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神秘のエルデ  作者: 寝起き
5/9

修行〜アイト編〜

ガツンッ!ガツンッ!

早朝の『夜泣きの森』に木刀がぶつかり合う音が響き渡る。


「オラどうしたガキ!テメエ成長しねえな!そんな蚊が停まる様な攻撃じゃ何万回振り回そうと俺様に擦りもしねえって何度言ったら分かんだ!!」

「分かってるよ!!クソッ、今に見てろよ…」


グラントはアイトの剣撃を易々と受け流し激を飛ばす。

アイトの修行は翌日直ぐに始まった。

グラントの修行法は至ってシンプル。

日が落ちるまでひたすら木刀を用いて殴り合う、唯それだけだった。

それなのに、いやそれ故に修行は過酷を極めた。

アイトは盾と木刀を用い、グラントはアイトより長い木刀を使用した。

当然の事であるが、グラントとアイトの間にはとても大きな実力の差が有る。

圧倒的に差の有る相手と一日中殴り合わされるのだ、アイトの剣は常に空をかすめ、グラントの剣はアイトの防御をすり抜け身体に叩き込まれる。

修行を始め1週間が経過したが、未だ擦った事すら無い。


「クソッ!こりなりゃ一か八かに賭けるか…」


ノイドは守りや回避を無視した攻撃に出た。

相打ちを狙った捨身の特攻である。

アイトは渾身の力を込めて前に飛び出し、剣を振り下ろした。

しかしグラントの剣に容易にかち上げられ、剣は手から弾き飛ばされ宙を舞った。

そして無防備になったアイトの眉間にグラントの無慈悲な一撃が叩き込まれ、アイトは膝から崩れ落ちた。


「ボサッとしてねえで起きろ!!こんなんじゃ物に成るまで100年有ってもたんねぇぞ!!」


グラントは井戸から水を汲んで来て、アイトの顔にぶちまけた。

井戸水の冷たさと衝撃に驚きアイトが飛び起きる。


「いでで…駄目だ、差が埋まっている気が全然しねえ」

「考え無しの特攻わ意味無いって何度言ったらわかるんだ?相討ち覚悟なんなら確実に相打ち出来るように相手を誘導するなり、意表を突くかしろつっただろ!!」

「やってるけどオッサンが引っかかってくれねえんじゃねえか!!」

「お前の誘導があからさま過ぎるからだ馬鹿が!もっと自然に、通常の攻撃の中にそれと無く忍ばせるんだよ!」

「クソッ!もう一回だ!!」

「…威勢だけは良いな」


再び打ち合いが始まった。

アイトは今回作戦を立てた。

ある程度打ち合った後、攻めを加速させ自分が此処で決めに来ていると思い込ませる。

そして、敢えて隙を見せる。

すると確実に剣を大振りし吹き飛ばして体勢を崩しに来る。

そのタイミングで後方に飛び退き、僅かでもグラントの体勢を崩させた状態で特攻して相討ちに持ち込むつもりだ。


「うおぉぉぉ!くらいやがれぇ!!」


アイトは作戦通り攻めを加速させる。

そして少し大きく振りかぶる。

するとやはりグラントは攻撃に転じ、前傾姿勢になる。

薙ぎ払いの構えだ。


「待ってたぜ!その動きをな!」


アイトは空かさず後方に飛び退き回避に移る。

完全に理想通りの形となった。

後は相討ちに持ち込むだけ…


「甘いわガキが!!」


グラントは地面が揺れる程の力で地面を蹴り、アイトに向かって突進してきた。

しかも、アイトが飛び退くのと殆ど同時に。

結果充分な距離を取る事も出来ずグラントの剣撃は綺麗にアイトに直撃した。

完全に行動を読まれていたのである。



「何で俺が後方に飛ぶって分かったんだよ……」

「先程の特攻に比べて体重を後ろに残しておった。つまり本腰を入れての攻撃では無いと容易に判断出来る。良いか、奇策という物は上手く相手を嵌められれば相手を窮地に陥れられる。しかし、逆に奇策が見破られた時に窮地に陥いれられるのはお前の方だ。この程度の奇策なんざある程度腕の立つ者なら容易に看板されるぞ」


結局日が沈むまで粘ったがグラントに擦る事も無かった。

翌日もその翌日もグラントとの打ち合いは続いた。


ガツン!!


「良いか!!敵も馬鹿じゃねえ、適当に剣振り回してても絶対に致命傷をあたえられねえ。致命傷を与えられるのは、相手の体力を削り切り大きな隙が生まれた時、不意打ちで相手に反応する隙を与えなかった時、

相手の意表をを突き隙を生み出した時、相手の行動を読み切りカウンターを叩き込んだ時だ!これが出来ねえと余程の格下とじゃ無ければ仕留めるのは不可能だ。戦いってのは自分の命を刈られる前に、相手の命を刈るって事だ。つまり致命傷を与えるのがゴールだ。常にゴールを見据えて剣を振るえ!」

「はっ…はい!」


ドガッ!!


「おいガキ!いい加減剣の腕じゃ俺に勝てないって分かっただろ!剣の腕で勝負するんじゃねえ!その他の技術で剣の差を埋めるんだよ!それが格上との戦い方だ。盾の使い方を工夫しろ!剣による攻撃に拘らず体術も取り入れろ!砂や石、唾などを用いて相手の隙を作れ!見た目に拘ってる場合じゃねえ!ありとあらゆる手を使って相手を出し抜け!」

「あっ………あい…」


ガンッ!!


「てめえ盾の使い方がまるでなってねえ!ただ敵の攻撃を防いでいるだけじゃ意味ねえんだよ!そんなもん自分が死ぬまでの時間を数十秒伸ばしているだけだ!敵を倒す為に盾を使え。相手の出方に応じて対応を変えろ!正面から受け止めるのか、威力をいなして受け流すのかを見極めるんだ!自分の身を守る為の盾じゃあ無い!攻撃の為の盾だ!!」

「……………ふぁい………」


次第にアイトはフラフラと足元が覚束なくなり、そのまま倒れてしまった。

余りに過酷な修行による疲労がピークに達し意識が飛んでしまったのだ。


「ふん、ここまでが限界か。貧弱な奴め…おいピリル!!コイツのテントまで運んでやれ!!」


グラントは大声でピリルを呼んだ。

此処は洞窟からある程度離れた場所、洞窟にいるはずのピリルに声が届くはずが無い。

しかし、近くにあった木が揺れその中からピリルが飛び降りて来た。

「…見ていたのを気づいていたのか?」

「ふん!それで俺様の目を誤魔化せると思っていたら大間違いだな。それにしても戦い方がまるでなってねえなあ…俺がこんくらいの年の時とは大違いだぜ。何と言っても反応速度が遅すぎる。未だ頭で考えてから行動してやがる。脊髄反射で剣が振れる様になるまでまだまだ掛かりそうだ」

「ふむ……僕には剣の事はさっぱりだな。じゃあ連れて行くぞ」


ピリルがアイトを背負い連れて行こうとした時。


「待て、マンドラゴラの根とライデンナマズが食糧庫に置いてある。…起きたら食わせてやれ。少しは体力が戻る筈だ」

「そうか」


ピリルは軽く受け流しアイトを背負いテントに連れて行こうとした。

しかしグラントの言葉が引っ掛かった。

食料庫の食材を持って行け?あのグラントが!?


「…俺が食糧庫の食材をあいつ達に運んでいた事も知っていたのか!?」

「勘違いするな。ソイツには俺の手紙を届けて貰わなくちゃならねえんだよ。へばってもらっちゃ俺が困るんだよ」

「ふむ、お前にそんな良心が残っていたとはな」

「だから違うって言ってんだろ!!早く行け!!」


ピリルはアイトを背負い小走りで走って逃げ出した。

しかしあのグラントが自分の食糧を人に分け与え、更にはわざわざ滋養強壮に効く食材を取ってくるとは…

ピリルは失礼だがグラントに人並みの心があった事に驚いた。



「ん?…此処だ?」

「お前のテントの中だ。疲れ過ぎて倒れたんだ、僕が此処まで運んでやった」

「そっか迷惑掛けたなピリル。ははっ…俺最近気絶してばっかりだな…情けねえ……」


アイトの乾いた笑いがテントの中で響く。

アイトは気持ちだけが先走り、結果が結びつか無い自分の無力さにうなだれた。

村に居た頃は自警団の大人を倒し、やれ剣の天才だ、兄に次ぐ実力者だなどともてはやされていたが、実際に外の世界に出てみれば何の力も無いガキだった。

現にこの1週間毎日日が昇ってから沈むまでグラントと打ち合っているがか倒すどころか擦る事すら出来ていない。

本当に情け無くて涙が溢れた。


「…まあ、僕には剣の事は良く分からないが、修行を始めた頃より良くなっている様な気はするぞ…少しずつ強くなれば良いんじゃないか?」


ピリルならに気遣っているのだろう。

その優しさが心に滲みた。


「少しずつじゃ駄目なんだ。このままじゃ何年かかるか…俺達には時間が無いんだ。このままじゃノイドに置いて行かれちまうッ……」

「しかしな…実際問題お前は既に疲労で倒れるまでやってる訳だしな…」

「何か…何か俺に抜けてる大きな物がある筈何だ。それが何か分かれば…」

「抜けてる物…そう言えば先程グラントが何か言ってたな。確か脊髄反射で剣を振れる様とか何とか…」

「脊髄反射?あのオッサンが確かなそう言ったのか?」

「あぁ、確かそう言ったはずだ」

「そうか…」


アイトは何かを変えるべきなのかもしれないと思っていた。

グラントとの打ち合いで基礎体力も増えて、戦いの知識も増えた。

しかし、力を注がなくてはならない別の物が有る気がした。


「まあ今はしっかり休んで体力付ける時だ。人間は飯を食わないと体力が回復しないんだろ?グラントが体力が付く食材をくれたから鍋にしよう」


ピリルはアイトもノイドに料理を教えてもらい、今では2人以上の料理の腕前を誇っていた。


「くれたってあの人が?何で?」

「分からん。もしかすると、お前は相当気に入られてるんじゃないか?しかも、僕が食糧庫から食材を運び出しているのにも気付いていたらしいしな。」

「あのオッサンが俺を気に入ってる?その割にはめちゃくちゃに殴ってくるし、めちゃくちゃ怒鳴られるけどな…」

「さあな、あいつの真意はわからん。ほら、出来たぞ」


鍋が完成した様だ。

蓋が取られた鍋からもくもくと湯気が立ち上りそれに乗って魚や、野菜の出汁が詰まった鍋の香りが鼻腔を刺激し、無限に涎を湧き上がらせる。

一日の修行で空になっていた胃袋が早く鍋をかき込めと喚き散らかしグウゥゥゥという腹の音が響く。


「これを俺の為にわざわざ取って来てくれたのか。……俺これからもあの人の修行について行こう。やっぱなんだかんだ言って良い人なんだなぁ…」


そう言いながらアイトは油の乗ったライデンナマズの身を頬張る。

擦り下ろしたマンドラゴラがナマズの身の臭みを消して脂の旨味か口いっぱいに広まった。


「うめえぇぇぇぇ!!」


ノイドは1人で鍋一つ分を平らげた。

ノイドは修行に行ったっきり暫く帰っていない。

ダラムも食事の時間でさえ現れていないようなので2人も何処かで修行しているのだろう。


「ノイド今頃何してんのかな…アイツは俺と違って頭良いし、何でもこなせるからなぁ。それに比べて俺は……剣の腕前は全然上がらないし、体力もまだまだ、盾の使い方もフェイントもダメダメだ…」

「…アイト、同じかは分からないが少し自分語りをさせてくれ。僕には元々掃除や、料理の機能は持ち合わせていなかった。しかし、グラントに此処に置いて貰える条件として家事をやれと言われたんだ。僕の手は今程器用に動かせなかったし、力も強すぎて制御出来なくて家事をこなす為の課題が山積みだった。最初は課題を全て一度に解決しようとしたけど上手くいかなかった。そこで一つの課題に集中する事にしたんだ。最初は力のコントロール、次は細かい作業の練習といった具合にだ。確かに時間は掛かったが一番確実な方法だった。…何が言いたいのかと言うと、もし課題が山積みなら一つに集中してみるのはどうだ?全ての課題を一度に解決しようとするのは欲張りが過ぎると思うな」


アイトはピリルの言葉を頭の中で噛み締めた。


「一つに絞るか…そうだな俺も試してみるか。その為にもしっかりと寝て体力付けないとな!」

「そうだな僕は帰るよ。またな」

「おう!バイバイ!それと、おやすみ」

「おやすみ」


ピリルはそう言って帰っていった。

アイトはすぐに布団に潜り込んだ。

すると直ぐに強烈な睡魔が襲って来て眠りに引きずり込まれてしまった。



翌朝


「うおおお!!」


アイトが叫びながらグラントに突撃する。

しかし簡単にグラントにいなされて体勢が崩れて出来た隙にグラントの剣撃が叩き込まれる。


「又考え無しの突撃か?それじゃ俺には届かないっていつになったら分かる?」

「まだまだぁ!!」


アイトはふらふらと立ち上がり再び剣を構えた。

再びアイトは突撃する。

先程と同じ様に真っ直ぐに。

グラントが今度は正面から受け止めて力で押し返そうとした。

しかしグラントは異変に気付いた。

剣を受けたときグラントは少し押し込まれた。

しかし、その馬鹿力は一瞬だけで直ぐに力はグラントが優勢に成りアイトは押し戻され体勢を崩し再び眉間を打たれた。


(一瞬だがこのガキとてつも無い力が出ているのか!??)

「まだだぁ!!」


アイトは又ふらふらと立ち上がる。

アイトはピリルの助言を受け難しく考えるのをやめてグラントに一撃を叩き込む事に全集中力を費やした。

唯その頃だけを考え、集中が最大限化した瞬間を逃さず切り込んだ。

すると何故か身体が自分の意識を離れ吸い込まれる様にグラントに向かって打ち込んでいた。

その感覚は一瞬であったがこの感覚を忘れてはならない気がした。

しかし、その後なかなか同じ様な動きが出来る事は無くグラントに良い様に転がされ続けた。

そして日没が次第に近づき今日最後の打ち合いとなった。

アイトはボロボロで疲労から意識が朦朧としていた。

しかし、最後に何か掴み取ろうとする意識が激しく心の中で燃え滾っていた。


「ふっ、ふっ、ふっ……すー…ふっ…」

「今日はこれで最後だ。最後に先程の馬鹿力を出してみろ!!」

「すーーっ……すー」


アイトは今日何度も繰り返した構えをとる。

最早動きは考える間でもなく、身体に染み付いていた。

既に自分が何を行なっているのか思い出せない。

有るのはグラントに一撃叩き込みたいという意思のみ。

振りかぶり右脚に力を込める。

しかし、その瞬間疲労からアイトの意識は飛ぶ。

だが身体はその何百回と繰り返した動きを実行に移す。

脳が停止してストッパーが外れる。

意識の呪縛から解き放たれた身体は弾丸となりグラントに最高の斬撃を叩き込む。

グラントはそれを正面から受け止め木刀が交差する。

ダンッッ!!という爆発音にも似た音を上げてグラントの木刀がへし折れた。

そしてアイトの木刀はそのままグラントの頭頂部に吸い込まれ、グラントの鼻から血が吹き出る。


「ブフゥッ!」


グラントはふらふらとよろけていたが何とか踏み止まった。

一方のアイトはその瞬間意識を取り戻した。


「へ!?当たった?当たったぞ!とうとう当てたんだ!!どうだオッサン参ったか!!」

「ちょっ…調子に…乗るなあ!!偶々俺の木刀が折れただけだ!!偶然だ!偶然!!今日の修行は此処までだ!!明日覚えてろよ!!」


そう言いながらグラントはフラフラの足取りで帰っていった。

アイトも忘れていた疲労感が帰って来て全身に力が入らなくなりフラフラにならながら家路に着いた。

テントまで帰る道のりがとても辛く、延々と続く様な錯覚に陥ってしまう程だった。



次の日から修行はより過酷になった。

グラントが手加減をやめ少し本気を出し始めたのだ。

どうやら一撃入れられたのが気に触ったらしい。


「どうした!一撃だけの馬鹿力じゃあ実戦では通用せんぞ!!」


アイトは昨日グラントの木刀を叩き割った一撃を2回に1度出せるレベルに達した。

しかし、グラントの言う通り一瞬だけの馬鹿力では勝負を決める事は出来ず、グラントと数太刀交えた後倒れているのは決まってアイトの方だった。

倒れているアイトに向かってグラントが言った。


「良いか、お前の馬鹿力の正体は無意識の領域と言われている物だ。人間ってのは脳みそで考えて行動していてもその力を殆ど発揮する事は出来ない。人間の真の力を発揮するには無意識の領域に達して身体を動かす必要がある。お前は今一瞬だけその領域に足を踏み込める状態だ。それを実戦で使うにはその状態を長時間維持する必要がある」

「それってのは、この打ち合いを何日も続ければ身につく物なのか?」

「可能性は有るが効率が悪いのも事実だ」

「じゃあ何で何日もこの修行に費やしたんだよ!無駄じゃねーか!!」

「無駄な訳あるか!!そもそもこの修行はお前の才能が何処に向いているのか見極める為の物だ。この世界に人間程個体差が激しい生き物は存在しねえ。世の中にはどんなに無意識の領域の修行を行おうと一行に到達できない奴もいるんだよ。お前の才能が偶々それだっただけで、他にも五感が恐ろしく鋭い奴や異常な程身体が頑丈な奴もいる。そいつの才能に合った修行を行うのが大切なんだよ!!分かったかクソガキ!!」

「ウッ、ウッス…それじゃあ次はなにするんだ?」

「…一先ず付いて来い」


グラントはいつもの修行場所を離れて森の中に入って行った。


「前から思ってたんだけど。オッサンやダラム爺さんとかって何で森の中を地図も無しに目的地に向かって歩けるんだ?」

「ダラムの野郎の事は分からんが、俺は『森の声』を聞く事が出来る。それに従っていれば森の中で迷う事は無い。お前もこの修行が終わった後には聞こえる様になってるはずだ」

「『森の声』ってなに?」

「う〜む…口で説明するのは難しい…体験してみ無い事には理解できん。無意識の領域と同じだ、感覚でしか捉える事が出来ない」

「無意識の領域と同じ感じか…」


それなら確かに言葉で表すのは難しそうだ。

どうやらそれもこの修行で聞こえる様になるらしい。

しばらく歩くと開けた場所に出た。

其処は木が少ないので日差しがよく指し込み、その代わり色とりどりの花が咲き乱れていた。

其処には滝がありその水が川となって流れキラキラ輝いていた。


「此処は?」

「次の修行場所だ。お前には此処で滝に打たれてひたすら無意識の領域を維持する修行を行なって貰う。当然此処で暫く生活してもらう事になる」

「此処で生活?生活に必要な物何も持って来て無いんだけど」

「あそこに俺の昔使ってたテントがある、其処で寝ろ。食料はこの周辺は木の実が大量になるしその川では魚も多くいる。罠が置いてあるから一日沈めておけば食料には困らない。とにかく無意識の領域を維持する事に全力を注げ。俺は偶に見に来る。変な物が見えたら教えろ」


そう言うとグラントは来た道を戻って行った。


「よし!取り敢えずやってみるか」


アイトは服を脱ぎ、下半身の下着だけになって滝に打たれた。

身体に滝の圧を受ける。

外界の全てが自分にのし掛かっている様だ。

自然をとても身近に感じる。

この場所は来た時から他とは違う感じがしていた。

何と言うか….生命に溢れている気がする。

花や木、飛んでいる虫や水に至るまでが活き活きしているのだ。

アイトは静かに無意識の領域に潜る。

この領域に至るのは深い海に潜るのににている。

身体の重さを忘れ身体と外界の境が曖昧になる。

潜ると息苦しくなり、身体に負担がかかるのだ。

しかも脳で未だ処理されていない膨大な量の情報が流れ込んでくる。

打ち合いのときは10秒も持たない。

しかし潜る事のみに集中すれば1分は持つ。

その日は潜水と浮上を繰り返して1日は終わった。



翌日、又その翌日と同じ修行を繰り返した。

少しずつ無意識の領域に居られる時間が長くなっていった。

今では10分間程度居られる様になった。

その日は一段と花の匂いを強く感じ、風が心地よく、温かな日差しが辺りを包んでいた。

無意識への潜水を始める。

今回はスッと入る事が出来た。

いつもより身体への負担が少なく感じ余り苦しくなかった。

どんどん潜っていく、最早潜ると言うより落ちて行く感覚である。

世界からの状態がスムーズに入ってくる。

目を開けていないのに正確に周囲を感知する事が出来る。

空気の流れが感じられる、一つ一つの花の匂いを識別する事が出来る、温かな日差しに喜ぶ花の気持ちを感じる事が出来る。

しかし次第に負担は大きくなり、苦しくなってくる。

しかしアイトは潜る。

既に未まで潜った事の無い領域に達している。

もう少し潜れば何か掴める気がする。

だが負担はどんどん増していく。

無意識の領域が身体を押しつぶそうとしていた。

その時、アイトは不思議な物を感知した。

弱い風の音に似ている。

しかしその何かからは確実に意識の様な物を感じた。

感情を持っている。

この感情は…喜び?

その時とうとう負担がマックスに達する。

アイトは急浮上する。

身体に体重が戻ってくる。

特に大した運動はしていないがとてつもない疲労感だった。

頭がズキズキと痛む。

しかしその痛みには何処か違和感があった。

今まで感じた事が無い痛み。

脳に新たな器官が追加された様な。

確実に自分の何かが変わった。

しかし、何が変わったのかは明確には分からない。

アイトはこの疲労がちょとやそっとの休憩では取れないと判断し滝から上がった。

川に仕掛けていた罠をあげる。

中には4匹の大小の魚が掛かっていた。

種類は分からないがどれも美味だ。

アイトは1人魚を焼きその身を頬張った。

此処はいつも通り静かに、時間が流れていく。

しかし何故かいつもより騒がしい気がする。

誰かが小声で喋っている気がする。

人も、魔物も何も居ない筈なのだが…



翌日から潜れる深さも、潜れる時間も格段に伸びた。

ほぼ毎回30分以上潜っていられる様になった。

それに伴って周囲に謎の存在感を感じたり、声の様な何かが聞こえる事が多くなった。

これが一体何なのかは全く分からないが感情を持っている事は分かった。

いつも感じるのは此処の温かな日差しの様な穏やかな感情。

加えて、この無意識の領域に踏み込む事によって様々な人間の隠された能力が解放された様だ。

目を瞑った状態で周囲の状態が分かる、動植物の感情が読み取れる、とてつも無い力を出せる、反応速度が今までの比では無い程早くなった。

そしてこの日遂に謎の声の正体を掴む。

アイトはその日も無意識の領域に潜っていた。

アイトが無意識の領域の深域に達するとやはりいつもの声が聞こえて来た。


(この声はもしかして俺に話しかけているのか?)


何故かそんな気がした。

アイトは此方からも話しかけてみる事にした。


(俺はアイト。お前は何者なんだ?話は出来る?)


再び風の音の様な声がする。

声が近づいて来ている気がする。

もしやこれがグラントの言っていた『森の声』だろうか。


(お前からオレは見えているのか?それに…オレは君と話す事が出来る?)


又声がした。

今度は恐らく手を伸ばせば届く程の距離である。

アイトは静かに目を開けた。


「うおっ!?」


アイトが目を開けると目の前に20センチ程の服を来た青色のカエルの様な物が唐傘をして立っていた。


「何だコレ…少なくとも悪い存在じゃない気がするけど…とにかく話しかけてみるか。そうだな…オレ、アイト!君変な格好してるね。きみは…魔物か何か?」

『*****?』

「ごめん何言ってるか分かんない…」


カエル様な物は暫く喋っていたが諦めた様に頭を掻いた後、拳を前に突き出す仕草を繰り返した。


「どういう意味だろう……俺も真似すれば良いのか?」

『****!**!』


頭を縦に振っている。

恐らく肯定の意味だろう。


「こうか?」


アイトはカエルの様な物の真似をして拳を前に突き出した。

するのカエルの様な物が飛び跳ねての拳をくっ付けてた。

その瞬間身体を電流が流れた様な痛みが襲った。


「いてッ!」


アイトは驚いて拳を離す。


『これで繋がったと思うんやけどなあ…おーい、聞こえてまっかー?』


何処からとも無く頭の中に人の言葉が響いた。


「へ!?人の声?誰かいんのか?」


アイトは周囲を見渡す。

しかし誰も居ない。


『下や!下!!ワイはお前さんの足元におるで!!あんたから話出来るか聞いて来たんやろうが!!』


アイトが足元を見るとカエルの様な物が唐傘をブンブン振り回していた。


「お前が…俺に話かけてるのか?」

『そうや』

「……口の動きと言葉の量が釣り合って無くない?」

『あんたら人間がワイらの声聞き取れんから仕方なく頭に直接話しかけとるんや!』

「どうやって?」

『さっき拳と拳かち合わせた時に魂の縁を作ったんや。まあ、詳しくはワイも分からんがとにかく思ってる事が互いに通じる様になったんや!』


そう言いながらカエルの様な物は自分の頭とアイトノイド頭を交互に指差した。

アイトは腰を下ろしカエルの様な物と目線を近づける。

頭に響く声とカエルの様な物の行動が一致しているし、周囲に言葉を発しそうなのはコイツ位なので一先ず信じる事にした。


「本当っぽいな…それじゃあお前は誰?」

『良くぞ聞いてくれた!ワイはこの周辺を管理しとるポタリっつう者や。えらーい中級精霊やぞ!』


精霊とは生命エネルギーが豊富な場所に自然発生する魔力と心だけで構成されている存在だ。

大抵は玉の様な姿でフワフワ浮かんでいるだけだが、

稀に身体を持ち知能が高い者も現れる。

それが中位精霊だ。

噂に拠ればもっと上位の存在もいる様だ。


「ポタリ?変わった名前だな」

『ワイからしてみればあんたのアイトっつう名前の方が品が無くてショボい名前に感じるわ。良いか?ポタリという名前にはなあ!突然の夕立と女神の鼻水っつう立派な意味があんねん。ほらな?高貴な名前に聞こえて来たやろ?』

「いや、意味聞いたらより一層変な名前に感じて来た」

『何でやねん!!……まあ良いわ、ワイは今日あんたに頼みがあって来るんや。後生や!ワイをこの森から連れ出してくれへんか?』

「連れ出す?別にオレが助け無くても自分で歩いて出て行けば良いんじゃないか?」

『それがそうはいかんねん!ワイら精霊は生まれた場所からそう遠くへはいけへんねん。生まれた瞬間強力な縁によって縛られてしまうんや!』

「縁?そう言えばさっきオレと縁を結んだとか言ってなかったか?」

『縁っつうのは魂の繋がりの様な物やな。さっきは話が出来る様に弱い縁を結ばせてもらったんや。で、本題に戻るんやけど。此処とワイを結ぶ縁を上回る縁をお前さんと結びたいんや。そしたらあんたの周りを自由に動き回る事が可能になんねん。ワイずっと夢やったんや!外の世界を旅して回ることが!お前さん見た感じその装備といい、キャンプといい旅して回っとる奴やろ?たのんます!ワイをこの場所から連れ出してえな!』


ポタリは頭を下げてお願いした。

突然現れて一緒に旅をしたいとはかなり不躾なお願いであったがアイトは無碍に断る気にはなれなかった。

ポタリの外の世界を見たいという願いはアイトも村に居た時に感じていた物と同じだったからだ。


『勿論あんたにもメリットはあんねんで?縁を通じている事によってワイから魔力供給をしてもらえんねん。ワイかて中級精霊の端くれや、魔力の量には自信があるで!コントロールも一級品や!どうや!悪い話や無いやろ?』


ポタリは腕を曲げて力瘤のポーズを作った。


「…俺の旅は友達の目的を叶える為の旅だ。俺の自由になるわけじゃ無いんだぞ?それでも良いのか?」

『外の世界を旅して回るんやろ?ならどんな旅でもかまわへん!』

「…なら良いけど。所でより強い縁ってどうやって作るんだ?」

『同意さえ出来れば後は簡単や。ちょっと後ろ向いてもらって構わへんか?」』

「こうか?」


アイトが後ろを向くとポタリはペタリと背中に手を当てた。


『ちょっとチクッとすんで』


アイトは先程と同じ様な痛みを背中に感じた。

そのあとは段々とくすぐったくなってきた。


「コレどうにかなんねえの?毎回ビックリするんだけど……って何やってんの!?」


アイトが気になって背中の方を見るとポタリが背中の中に潜り込んで足をバタバタさせていた。


『ちょっとあんたの魂とワイの魂を繋げとんねん。これはその為の術やからちょっとショッキングやけど気にせんで良いで。これが終わったら強力な縁の完成や!』


背中がとてもムズムズしたが、アイトは黙って耐えていた。


『おし!!これで全部完了や!これでやっとこの場所からおさらばや!ほんまありがとうな!』


ポタリは背中から出てにっこりと笑って言った。

アイトは背中を触ってみたが傷などは無く、少しひんやりしていた。


「そういや忘れてたけど、俺未だ修行の最中だから此処出るの当分後になるぞ」

「いや、此処での修行は終了だ」


背後から突然声がした。

アイトが慌てて振り向くとそこにはグラントが背後に立って見下ろしていた。


「オッサン!?いつから此処に?」

「30分前からだ。お前がサボってないか確認しに来たらお前がコイツと喋ってたんで暫く様子を見ていた」

「オッサン、ポタリの事見えてんのか?」

「勿論だ。かれこれ5年以上の付き合いになる。本人は俺の事が嫌いらしいがな」

『だってお前臭いねんもん』


ポタリはグラントの目を真っ直ぐ見てそう言ってのけた。


「ちっ!相変わらずいけ好かない野郎だ」

「そんな事よりオッサン!!此処での修行は終了ってどういう事だ?」

「此処での修行はこの中位精霊を見られる様になる事が目的だっんだよ。まさかもう縁を作っているとは思わなかったがな。良いか?人間の秘められた能力は無意識の領域に隠されている。精霊との干渉能力もその内の一つだ。今回はそのレベルに達するのが目的の一つだったんだよ。此処まで来ればやっと実戦で使える様になる。それにポタリの野郎の援助も受られるしな。明日からは再び一日中打ち合いの修行に戻るぞ。今日は久しぶりに帰れ。明日からまたキツくなるぞ」


そう言うとグラントは去って行った。

アイトは久しぶりにノイドが居るキャンプに戻る事にした。

ポタリも一緒に旅をする許可をノイドに取らなければならない。


「ただいまー。ノイド居るか?」


そうアイトが言うと奥から返事があった。


「お帰り。ずいぶん長い間留守にしてたな。まあ、俺も昨日帰って来た所なんだけど」

「おおノイド!お前も大変なんだな。俺はグラントに滝行させられてよお〜。唯滝に打たれるだけかとおもったらこれが意外にキツくて………」


2人は互いの修行の状況について喋り合った。

ノイドは今ダラムの魔法を打ち消す修行を行なっているらしく、相変わらず死に掛けているようだ。

アイトが話しに没頭していると後ろから袖を引っ張られた。


『ワイの紹介忘れてまへんか?いつまで突っ立っとれ言うねん』

「あぁ、悪りい悪りい。ノイド!こいつポタリって言うんだ。此処から一度も出た事が無いらしくてよ。俺らの旅に同行したいらしくて、オレ実はもうOKしちゃったんだけどッ…」

「こいつって…誰の事だ?」


アイトはポタリを指差していたが、ノイドは何も見えていないようだ。


「え?…ノイド見えないのか?ほら居るじゃん!此処に変な青色の奴が!」

『アホか!ワイは普通の奴には見えへんって言うたやろうが!仕方無い。前ん時みたいに拳を前に突き出させてや』

「了解…ノイドあの、拳をさ、こう…前に突き出してくれない?」


アイトは実際にやって見せた。


「こうか?でも何で急にこんな事…いでッ!」


ノイドが真似をして拳を突き出した所にポタリも小さな拳を重ねた。

その瞬間ノイドが短く叫ぶ。

アイトの時と同じ痛みを感じたのだろう。


「いって〜…何だよこれ、お前何かしたのか?」


ノイドは拳を摩りながらそう言った。

突然の痛みに驚き未だポタリに気づいいない様だ。

仕方無いのでポタリが手をたバタバタしながら飛び跳ねてアピールした。


『おーい、見えてまっかー』

「うおッ!何だコイツ!?魔物?いつの間に入って来やがった!おいアイト!急いでコイツ追い出すぞ!」


ノイドは杖を振ってポタリを追い出そうとした。

慌ててアイトが止めに掛かる。


「ちょっと待て!ストップ!ストーップ!!コイツは仲間!!悪い奴じゃないぞ!ほら、コイツがさっき言ってた旅に同行したいって奴!」

『ちょっ!?ワイは魔物ちゃうで!人畜無害でキュートな精霊さんや!!追い出さんといてえな!!』


アイトは慌ててノイドを抑え、ポタリと出会った経緯と旅に同行したい旨を伝えた。


「はあ…中級精霊…確か昔本で読んだ気がするな。かなり珍しいんじゃなかったか?ポタリだっけ?お前は何の中級精霊なんだ?」

『ワイは水と風の中級精霊や』

「と言う事は水と風の精霊魔法が使えるって事か?」

『ワイ自身は実体を持ってへんから大した魔法は使えへんけど、縁を結んだアイト坊と協力すればそこそこの魔法が使えはずや』

「…まあ、良いんじゃないか?今は1人でも多くの仲間が必要だし。1人じゃなくて1匹か。それに縁をもう結んだんだったら断り様が無いだろ。コイツもうアイトの周辺しか移動出来ないし」

『作戦通りやな』

「何処が人畜無害だよ…」

「要するにポタリを仲間に入れて良いって事だろ?良かったなポタリ!!この森を出られるぞ!」

『キタで!!やっとこの時が!とうとうこの森からおさらば出来るんや!!』

「まあ、俺もアイトも未だ修行残ってるから出るのは未だ先だけどな」


その日は2人と1匹で喋り明かし、久しぶりに楽しい一日となった。



翌日。

再び森に木刀がぶつかり合う鈍い音が帰ってきた。

滝行から帰ったアイトの実力は前回またとは比べ物にならなかった。


「オラァッ!!」


アイトとグラントの剣が交差し何とグラントの方が押し戻された。


「ふん!爆発力と無意識の領域の持続時間がかなり伸びた様じゃの」


グラントも未だ余力はある様だがアイトは充分グラントと対等にある闘える様になった。

今までの一撃だけの爆発力に頼るのでは無く、ニ撃目、三撃目…と威力を維持している。

また、反応速度も上昇しており、今ではグラントの剣撃を済んでの所で回避したり、往なす事が可能になった。

加えてポタリと縁が繋がった事によって簡単な精霊魔法により身体能力を上昇させていた。

身体の重さが消え、相手の感情の揺らぎを感じ取る事が可能になり的確に隙遠突いていく。


(いける!いけるぞ!!確実にオレの方が押してる。オレの攻撃も確実に叩き込めてて衝撃が伝わって来る。つまり往なさられていないって事だ。確実にオッサンの隙が大きくなっていやがる!!)


アイトはこのまま勝負を決める為に攻めの手を強める。

アイトの優勢は火を見るよりも明らか。

しかし後ろに押されながらグラントはニヤリと静かに笑った。


「アイトォ!!お前はこの短期間で俺の予想を上回る速さで実力を付けた!その点は認めてやろう!だかな、未だ俺には遠く及ばん!」


優勢の筈のアイトの背中を悪寒が襲う。

冷や汗が全身から噴き出た。


「 『螺旋翼刃』 」


突然グラントの剣が不自然な動きを始めた。

剣が弧を描き始めたのだ。

そして剣と剣が触れ合う。

その瞬間アイトの剣が吸い寄せられ、グラントの剣にからめとられる。

グラントの剣が描く弧に巻き込まれて自らの腕にも関わらず制御を失う。

力で圧倒していた筈のアイトが強大な力を秘める弧に争う事が出来ない。

剣を吹き飛ばされない様に耐えるのに精一杯だった。

その瞬間をグラントは逃さない。

腕を振らされガラ空きになった頭に重い一撃が叩き込まれる。

アイトは又もや倒れ伏す事となった。



「今のはアーツと言う物だ」

「アーツ?」


井戸水を掛けられて意識を取り戻したアイトは先程の技について教えてられた。


「お前、スキルの事は知っているか?」

「おう!獲得したら身体能力が上がったり、特殊能力が使える様に成る奴だろ?」

「お前、最近自分のスキルやレベルがどうなってるか確認したか?」

「ん?…そういや最近は修行終わったら直ぐ寝てたから確認してないな」

「はぁ…自分の状態の確認は基本中の基本だろうが!

今直ぐに自分の羊皮紙を見て確認しろ!」

「うッ、うっす…」


〜アイトのステータス〜


レベル→23

神託→『戦士の神託』

スキル→『身体能力上昇』×78

   →『思考加速』×34

→『空間把握』×12

→『思考読破』×4

エクストラスキル→『無意識ノ領域』

→『精霊共鳴』



「は!?いつの間にこんなレベル上がってたの!?」

「ふん!生半可な鍛え方はしとらんわ。この程度上がっていて当然だ。だが、今注目すべきはスキルの方だ」

「はぁ…気付かない内にこんな増えてたんだな」

「俺が先程見せたアーツは通常の状態では発動すら事は出来ない代物だ」

「じゃあどうやって発動させれば良いんだよ?」

「お前の保有しているスキルをブーストさせて更に一段階能力を上昇させる必要がある。そうして発動する技の事をアーツと呼ぶのだ。アーツを発動すれば人間の常識を遥かに超える技を放つ事ができ、音速を超え、突風を起こし、鉄をも両断する事が可能だ。

「すげえじゃん!!そのアーツって奴を打ちまくれば無敵じゃねえか!」

「いや、このアーツはそこまで万能では無い。アーツはスキルをブーストする事の代償に発動後暫くはブーストさせた分のスキルが停止してしまう。この事はリロード期間と呼ばれている。アーツは乱発して良い物では無い。発動したなら確実に相手を仕留めなくてはならないのだ」

「使い所にも注意が必要って事か…所でそのアーツは俺でも簡単に扱える物なのか?

「馬鹿やろう!!アレが簡単に扱える代物に見えたか!アーツの習得は全修行の中で最高難度だ。そして俺からの修行の最終段階。正直この修行はどれだけ時間がかかるか予想がつかん」

「最終段階…それじゃあ具体的には何の修行をするんだ?」

「ふむ…実は俺もアーツを習得する確実な方法は分からん。今回ばかりはお前が自分で感覚を掴み、自分で成長しなくてはならん。一先ず俺が知ってるアーツを幾つか見せてやる。それを見様見真似でやってみろ。俺が手伝えるのはそこまでだ」


そう言うとグラントは木刀を構えた。

そしてグラントの知る3つのアーツを披露した。



『鬼刃十文字』


スキルをブーストさせる事による異常な身体能力による超高速斬撃。

目にも止まらぬ速さで二発の斬撃を放ち受けた側はもし仮に剣で受ける事が出来たとしても、ニ撃分の威力を殆ど同時に受ける事になる。

斬撃の後には十文字の残像が残るのみ。


『飛刃霹雷』


敵が斬り込んで来た所を狙うカウンター技。

敵の刃が届く寸手の所で発動し後方に高速移動して回避、その速度のまま斬り返し敵の首を落とす。

決まれば必殺。

敵は自身に何が起きたのか理解する間も無く息絶える。


『螺旋翼刃』


先程アイトが餌食になった技。

剣で弧を描き、敵の剣を絡めとる。

いかに力を加えても往なされ続け、力を吸収されて首に刃を叩き込まれる。

3つの技の中で最高難度。

使いこなすには竜巻の様な螺旋を描き続ける力と、相手の剣を往なす為のコントロールと力の緩急が必要不可欠である。



「目に焼き付けたかガキ。これをお前には完璧にマスターしてもらう。先ずは俺の動きを真似てやってみろ!」

「よっしゃ!やってやるぜ!!」


アイトはグラントの動きを真似てアーツの型を覚える。

グラント曰く、グラントの真似を完全に行ってもアーツが発動する訳では無く、アイト自身に合った動きを見つけなくてはならないらしい。

アイトはこれまでも過酷な修行を幾つもこなして来た。

しかし、今回は今までとは格の違う難易度だった。

アーツの修行に入り1週間が経過した。

だが未だに習得の糸口すら掴めていなかった。

スキルをブーストさせる感覚が未だ掴めない。

剣のコントロールも、力の緩急も上手くいかない。

恐らく自身の肉体を完全に支配出来ていないからだ。

上も下も分からない暗闇でもがいている様な日々が続いた。


『お〜い、いつまでその棒切れ振り回しとるんや?そろそろ終わりにして帰りまへんか?』

「もう少し…未だ夕方だから…」

『もうとっくにお日さん沈んどるわ!時間感覚どうなっとんねん!』

「そっか…じゃあ先帰って良いよ」

『そうしたいのは山々やねんけど、ワイお前さんから離れれん様になってしもたから』

「あぁ、悪い…直ぐ帰るよ」


アイトは振り返り弱々しく笑った。


『…まあ良いわ、もう少し付き合ってやるわ。それに特別や、ワイが少し手伝いしてやろうかのお』

「手助け?」

『役立つか分からへんけど精霊族に代々伝わる舞を見せてやるわ。夕立の舞っちゅう凄い舞なんやで、何と踊れば腹の底から力がグングン湧いて来んねん。その間は普段と段違いの動きができんねん』

「力が湧いて来る…段違いの動き…アーツに似てる!」

『そう!ワイもさっき気が付いてな。しかも、ワイとお前さんは今強力な縁でつながっとる。その状態ならワイが踊っとる時に感じとる物をお前さんに共有できんねん。もしかするとこれが習得の糸口になるかもしれへんで』

「やってみよう!直ぐ試そう!!取り敢えず可能性があるなら何でも良い!」

『ほならいつもみたいに拳だしいな』


アイトのポタリは拳を重ねる。


『触れてるワイの拳に意識を集中するんや』


拳の先から少しずつポタリの感覚が入り込んでくる。

それが次第に全身に行き渡り、自分の身体が感じている感覚も当然あるのだが、ポタリの感覚もダブって感じている状態だった。


『ほなら失礼して…』


ポタリは唐傘を置き、深く深呼吸をする。

ポタリの肺が膨らむ感覚も同じ様に感じた。

ゆっくりと舞を踊り始める。

身体全身をダイナミックに使い時に穏やかに、時に激しく踊り続ける。


(ポタリから何か熱いモノが伝わってくる。心臓の奥で何かが熱を発してるんだ。今ならわかるぞ…この胸の奥で暴れているモノ、これこそがスキルだ!そしてこれがスキルがブーストする感覚…しかもポタリはあの小さな身体でこのエネルギーを余す事なく解き放っている!?)


ポタリが舞の中で踏み込んだ瞬間地響きがして、地面に亀裂が走る。

一見無秩序に暴れ回っている様にも見える。

しかし、ポタリの感覚からこの動きの正体が分かった。

通常なら感じ取れない大気の流れに合わせて踊ったと思えば、流れに逆らい力強く腕を振りグオゥンという音を発して力強さと、美しさの共存した舞を踊っていたのだ。

ポタリは踊り続け、30分程でドスッと倒れてしまった。


『あぁー、今はこれが限界かぁ。昔はもっといけたんやけどなぁ。やっぱ太ったからか?すまんアイト坊これ終わった後暫く動けへんねん。キャンプまで運んでくれんか?』

「もんちろん良いぜ。かなり良い物見せてもらったしな」

『どうや?役に立ちそうか?』

「ああ!何か明日の修行は上手くいく気がする』

『…そうか…なら…良かった…』


ポタリを持って運んでいると疲れたのかスヤスヤ寝てしまった。

ポタリをテントの中に寝かせてアイトは剣を手に外へ出た。


(あの感覚を忘れる前に身体に染み込ませる)


アイトは剣を構え目を閉じる。


(確かこう…力を抜いて大河の流れに任せる様に…)


剣を持ったままポタリの真似をして舞をおどる。

一見力を抜いてしなやかに動いている様に見えるが実際はかなりキツイ動きだった。

しかし、次第に抵抗の少ない動き方を見つけ始める。

ポタリの動きを模倣するだけでなく、自分で新たな動きを生み出す様になった。

何故かそう動くべきだと感じたのだ。

アイトは気づいた。

舞を踊る自分の身体の奥、魂が熱を発していた。

間違い無い、この舞には魂の力を引き出す力がある。

アイトは舞をアーツへと繋げていく。

全く異なる物同士の筈なのに綺麗に繋がっていく。

舞が生み出す流れに任せて付近にあった大木に切り掛かった。


『鬼刃十文字』


剣に反射した月の光で十文字の煌めきが現れる。

斬撃から数秒後、ダアンッ!という轟音と共に大木が倒れた。


「掴んだ」




「おっさん、久しぶりに打ち合おうよ」


グラントはアイトの顔を一瞥して眉間にシワを作った。


「ほう…何か悟った顔だな。少なくとも昨日よりは血色の良いマシな顔をしておる。良いだろう構えろ」


2人は互いに向かい合って構えた。


「それじゃあ全力でいかせて貰うぜ!!」


アイトがグラントに向かって突進する。

グラントはそれを正面から受け止めた。


(ん!?また力が増している!しかもこの短期間で!)


グラントは少し押し込まれたがアイトを突き放す。

そしてそして数度刃を交える。

普段なら此処でアイトはグラントに押し込まれてしまう。

しかし今回は違った。

互角、どちらも一歩も譲らない。


(動きに無駄が無くなっている。それに苦しい場所に最高のタイミングで打ち込んでくる!!)


互いに譲らず一旦距離をとる。

しかし呼吸を整える隙をグラントは与えない。

この瞬間に勝負を決めに掛かる。


『鬼刃十文字』


グラントの見立てではこの短期間でアーツを習得する事は不可能。

実力は確かに上がっていたが勝負は決まる。

しかし十文字の残像は空を斬った。

アイトは刃の寸前後方に消えた。

そしてアイトはグラントの良く知る構えを取っていた。


『飛刃霹雷』


アイトは完全な形でカウンターを決める。

まさに青天の霹靂、グラントの隙を見事に突いた。

刃がグラントの首に吸い込まれる様に迫る。


『跳天月兎』


グラントは明らかに不可能な体制から後ろに飛んだ。

まさかグラントが未だアーツを隠していたとわ。

何とも大人気ない。

しかしグラントは既に2つのアーツを無駄にしてしまった。

今のスキルが停止した状態ではジリ貧になり確実に押し負けてしまう。

グラントは即座に判断を下す。

必殺のアーツを使いこのまま仕留め切る。

そしてアイトもグラントを最高のアーツで迎え撃つ。

そのアーツは奇しくも同じ技。


『『螺旋翼刃』』


アイトとグラントの螺旋と螺旋がぶつかり合う。

互いが互いを往なし合い、勢いを増していく。

アーツの熟練度が違うグラントが若干押している様に見えた。

しかし次第にアイトの刃がグラントの刃を速度で上回り始める。


(この螺旋俺のモノと似ているが何か違う!往なしの質も、回転の圧力も、更には俺でも不可能な螺旋の完全なコントロールを行なっている!?)


アイトの螺旋が加速していく。

グラントの螺旋を打ち消し飲み込まれていく。

そして遂に、グラントの隙があらわになる。


「そこだあァァ!!」


アイトの螺旋がグラントの首を捉える。

グラントが膝から崩れ落ちる。

今まで幾度と想像し、しかし決して届かなかったその光景が現実となった。


「うおォォォォォッ!俺のォ!勝ちだあーー!」


遂にアイトはグラントに勝利したのである。


グラントはアイトに井戸水を掛けられて目を覚ました。




「冷たッ!?」

「ハハッ!どうだ井戸水で叩き起こされる気分は?いつか仕返ししてやろうと思ってたんだよ!」


「いででッ…ちっ、今回は俺の完敗だ…まあ、何だ?少しはマシになったんじゃ無いか?まあまだまだクソガキだがな」

「へへっ、珍しいお褒めの言葉を貰ったし良しとするよ!」

「だが今回は偶々俺の調子が悪かっただけだ!明日からの修行はこうはいかんからな!覚えておけよ!」

「ハッ!明日も俺が返り討ちにしてやるよ!そんじゃお疲れ様ー」


アイトはニコニコしながらキャンプに帰った。


「たっ、だいまあぁぁ!」


テントの入り口の布を突然上げてアイトが叫んだのでノイドはビクンッ!と飛び上がった。


「うおッ!何だアイトか…突然ビックリさせんなよ…近所迷惑だろうが」

「此処近所いねえだろ」

「そうだったな。所でどうしたんだ?妙に機嫌が良いな」

「そうだ!実はオレッ……」

「失礼するぞ」


アイトか…何か言おうとした瞬間ピリルが入って来た。


「おおピリル!そうだ、お前もついでに聞いてってくれよ。実はオレッ…」

「そんな事より大変だ!!さっき僕が今日の分の食材を運び出していたらグラントに…コレ渡されたんだ」


そう言いながらピリルは白い布に包まれた何かを掲げた。


「何だコレ?布に包まれてて良く分からないんだが?」

「聞いて驚くなよ!コレッ、金角雄牛のヒレ肉だ!!」

「「なんだって!?」」


アイトとノイドは共に驚きでのけ反った。

金角雄牛とは辺境の村出身の2人でも知っている高級食材の代表の様な肉だ。

人の持つ細菌やウィルスに非常に弱く養殖が不可能でありその肉を入手する為には自然界に生息しているモノを獲るしか方法は無い。

しかし生息域が人を避ける為なのか強力な魔物が生息している場所に限定されているのだ。

その肉を得る為には大きな危険が伴う。

しかし、人はその肉を求めるのである。

何故ならその危険度と天秤に掛けても大きく上回る程美味であるからだ。

金角雄牛のヒレ肉は霜降りである。

だが脂の量は少な目なのだ。

しかしその少量の脂の中に強力な旨味が閉じ込められおり、柔らかさと適度な歯応え、旨味が共存する最高の肉なのである。


「何であのグラントがそんな超高級食材を俺達にくれるんだよ!!てか、その肉どこから持って来たんだ!」

「確かヤマノカミが群生している地域に金角雄牛が生息しているとグラントが言ってた気がする。恐らく其処から…だが、何故くれたのかは僕にはわからん。僕はグラントに『一人前になった祝いだ』と言われて渡されただけだ」

「え!?…多分それオレへの祝いだ…」


アイトは今日初めてグラントに勝利した事を2人に話した。


「は!?お前あのグラント相手に勝ったのか!!やったじゃねえか!いつの間にお前そんな成長してたんだよ!!」

「お前がグラントに勝った…にわかには信じられないな」

「いや、まあ、何千戦とやって何とか一勝しただけなんだけど…」

「だけど勝ったんだろ?なら勝ちは勝ちだよ」

「ふむ、だがグラントは元々負けた相手に肉を送る様な男では無かった気がするが…アイツも弟子を持って成長したという事か」


アイトとノイドはグラントの好意をありがたく頂く事にした。

調理方は味付けはシンプルにミディアムレアで。

焼き上がった肉を大口で頬張る。


「「美味えェェ!!」」

「旨味が強いのに臭みが全くねえ!!コレ本当に野生かよ!?」

「ああ!コレを一度食ったらオレもう普通の肉には戻れないかも」

「だな!!」


2人はあったいう間に肉を平らげた。

腹が膨れ満足感に浸る。


「こんなって来るとさ、修行の終わりが近づいているんだって感じがして……何か寂しいな…」

「あぁ、初日は散々だったが何だかんだで思い出たくさん出来たしな…それに修行が終われば師匠達ともお別れになるな…」

「うん…そうだ!師匠達も一緒に旅出来ないかな!!」

「それは無理だな」


食器の片付けが終わったピリルが言った。


「あの2人は共に事情があってこの森に逃げ込んだ奴らだ。此処から出る事は出来ない」

「そっか…ピリル。お前はどうだ?」

「僕!?僕は…」

「お前怪力なんだしきっと冒険に向いてるよ!どうだ一緒に来ないか?」

「誘ってくれるのは嬉しい…でも、少し考える…」

「そうだな、オレ達が出て行くまでに考えておいてくれ」

「うん…」


その夜は3人で喋り明かした。

迫る別れの寂しさを紛らわす様に。

そして遂に、最後の修行が訪れる。































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