現代の叱責の形だ。

 怒鳴るのではなく、なにが失敗かを教え、その解決方法を提示して一緒に乗り越えていく。

 まるで母親が子育てでもしているようだが、人を育てるということはすべて子育てに通ずるところがあるのだろう。だから私はきびしくも優しい母のようになろう。

 さあ新人君、キミも私と会社に感謝して残業に取り組もうじゃないか!


「……チッ」

 

 ……え!?


 けれど驚くことに、新人君は突然小さく舌打ちして、深い溜息を吐いた。


「ハァ……んで最後まで言わないとわかんないかな。だから無理なんですって。彼女はデートをドタキャンすると鬼みたいにキレるし。あと火噴くし。俺の彼女、怒ったら火噴く系のモンスターなんッスよ。それに店だって前々から予約してたんッスから。普通先約が優先でしょう? 常識っスよ。なんで課長のクセにこんなに察しわりぃんだよ……。よくそれで今まで仕事やってこれましたね?」

「う、うん……? ごめんね……」


 逆ギレからの自己の正当化。これじゃあまるで夫婦間のモラハラDVじゃないか。

 そもそも私こそが察しが悪いような言い方をするが、察しが悪いのはキミなんだよ。

 キミの察しが悪いから、私の言葉は回りくどくキミを引き留めるのであって、私だってとっとと仕事を終わらせて帰宅したいのは同じなんだ。

 それにさっきからのキミの『彼女』という発音、尻上がりの発音がとても気に食わないんだよ。彼女はリケジョではなくオコジョと同じ発音にしてくれ。

 ……などと叱咤してやりたいのが本心だが、私は思い浮かべた言葉を頭の中だけに留め、口から発することはしない。

 パワハラで降格人事、最悪クビなんてことになったら……。

 私も自分の身は可愛く、そして上司は怖い。

 ここはグッと我慢、我慢だ……。


 新人君はカバンを手に取って、キレ気味にオフィスを出ていった。


「それじゃあ、お疲れさまっした」

「……お疲れ」


 あー、あいつ死んでくれないかな。


 などと私は心の中で思うのだが、きっと新人の彼もまた、恋人の前で私のことを愚痴ったとき、そう言うに違いない。

 近年、ダンジョンでもコンプライアンスが重視されてきており、パワハラやセクハラには誰もが過敏になっている。

 ダンジョンでの上下関係も、どこが上でどこが下なのか、もはやあいまいになっているし、うっかり叱りつけたがわの私の評価が下がるなんてこともあり得ない話じゃない。

 結局いつの時代も、私のように上からの命令に実直に従うモンスターだけが、真の被害者となって割を食うのだ。


「……しかたない、私が自分で対応するか」



 ▼▼



 いいダンジョンとは、ほどよく探索できて、しかし最終的に攻略させないことにある。

 ひとりの冒険者がダンジョンを攻略してしまうと、ダンジョンで手に入るアイテムなどの情報がすべて露呈してしまい、そのアイテムを欲しがる冒険者以外の足がダンジョンから遠のき、最終的にそのダンジョンは廃れて倒産してしまうからだ。

 倒産などとなれば、私は明日からどこに出社すればよいのか。

 この歳で再就職……できなくはないかもしれないが、今と同等かいい条件でとなると、それは不可能に近い。

 家のローンもあるし、嫁と2人の子供も養わなければならない。

 息子は今年から大学生をしている。入学金も馬鹿にならない額だったし、これからの授業料、それにひとり暮らしのための仕送りもしてやらねばならない。

 となると、今ここで冒険者にダンジョンを攻略されるわけにはいかない。

 新人君が設置した『デュランダル』のおかげで破竹の勢いで進む冒険者のパーティは、4人編成。

 私は54階層に繋がる階段前の、53階層のボス部屋で、彼らの前に立ちふさがる。


「さて、仕事するとしようかな」

「ボスモンスターだ!」


 私はモンスターであり、冒険者は人間である。

 だから彼ら人間の言葉が私にはわからない。

 けれど私を示して言ったので、おおかた私のことをボスモンスターだとかなんとか言っているのだろうということはなんとなく理解した。


 ところでモンスターである私だが、体の大きさは人間の男よりも少し大きい程度でしかなく、それも身長が高いだけの細身なので、強そうには見えない。

 実際、私の仕事は戦闘力を求められないのでぜんぜん強くはない。

 どんなにがんばったところで1階層のエリアボスくらいの戦闘力だと思う。

 けれどアイテム設置課課長の私にはアイテムがある。

 本来なら90階層の宝箱に設置するアイテムだが、私はそれらを2点、拝借してきた。

 90階層クラスのモンスターの攻撃を退く盾、それに強力な雷撃を放つ魔法の杖だ。


 4人組の冒険者は、スキルで私のステータスを計っている様子だ。

 どれどれ、どんな反応をするかな。

 楽しみに観察していると、彼らの表情が瞬く間に驚きに変化した。

 きっと彼らには、最強クラスの盾と魔法の杖で戦闘力の数字がはるかに向上した、50階層代のボスとは桁違いのステータスが見えたに違いない。

 かわいそうに。


 今の私なら間違いなく彼らに勝てるだろう。

 しかし私に戦う気はなかった。

 このボス部屋に冒険者たちが入った時点で、退路を断って閉じ込めたはしたが、救済措置として転移アイテムを使用できるようにしてある。

 そしてこのボス部屋の直前にはしっかりと、転移アイテムを宝箱に入れて設置しておいた。

 つまりこれは強制負けイベントであり、エスケープするのが正解なのだ。

 ただし戦闘中に使えるその転移アイテムは、戦闘から離脱できる代わりにアイテムを一つロスト、その場に置き去りにしてしまう。

 本来はこのロストするアイテムはランダムなのだが、私はあらかじめ転移アイテムに手を加えておき、彼らが転移アイテムを使えば『デュランダル』を必ずロストするように仕組んでおいた。


 さあ、逃げるんだ冒険者たち。

 キミたちはまだ若く、逃げることは負けではないぞ。

 そしてその『デュランダル』は私に返してもらおうか。

 部下の尻拭いのために。


「……くっ、なんて強さなんだ。だけど……だけど俺はこんなところで逃げ出すわけにはいかないんだ。……ティファナのために!!」


 んー、なにを言ってるのかはわからないけれど、たぶんなにかしら自分たちを熱く鼓舞するような言葉なのだろう。

 4人の中でもリーダー格らしい、『デュランダル』をかまえたオスの人間が私に斬りかかって来ると、残りの3人はそれをサポートする体勢に入った。


 私は初めこそ、彼らに逃げることを仕向けるように戦おうとしていたが、『デュランダル』の威力はすさまじく、リーダー格のオスは『デュランダル』を振り回して近くの岩を易々と叩き割った。

『デュランダル』の攻撃を受け止められる盾を装備しているとはいえ、元のステータスが弱い私にとっては、盾で防ぎきれなかった『デュランダル』が体をかすめればシャレにならないダメージが入って死ぬ。

 だから冒険者たちのあまりの猛攻に焦った私は、うっかり魔法の杖で雷撃を放ち、冒険者たちを4人とも、一瞬で黒こげにしてしまった。


「……あー、やってしまった」


 人間の肉が黒く焦げた臭いが、辺りに充満し始める。


「早く死体処理の手配をしないと」


 血塗れだったり腐臭のするダンジョンなんて、冒険者から人気がなくなってしまう。

 だからダンジョンでは日常的に誰かが死ぬけれど、人間やモンスターの死体を転がしておくことはない。

 専門の清掃員モンスターに頼めば、跡形もなくきれいに処理してくれるのだ。

 私は結局、焦げた冒険者の死体がきれいに片づけられるまで見届け、モンスター清掃員のみなさんにお礼を告げてからようやく退勤した。



 ▼▼



「――で、お前が出張って新人の代わりに処理してきたってことか。ご苦労なことだね」


 仕事終わり、同じダンジョンの同期モンスターと帰途をともにする私は、まっすぐ自宅に向かうなんて野暮なことはせず、当然のごとく飲み屋街に寄り道していた。


「いやいや、これもモンスター配置課のスーちゃんが融通を利かせてくれたおかげだよ」


 スーちゃんは私の二十年来の親友である。

 私が飲みに行くときは、たいていこのスーちゃんが一緒だ。


「んなもん、そのミスした新人モンスターにやらせておけばいいのに」

「しかたないだろ。俺にも立場ってものがあるんだよ」

「新入社員モンスターが、気が付いたらモンスター新入社員になってるなんて、この業界も変わったもんだよな」

「お、うまいこと言うね」

「まあ本当なら『デュランダル』を取り戻すなんて危ない仕事、アイテム設置課のお前じゃなくって、戦闘員モンスターにやらせればよかったんだろうけど、80階層以上の戦闘力を持った冒険者の対応ができるモンスターがどうしてもつかまらなかったんだ。悪いな」

「いやいや、手配してくれただけでも助かったよ。スーちゃんには感謝してる。今日は俺がおごるからさ」

「おっ、それじゃあお言葉に甘えて、うまいもんでも食いに行くとするかな」

「……言っておくが、高い店は無理だぞ?」

「わかってるって。お前の小遣いでも行けるオススメの店があるんだよ」


 スーちゃんが私を連れて向かったのは、路地の奥にあるひっそりとしたお店。

 のれんをくぐって店内に入ると、つるっぱげの頭をしたモンスターである大将が、人のよさそうな笑顔を向けてくる。


「らっしゃい!」

「大将、いいネタ入ってる?」

「もちろんですよ」


 ほら、と大将が示したのはカウンターと厨房の間にある、寿司屋ならネタケースが置いてある場所。

 そこにはなんと、人間がまな板の上に裸で横たわっているではないか。


「ここって、もしかして……?」

「人間料理屋だよ。……あれ、お前もしかして人間食べたことないの?」

「いやぁ……どうも食わず嫌いでさ。ほら、日々仕事で冒険者の相手してると……どうしてもね、抵抗が……」

「なに言ってんだよもったいない。戦闘員モンスターのやつらなんて、生きた人間を味わいたいがためににその仕事してるのもいるってのに。あいつら戦いながらつまみ食いするんだぞ?」

「それはすごいね……」


 まあ私だって、人間が生理的にダメだというわけではない。

 ここはひとつ、スーちゃんの提案に乗っかって挑戦してみようか。

 店内にはテーブル席もあったが、私たちはカウンター席に並んで腰掛ける。


「ここの人肉は生きたまま仕入れてるから新鮮で、生でも食えるんだ」

「へぇ。まあ注文はスーちゃんに任せるよ」


 お冷とおしぼりを持ってきたのは女将さんだった。


「なんにいたします?」

「とりえずビールと、あと人間の指ね。生で」

「はい」


 スーちゃんが注文すると、大将がまな板に横たわる人間に手を伸ばした。

 私たちの目の前に横たわっているこの人間は……メスだろうか。

 生きてはいるが、首と胸と手首と足首をまな板に革のベルトで拘束されて動けないでいる。口にもタオルが噛まされていた。


「んー! んんー!!」

「今日のは一段と活きがいいね、大将」

「先日ダンジョンで獲れたばかりですからね」


 大将は、人間の手首にヒモをキュッと結んで血の流れを止めると、人間の人差し指をつかんで、手の甲のがわへと一気に反らせた。

 曲がらない方向に無理やり曲げられた人間の指は、パキンと乾いた音がしてたやすく骨が折れる。


「ッッ゛――――――!?」


 大将は折った指を今度はくるくるとひねって皮膚を伸ばし、最後は剪定バサミのようなハサミで、皮膚や筋をバチンと断ち切った。


「ン゛――――――――――――――ッッッ!?」


 口をふさがれている人間が、こもった悲鳴をあげる。

 痛みから逃げ出そうと暴れて、体を拘束する革のベルトからはギチギチと音がしていた。


「な? 人間の肉を売りにしているだけあって、鮮度が違うだろ?」


 スーちゃんは自慢げに言った。

 私たちの座るカウンターの席には、新鮮な血の香りがほんのりと漂ってきた。

 女将さんがビールを持ってきて、私たちがお通しの枝豆をつまみながら一杯やっている間に、大将は手際よく片手の指を5本、すべてちょん切ってしまう。

 そしてさらに反対側の手の指もすべてちょん切ると、合計10本の人間の指を皿に乗っけて、私たちの目の前に提供する。


「へい、お待ち」

「これこれ」


 スーちゃんはためらいなく人間の指を手に取って、ぺりっと爪をはがしてから口に運ぶ。

 あれは人差し指かな。

 中に残った血をチューっと吸い出してから、口の中でしゃぶるように皮膚や肉を骨からはがしつつ味わって、最後に骨だけをぺっと吐き出した。


「器用に食べるもんだね」

「なにボーっと見てんだよ。俺が食ってるところを見ててどうすんだ? ほら、お前も食えよ」


 スーちゃんに言われ、私も指を一本つまみあげる。

 こいつは……たぶん小指かな。

 また温かく、そして柔らかい。

 スーちゃんにならい爪をはがすと、私は恐る恐る人間の指を口の中に入れて、スーちゃんの見よう見まねで食べ始めた。

 ぶにぶにっとした舌触りが、なんとも言えない不安を感じさせる。

 ……ん。

 うん……。

 おお、なるほどなるほど。

 見た目は少しグロテスクだが、これがなかなかどうして、うまいではないか。


「いけるなコレ」

「だろう?」


 正直、指なので肉の部分は少ないので、おかずというよりはツマミだな。

 ゴムのような皮膚を噛み締めつつ、血液の塩味をビールを飲んでさっぱりさせると、続けてもう1本つまみたくなる。


「大将、次は足首の煮込みと、タン塩ともも肉を炭火焼でちょうだい」

「へい」


 スーちゃんの注文を受けながら、大将は指を切り取ったばかりの人間の手を、焼きごてのような道具で焼いて止血していた。

 まだシメずに生かしておくらしい。

 注文の品を待ちながら、私はふと思い出した話をスーちゃんにした。


「そういえばさ、大学同期の眼鏡君、覚えてるか?」

「ああ。海中ダンジョンに就職したあいつだろ?」

「転職したんだって。脱サラしてフリーの戦闘員モンスターやるために。すごいよね、この歳でフリーなんて。俺には真似できないな……」

「ああ違うよ。あいつリストラされたんだよ」

「うそっ、リストラ!?」

「ホントホント。あいつの務めてたダンジョン、海中にあるから交通の便が悪くて、昔から冒険者に人気なかっただろ? この不況で一気に業績傾いて、ついに大規模な人員削減だよ」

「バカだね……働き手のモンスターを削ったら、ますます冒険者が来なくなるだろうに」

「お偉いさんには関係ないんだよ。自分たちが役員でいる間の報酬が削られなきゃそれでいいんだよ」

「眼鏡君のところって、奥さんは確か高齢出産だったよな? 子供もまだ幼いだろうに大変だな……」

「でもまあ、あいつは案外フリーの方が性に合ってるのかもな。会社に尽くすってガラじゃ元々なかったし、俺たち同期の中でも一番優秀だったから。戦闘員モンスターなら実力があれば俺たちより稼げるらしいしな」


 女将さんは炭火の入った七輪を私とスーちゃんの前に置く。

 そして皿に乗った2種類の生肉と、大根と一緒に人間の足首がトロトロに煮込まれた醤油ベースの煮込みも持ってきてくれた。

 スーちゃんが七輪でタン塩を焼き始めるが、これも当然ながら人肉である。

 ジューッと肉が焼け始めると、厨房の奥から、大将とは別の若い板前さんが顔を出した。


「大将、片脚、新しいのお願いします」

「はいよ」


 大将は人間が横たわるまな板の上に吊るされた器具に手を伸ばす。

 私たちが指を食べたあの人間のメスの、右脚のつけ根のところにレールが二本降りてきた。

 レールの上には高温に熱せられた、包丁よりもはるかに大振りの刃物が備わっている。

 これ、どこかで見たことがあるぞ……。


 ああっ、ギロチンだ。


 でも、本来なら罪人の首を切り落とすギロチンがなぜここに……。

 そんな疑問は、ギロチンの用途を考えれば一瞬で解決した。

 すでに手の指がすべてなくなったメスの人間も、自分が今からなにをされるか理解しているのだろう、口が使えないのでイヤイヤと首を振るが、大将は気にも留めない。

 大将が刃を支えていた留め具を外すと、レールに沿って刃が落下する。

 ストン、と、刃は自重だけであっさり人間のメスの右脚を切断してしまう。


「ッ――――――――――――――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 人間の口をふさいでいたタオルが外れて、店内に活きのいい大きな悲鳴が響き渡る。


「おっとイケねぇ」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……もうヤダ……止めて……」


 ガタガタと震える人間に、大将は改めてタオルを噛ませて口をふさぐと、ギロチンの刃を上に戻す。

 刃は即座に肉が焼けるほど高温で、タン塩を焼いていた七輪とは別に、ギロチンに切断された人間のメスの足のつけ根からも、肉の焼ける香ばしい匂いがしていた。

 焼かれた傷口は、すでに血が止まっている。

 血を流させ過ぎないようにして鮮度を保つ工夫なのだろう。

 切り落としたばかりの右脚は厨房の奥に運ばれた。若い板前さんがさばくらしい。

 スーちゃんが焼けたタン塩をススメてくれたので、私はそれをいただく。

 人タンは牛タンよりも歯ごたえが弱かったが、味はこれもおいしいものであった。

 スーちゃんはもも肉を焼きながら私に問いかける。


「子供っていえば、お前のところはどうなんだ? 上の子は高校生だろ?」

「いやいや、息子は今年から大学生だよ」

「もう大学生か。そうかそうか」

「志望校に受かって、今は家を出てひとり暮らししてるよ」

「親の目の届かないところで悪さする気だな」

「息子は心配ないよ。俺と一緒で根が真面目だからね。ただ娘の方が……高校生になってからさっぱり口を利いてくれなくなって、ご飯を食べてるときもスマホをいじってるし、同じ家にいても会話はないんだよ」

「そんなの一発ガツンと言ってやればいいだろ。お前に飯食わしてやってんのは俺なんだぞ! って」

「無理だよ。家出でもされたらどうする? ネットで知り合った男の家とかに転がり込んでさ……」

「心配し過ぎだって。お前の娘ならそんな馬鹿なことしないよ。まあ俺は、逆に家出少女を保護してみたいけどな」

「おいおい……娘と同じ年ごろの女の子だぞ?」

「でも娘じゃないんだろう? 一回くらいヤってみたっていいだろ」

「スーちゃんは娘がいないからそんなこと言えるんだよ。未成年とセックスなんて……」

「売春じゃなければセックスだって禁止されてないだろ。先人の時代は10代で妊娠なんて当たり前だったんだし。医療が発達して寿命は延びたが、それって勃起しない期間が伸びただけだろ? 生理がある健康な若いメスにオスが欲情するのは当たり前のことなんだし、俺は一度っきりの人生、遊べるうちに遊べるだけ遊びたいの」

「……スーちゃん、嫁さんに怒られるぞ?」

「だからこんなところでお前に話してるんだろ。なんだったら、このあと風俗でも行くか?」

「行かないよ」

「ノリ悪いな」

「ノリで風俗に行けるほど俺は無謀じゃないんだよ」

「じゃあ代わりにあれ飲もう。人間の血のワイン。処女の血を発酵させたってやつ」

「下品な話から、なんだか低俗な調理法が聞こえてきた気がするんだけど……?」

「そんなことないって。人間の血は処女が一番芳醇でうまいんだから。こう、処女の膣から長い針を入れて子宮を出血させてだな――」


 説明しようとしながら、スーちゃんは残っていた人間の指を食べた。

 口に入れてすぐにガリっと音がして、スーちゃんの表情がくもる。


「んっ? なんだこれ……」


 ペッとスーちゃんが人間の指と一緒に吐き出したのは、指輪だった。

 口に入れる前は血にまみれてわからなかったが、スーちゃんが食べた薬指の根元に指輪がついていたらしい。


「おいおい大将……ちょっとこれ、下処理不足だよ?」

「……え? あ!? 申し訳ありません!」


 スーちゃんが吐き出した指輪には、よく見ると内側に人間の文字が書いてあった。

 人間の言葉はわからないが、文字なら私も少しだけ読める。

 ダンジョン内部では看板に人間に向けたヒントを書いたりするからだ。

 この文字はなんだっただろうか。

 どうも名前らしいが……。


「ティ……ティファ……ナ?」

「はいこれ。大将、こんなの俺じゃなかったら許してないよ?」

「すんません。今日はその分、サービスさせてもらいます」


 どこかで聞いたことのある名前だったような気もしたが、しっかり思い出す前に私の手からスーちゃんが指輪をひょいと手に取って、大将に渡してしまう。


「ったく……まあ飲み直して忘れるか。今日はお前のおごりなんだし、たらふく飲んでやる」

「おいおい、ちょっとは手加減してくれよ?」


 まあ、人間の名前なんてどうでもいいか。

 食べてしまうだけの人間の個人名など、モンスターの私には興味のないことだ。



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