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神秘のエルデ  作者: 寝起き
3/9

決意と交渉


「ふん、こりゃまた派手にやられたな」


大男は足でアイトを指しながら言った。

大男は筋骨隆々でボロボロの服装をしており、手には巨大な剣を持っていた。

頭はスキンヘッドで、頭の頂点から額付近にかけて縫い跡が走っている。

ノイドは目の前で起こっている事をまるで他人事の様に呆然と見ているだけだった。


「おいガキ、てめえだよ白髪!!お前コイツの知り合いか?」


大男に罵声を浴びせられやっとこれが現在自分に起こっている現実だと気が付いた。


「へ?…あっ、はい…」

「お前ポーション、そうだな…60%以上。60%以上のヒールポーションもってるか?」


大男はボロ雑巾の様になったアイトを観察して言った。


「ふん、持ってる訳無いかそんな高級品。しかしな…無ければコイツは数分で死ぬぞ」


我に帰ったノイドは、慌ててリュックを漁り60%のヒールポーションを手に取りインジェクターに装着してアイトの元へ駆け寄った。

アイトは全身傷だらけで至る所から血が吹き出て、辺りが真っ赤に染まっていた。

しかし、アイトは生きていた。

しかも、ギリギリ60%で治せる範囲だった。

ノイドはポーションをアイトに打った。

アイトがあれ程まで攻撃されても尚生きていた事。

自分か運良く60%のポーションを持っていた事。

余りにも幸運が続き神が自分達に生きろと言っている様な気がした。


「まさか持ってるとわ…お前、さては良い所の坊ちゃんだな?」

「違う、盗んだだけ」

「何だ盗品か…金持ちなら謝礼貰おうと思ったが期待出来なそうだな…お友達の傷がある程度塞がったから移動するぞ、他の魔物が寄って来たら面倒だ。お前が背負えよ」


そう言うと大男は振り返る事なく歩きだした。

ノイドは慌ててアイトを背負い男の後を追う。

大男はどんどん進んで行く、怪我人を背負っているノイドの事などお構い無しといった感じだ。

しかし、置いて行かれる訳にはいかない。

ノイド一人ではアイトを守り抜く事は不可能である。現に二人がかりで魔物に皆殺しにされ掛けたのだ、素性の分からない見るからに怪しい男ではあるが頼るしか無かった。


「あんた、何で俺達を助けてくれたんだ?」

「命の恩人に『あんた』だと?口の利き方が成ってないガキだな…俺の名はグラント、グラント様と呼べ」

「グラントさん、何で俺達を助けてくれたんだ?」

「『さん』じゃない『様』を付けろと…まあ良い、偶然通り掛かっただけだ。見殺しにしても寝覚めが悪いしな」

「何で此処に?」

「…冒険者だからだ」


冒険者とは世界中を渡り歩き様々な依頼をこなしてその報酬で生活している者達ノイド事だ。


「何かの依頼?」

「ん?…まあ、そんな所…」

「…そっか、これから何処に行くの?」

「一々質問の多いガキだな。俺達のアジトだ」

「…そうなんだ」

(俺達って事は一人じゃ無いのか?それにアジトって…まるで盗賊みたいなこと言うな)

「逆にお前達はその年で何でこんな所にいる?」

「…家出」

本当の目的は伏せた。

命の恩人ではあるが、何処の誰かも分からない奴に情報は与えられない。


「ふん、嘘だな」


一瞬で嘘がバレた。

やはりこの男、只者では無い。


「まあ良い、目的は何であれ今のお前達の実力じゃ帰ることも出来ないぞ。力も経験も無い奴がこんな場所に来たんだ。自業自得だな。しかしお前の背負ってる奴、そいつの勇気とガッツは大したもんだ。それに比べて…お前、仲間置いて逃げようとしただろ」


ノイドは痛い所を突かれて唇を噛んだ。

しかし反論出来ない。

当然だ、『親友を見殺しにしようとした』それは紛れも無い事実だった。


「俺は…」

「おいおいそんな暗い顔すんなよ。俺は別に責めてる訳じゃあない。手も足も出ない魔物に襲われたんだ。ビビって逃げ出して当然、死にたくなくて当然だ。お前の背負ってるガキが異常なだけだ。勝てない相手に遭遇したら尻尾巻いて逃げれば良い。仲間をお取りにしてな。友情なんぞ金にならねえ。お前の判断が正解だ」

「でも…」


しかし、自分を助ける為に命を賭けたアイトの行動を間違いにする気にはなれず、アイトを見捨てた自分の行動を正解にする気にはなれなかった。


「そろそろ着くぞ」


暫く深い藪の中を歩いていたが突然視界が開けた。

そこには大きな洞穴と、焚き火、そして木々の間に吊るされたハンモックなどがあった。

そして、焚き火には灰が溜まり、ハンモックは使い古されおり、生活感があった。

此処で生活しているのだろうか?

グラントは洞穴の入り口に立ち、大声で叫んだ。


「おいピリル!!客連れてきたぞ!一人は怪我人だ!早く来て手伝え!!」


グラントの声か洞窟の中に反響する。

暫くすると洞窟の奥から足音が近づいて来た。


「なに?」


洞窟の中からやはり少年が現れた。

年は自分達より少し下だろうか。

晴れているのに雨具の様な青色の上着を着て、フードを深くかぶっていた。


「怪我してんのは背負われてる奴だ。ポーションを打ったから問題は無いと思うが一応空いてる部屋に寝かせて看病しておけ。もう一人のは無傷だから色々手伝わせろ。俺は寝る。食事になったら起こせ」

「分かった」


そのやりとりをすると、グラントはのそのそとハンモックまで歩いて行きあっという間にいびきを上げて寝てしまった。


「お前、付いて来い」


ピリルはそう言うと洞窟の中に入って行った。

ノイドはその後ろ姿を追った。

洞窟はかなり奥まで続いており、幾つか枝分かれして部屋の様になっていた。


「君、名前はピリルで合ってる?」

「合ってる。何で知ってる?」

「さっきグラントさんが呼んでたから」

「そうか」

「俺はノイド。背負われてるのはアイトって言うんだ。魔物に殺されかけてた所をグラントさんに助けられたんだ。ピリルは何で此処に?」

「分からない。気付いたらいた。10年間此処でグラント達の世話をしてきた」

「グラントの他にも此処に人が居るのか?」

「居る。ダラム」

「そのダラムって人はどんな人」

「頭のおかしなジジイ。でも魔法が使える。魔法の腕は確かだ。グラントが喧嘩して負けてるのを昔見た」


あのグラントを上回る腕を持つ頭のおかしな魔術師が居るのか。

どうやらかなり奇妙な場所に迷い込んだらしい。


「気を付けろよ」

「何を?」

「あの2人、何するか解らないぞ。見た感じお前弱そうだ」

「わざわざ助けた奴を殺さないだろ。割りに合わない」

「わからないぞ。あの2人は頭がおかしいからな」


確かに今の俺ではグラントには手も足も出ない。

襲われればひとたまりもないだろう。

さらに、グラントを上回るというダラムは尚更だ。

それに考えてみたらグラントの言った事には幾つか変な所が。


「着いたぞ」


ピリルが一つの部屋を指差した。

その部屋には、ぽつんと藁で作られたベットが在るだけだった。

ノイドはそこにアイトを寝かせた。


「暫くすれば目を覚ますはずだ。お前は隣の部屋を使え。僕は晩飯の準備をする。呼ぶまで適当に時間潰してろ」

「待てくれ、俺にも手伝わせてくれないか?特にやる事無いし、世話になるだけじゃ申し訳ない」

「ふむ…料理は作れるか?」

「一応…簡単なのなら」

「じゃあ手伝え。付いて来い」


ピリルは部屋を出て歩き出した。

ノイドもその背中を追った。

それにしても、何故こんな小さな子供がこの様な危険な場所で10年間もグラントとダラムの世話をしているのだろうか?

だれかの息子だろうか、もしや誘拐!?そんな事を考えているとピリルにあっという間に置いて行かれてしまった。


「先ずは食料庫に行く。毎日グラントやダラムが食えそうな物持って来てぶち込んでる」


そう言ってピリルは洞窟の一番奥の部屋に入って行った。


「そうだな…イワブタの肉とクルイウシの乳が入っているから今日はシチューを作るとしよう。4人分だから…これ位か?」


そう言ってピリルは山の様に食材を取り出した。

手押し車に2台に分けて運ばなくてはならない程である。


「ちょっ、こんな馬鹿みたいな量食べるのか?」

「ん?違うのか?グラントもダラムも毎日これ位食べるぞ?」

「そんな食べるのか!?俺達はこの5分の1で充分だよ…」

「少食なんだな」

「俺達が普通でその2人が異常なんだよ!!それに4人前じゃ無くて5人前だろ?自分含めるの忘れてるぞ」

「あぁ、僕はたべないぞ?ゴーレムだからな」


ピリルは表情一つ変えずに言った。


「ゴーレム!?お前が?いやいや、何処からどう見ても唯の子供にしか見えない」

「考えてみろ、こんな魔物が跋扈する森の真ん中に子供がいる訳ないだろ」

「確かに…でもう俄かには信じられない…」

「はぁ……良く見てろよ」


そう言うとピリルは首を外し、また装着した。


「すげぇ…ゴーレムってこんな人間そっくりなのか…じゃあ何を利用して動いてるんだ?」

「特に何も。何かを食べた記憶がない。僕自身も自分が何で動いているのか分からない」

「不思議だな…」

「おい、そろそろ行くぞ晩飯が遅れる」


ピリルは車を押して動き出した。

ノイドも置いていかれまいともう片方の車を押す。

しかし、車はとてつもなく重い。

ピリルはどうやらかなりの怪力を持っている様だ。

人間そっくりで、何で動いているか分からず、とてつもない怪力を持つゴーレム。

また、変な物に出会ってしまった。

町を出てから驚かされるばかりだ。

もしかすると自分達の村の方から変だったのかもしれないと思いだした。

食料を取り出した二人は先程見た焚き火に向かった。

焚き火の近くは調理場の様になっており巨大な鍋が一際存在感を放っていた。

鍋が巨大なのでシチューを作る為、水を汲みに近くの井戸と調理場を3往復もしなければならなかった。

その間ピリルが大きめに具材を切り鍋にぶち込み調味料等を入れて煮込み始めた。 

顔を近づけて匂いを嗅ぐ。

ミルクのまろやかな香りと、野菜や肉の香りが絡み合い食欲をそそる。


「ピリル、味見して良いか?」

「別に構わないぞ」


ノイドは小皿にスープを取り、口に運んだがすぐに吹き出してしまった。

スープの味があまりに濃いのだ。


「ピリル!調味料の入れすぎだ!!もっと薄めろ!」

「そうなのか?いつもこれくらいの量入れてるぞ?」


ピリルはきょとんとして言った。

いつもこのしょっからすぎる味付けなのか!?


「お前、味見とかしないのか?」

「しないな。何せ味覚が無い」


この発言で合点がいった。

味覚が無いから料理の味が分からないのだ。


「そうか、ゴーレムは食事をしないから味覚が必要無いのか」

「あぁ、それに嗅覚も、触覚も無い。視覚と聴覚はあるがお前達とは感じ方がちがう」


ピリル曰く目に見えている部分は実は目ではなく、耳も同様らしい。

360度全方向を見ることができ、人が聞こえ無い音も聞き取れるが、何処で見て何処で聞いているのか不明らしい。


「それでよく今まで料理できたな」

「あいつらは量さえあれば何を出しても食う。特に好き嫌いも無い」

「どんどん人間味が無くなってくるな」

「安心しろ、ギリギリ人間だ」

「ギリギリって…」


ノイドは後ろのハンモックで爆睡しているグラントをチラリと見た。

大胆によだれを垂らして寝るその姿は魔物と変わらない気がしてきた。

もしかすると、魔物並の戦闘能力を得るには魔物に近づく必要が有るのかもしれない。


「しまった!酒を持って来るのを忘れた!ノイドさっきの食料庫に行って取って来い。樽に入ってるから樽ごとだ。僕は食器を並べておく。晩飯の時間に遅れたら殺されるから急げよ」

「了解…」


巨大な鍋や、食材の量を見ていたのでもう樽で酒を飲む事に一々反応しない。

ノイドは洞窟に戻った。

食料庫に向かう途中ふと、アイトの事が気になり様子を見に行った。


(特に変わり無いな…)

そう思い部屋を後にしようとした時、アイトが薄目を開けた。


「アイト!おいアイト!!気づいたか?」


アイトは最初ぼんやりと天井を眺めるだけであったが、次第に意識がはっきりしてきた。


「ノッ…ノイド?オレ…助かったのか?まさか、お前があの怪物をやったのか?」

「いやっ、グラントって言う大男がヤマノカミ叩き切って助けてくれたんだ」

「そうか…あれっ?オレの…傷は?」

「あぁ、俺の持ってた60%のポーションがあっただろ?アレのおかげだ」

「そっか…オレ達…助かったんだな」

「ああ!それに俺達が今生きてるのはお前が時間を稼いだおかげだ。…ごめん…でかい事言っておきながら…俺はお前と違って何の役にも立て無かった…腰が抜けて動けなかったんだ。それに…実は俺…お前を見捨てて逃げようとしたんだ。俺は…本当はお前に合わせる顔なんて無いんだ…お前の仲間でいる資格なんか…」

「ノイド…」


ノイドは顔を伏せた。

アイトの顔を見た途端友を裏切った事への後ろめたさと、薄汚い自分への嫌悪感が蘇った。

自分はあの時魔物に喰い殺されるべきだった。

本気でそう思った。


「お前何馬鹿な事言ってんだよ!!こうして2人共生きてるじゃねーか。死な無い事が大前提っていうお前の作戦が成功したってことだろ?あんなとんでもない魔物に襲われたんだ。他の奴と組んでたら確実に全滅してたって。お前とだから生き残れたんだ!それに、オレが今生きてるのもお前のポーションのおかげだろ?お前はオレの命の恩人だよ!」


アイトの発言に遂に涙腺が崩壊した。

アイトはこんな事になりながらも、自分を見捨てて逃げようとした男に対して一言の文句も言わなかった。


「ちがっ…おれは……なにも……ただ…みてただけ…」

「いや、お前のおかげで俺オレはあの魔物に立ち向かえたんだ。お前は最高のパートナーだよ」


ノイドの自分への嫌悪感は消えない。

しかし、ノイドはこの時誓った。

この命の恩人を、この最高の友を命をかけて守ろう。

この男の隣に立って恥ずかしく無い男になろう。

そして、友に追いつくには途方も無い努力が必要だと痛感した。

その為には立ち止まって泣いている時間は無い。

自分のすべてを捧げて変わらなくてはならない。



「まったく!アイツ自分から手伝うと言っておいて何処に行ったんだ!」


ピリルは中々帰ってこないノイドを探していた。

食料庫を見たが居ない。

という事はもう1人の方に居るのだろう。


「見つけた!お前何サボって…起きたのか?」

「ああピリル、すまん酒取りに行くの忘れてた。通り掛かったらこいつ目が覚めてたから此処についての説明してたんだ」

「この子がピリルか!オレ、アイト!いろいろ助けてくれてありがとな!!」


アイトにはピリルという子供ノイド様な見た目のゴーレムが居ると伝えていたので、一目見てピリルだと分かった様だ。


「別に。僕は特に何もしてない。意識が戻ったんなら良かった。もう少し安静にしてろ」

「大丈夫だよ。オレもうピンピンしてっから!それより何かお礼させてくれよ。ノイドが言ってたみたいに準備手伝って良いか?」

「おいアイト!さっきまで意識無かったんだからもう少し休んでろよ!」

「問題無いって。ほら!」


そう言ってアイトは勢い良く跳び起きた。


「本人が大丈夫って言うなら問題無い。全部自己責任だ。しかも準備が遅れてる」

「ほらな!ピリルも言ってるだろ。自分の身体の事は自分が一番解ってるんだよ」

「本当に大丈夫かよ…」

「とにかく今は酒樽を運ぶぞ」


3人は食料庫に向かい酒樽を3つ運び出した。

アイトが『樽で酒飲むのかよ!!』と叫んだのは当然の反応であるった。

そして外へ向かう道すがら。


「ピリル、実は俺達グラントさんとダラムさんに修行をお願いしたいんだけど」

「あの2人に?何を習う。飯の食い方か?」

「違えよ、戦い方だ戦い方。アイトはグラントさんに剣士の戦い方、俺はダラムさんに魔術師の戦い方を教えてもらいたい」

「あぁ、まあ多分お前達よりは強いからな」

「だろ?俺らもあれくらい強いならなきゃいけないんだよ」

「何故?」

「やらなくちゃならない事が有るんだよ。しかも時間制限付きでな。その為にはこんな森程度で一々躓いてる場合じゃない。一刻も早く強くならなくちゃならないんだよ」

「しかしな…アイツらが好き好んで人助けするとも思えない。お前達を助けたと聞いて耳を疑った程アイツらは自分勝手だ」


この会話を聞いていたアイトが口を挟んだ。


「じゃあ何をあげれば修行してくれると思う?」

「うむむ…グラントは…金か?後、美味い酒」

「金も大して持ってないし、酒なんて持ってるはずねえよ…」

「ダラムさんは?」

「ダラムか…アイツは何考えてるか本当にわからないからな……そう言えば、前に魔法の実験台が何だとか言ってた気が…」

「魔法の…実験台…」

「とにかく本人達に直接聞けば良い。もうじき晩飯で全員集まる。その時聞け」


その後3人で手分けして準備をして何とか晩飯の時間までに準備を終えた。

すっかり暗くなった屋外に机と椅子が並べられ、グラントとダラムの席には特大の食器がならべられて(スープ皿に関しては鍋と見間違うレベル)もはや圧巻であった。

準備が終わりピリルはグラントとダラムを呼びに行き、ノイドとアイトは用意してもらった自分の席に座っていた。


「ノイド、俺気絶しててグラントさんも、ダラムさんも見て無いんだけどどんな人?」

「グラントさんは筋骨隆々の大男で、顔中に傷がある。剥げてるのに髭はボサボサで獣みたいな人だ。ダラムさんは俺もまだ見てない。ピリル曰く2人共頭おかしいらしい」

「ははっ、中々強烈な人達みたいだな。修行の話、大丈夫かな?」


そうこう話しているとピリルが大男を連れて帰ってきた。

先程までハンモックで昼寝をしていた男、グラントである。


「おいピリル!!何で俺の食卓に知らねぇ奴が座ってやがる。叩き出していいか?」


どうやら自分が2人を連れて来た事を忘れている様だ。


「あんたが森から拾って来たんだろうが。拾ったんなら最後まで世話しろ」

「そうだったか?…そんな気も…しなくは…無い…まあ良い、ピリル飯だ!!俺は腹が減ってんだよ!!」

「未だだ、ダラムから来ていない。全員揃うまで食うな」

「何で俺があのシジイを待たなくちゃならねえ!俺は腹が減ったんだよ!腹が減ったんだよ!腹が減ったんだよお!」


グラントは子供の様に喚き散らかした。

確かに頭かおかしい。

そんなダラムに気を取られていると夜の闇の中から老人がヌッと現れた。


「ほっほっほぉー、今日は客がおるのか。賑やかな夜になりそうだわい。けっこう、けっこう」


老人は魔法使い特有の三角帽子を被り、緑色の服を見に纏っていた。

直ぐに分かった、この男がダラムである。

ダラムはグラントより細身だが、高身長で目が細かった。

しかし、その細目の奥で獣の様にギラギラした金色の目がまるで値踏をしているかの如く光っていた。


「では食事を始めるかのお」

「待たせておいて謝罪の一言もねえのか!くそシジイ!!」


グラントが食器をダラムに向かって投げつけた。

しかし、ダラムは気にするそぶりも無くノールックで食器を回避した。


「ほっほっほぉ、実験が盛り上がってしまってなあ…む!ピリルお主料理の腕を上げおったな!前も美味がったが今日は一段と美味い!!」

「そうか?昨日と変わらない気がするが?」


ダラムは飄々と悪び入れる素振りも無く食事の感想をいってのけた。

ダラムは昨日までのピリル作の味の濃すぎる料理も美味しく感じる味音痴であるが、料理が美味くなった事には気付いた様だった。

一方のグラントは先程まで激怒していたのが嘘の様に食事に熱中していた。

しかも味の変化に気付いていない。

手の付け用の無い味音痴である。


「今日の料理はそこのノイドの意見を聞いて作った物だ。僕の腕は上がってない」

「グラントよ、中々良い拾い物をしたな。

これからの食事が楽しみだわい、して…どちらがノイドでもう1人の名前は何じゃ?」

「あぁ、こっちの銀髪の方がノイドで、俺はアイトって言います」

「ふむ、ノイドとアイトか…ワシはグラント!魔法の深淵を探究する大賢者じゃ!!……では、何故2人はこんな森の奥地に?」


アイトは此処に来た経緯を説明した。

するとダラムが突然吹き出した。


「はっはっはぁぁ!魔物に半殺しにされて此処に逃げてきたと…ヒイッッッヒッヒッ…これは愉快愉快、これ程笑ったのはいつぶであろうか」


2人共この時悟った。

ピリルの言っていた通り2人共頭がおかしいのだ。

知的で優しげな雰囲気に騙されててはいけない。

明らかに笑いのセンスがぶっ壊れている。


「それにしてもグラントよ、お主が人助けをするなど珍しいでは無いか。よもや善意で助けたのではあるまい。何が目的じや?」


確かに会ってそれ程長い時間を過ごした訳では無いが、グラントはとても好んで人助けをする人種には見えなかった。

グラントは食事の片手間に返答した。


「ふん、唯の気まぐれだ。金持ちなら謝礼貰って美味い酒でもと思ったが大した額持ってない貧乏なガキだった。使えないガキ共だなまったく……

おいガキ共、ただ飯くれてやるのは今日までだ!

明日からは自分の食うもんは自分で取ってこい。

部屋貸してやんのも今日までだだ!!」


自分は食事をしないので洗い物をしていたピリルが見かねて助け舟をだした。


「おいグラント!さっきも言ったがお前が拾ったんだろ!ちゃんと面倒みろ!部屋余ってるんだから別に良いだろ!」


「俺は無料でコイツ達を助けてやったんだ!これ以上助けてやる義理はねえ!命助けてもらって更に食いもんと住む場所提供しろだあ?図々しにも程があんだろ!!」


ピリルとグラントの口喧嘩を見かねてノイドが口を開く。


「ピリル、そう言ってくれるのは凄く嬉しいが、俺達もこれ以上迷惑掛けるつもりは無い。明日からは自分達で生活していく。でも、この近辺でキャンプをしても構わないか?」

「ふん、その位は勘弁してやる」

「それとは別に、一つ聞いて良いか?」

「…何だ」


グラントは少しふきげになっていた。


「グラントさんと、ダラムさんに俺達を修行してもらいたいんだよ。グラントさんにはアイトを、ダラムさんには俺を相手して貰いたい」

「修行!?俺がか?何で俺がわざわざお前らなんぞを修行しなくちゃならねえ!!しかも、こんな金も大して持ってないガキをか?冗談も大概にしろ!いい加減キレるぞ!!」

「ほっほっほ、ワシも同じじゃ。そんな何の得も無い事やるものか」


グラントは今にも殴り掛かって来そうな雰囲気であり、ダラムも全く興味を持ってくれない。

これは説得が難航しそうである。


「待ってくれ!俺は何としてでも8年以内に達成しなくちゃならい目的があるんだ。こんな森なんかに留まってる時間は無いんだよ!!」

「それはお主の問題じゃろ?ワシには何の関係も無い。諦めるんじゃのお」

「待ってくれ…交換条件がある。ダラムさん、アンタ魔術の実験台探してるんだってな。だったら修行を見てもらう代わりに俺を実験台として自由に使って良い。この条件でどうだ?」

「ふむ………どんな実験でも…例えば命に関わる物でもか?」


ダラムはノイドをジロリと睨みつけた。

まるで大蛇に睨まれた様な感覚。

息が詰まった。


「くっ……ああ!やってやるよ!!」

「ほう…………分かった。ワシのどんな実験でも手伝う代わりに修行を見てやろう。その代わり修行の質は保証してやるわい」

「本当か!?助かる!」


ノイドとダラムの会話を聞いていたグラントは何が閃いたかのようにニヤリと笑った。


「交換条件か……おい金髪のガキ!お前も俺の条件を飲め!そしたら修行してやる!!」

「本当か!!……でも交換条件ってのは?」

「お前には『エルドラ』っていう島まで手紙を届けて欲しい」

「エルドラ!?……何だそれ?」


きょとんとしているアイトに変わってノイドか話しをする。


「グラントさん、その島って確か童話に出てくる幻の島ですよね。不死の果実が成る木が生えてるっていう。この世に有りもしない島にどうやって手紙を届けるんですか?」

「いや幻なんかじゃねえ、実際に存在する。余りに到達するのが困難で行った奴が殆どいないからそう言われているだけだ。実際、海図が無けりゃ島を拝む事も叶わない」


アイトは未だきょとんとしているが、島に行く事は理解したらしい。


「誰も行った事が無いなら海図なんてあるはず無いだろ」

「殆どって言っただろ。俺はその島に行った事がある数少ない内の1人だ」


そう言うとグラントは懐から古びてくしゃくしゃになった紙を取り出した。


「これがその海図だ」


広げてみると確かに海図が書かれており、細かい覚え書きの様な物が大量に書かれていた。


「これでエルドラに行ってミレイヤという女に手紙を渡すそれが条件だ」


グラントが幻の島に行ったことがあるとは、にわかには信じ堅い。

しかも、そこにわざわざ行って女に手紙を渡して欲しいと言う。

しかし、先程まであれほど修行を見る事を嫌がっていた男がその条件として出したのだ、恐らく本当なのだろう。


「…ん?でもこの海図があるなら自分で渡しに行けば良いんじゃないのか?」

「俺だって行けるもんなら行けてえさ…でもな!俺は昔やんちゃし過ぎてこの森に逃げてきたんだよ!外に出て捕まれば速攻で打ち首にされちまう。だからお前に条件としてだしてんだ!わかったか!!」

「引き受けたら修行してくれんだな?」

「ああ、エルドラってのは行くのに海図だけじゃ無く相当な実力が必要になる。それに必要な実力は付けてやるよ」

「分かった…引き受ける」

「本当か!!よっしゃ、そうこなくっちゃな!!」


これで2人は何とか修行をつけてもらう約束を取り付けた。

ノイドは魔法の実験台になる事、アイトは幻の島に手紙を届けること、2人共とんでもない条件を飲む事となった。

しかし、2人には時間が無い。

こんな場所で手間取っているようでは2人の目標はは到底達成出来ないのだ。

その為には手段を選んではいられない。

その後グラントとダラムはずっと話ながら飲み食いを続けていた。

突然2人共笑い出したと思えば、次の瞬間には怒鳴り合いの喧嘩をしている。

まったく、仲が良いのか悪いのか分からない2人である。

2人の食事は延々続くのでノイドとアイトはこっそりと抜け出す事にした。

一日だけ泊まらせてもらう事になった洞窟に向かう2人はゆっくり、この数日間の目の回る様な日々を噛みしめる様に歩いた。


「俺達が村を出てそんなに経ってないけどさ…すげえ長い時間旅をした気分だぜ…」


アイトは満天の星空を見ながら、独り言の様に呟いた。


「ああ、大変な目に遭ったけどさ…なんか人生で一番生きてるって事を実感している。何というか…充実してるんだよ」

「明日から多分とんでも無く忙しくなるぞ」

「俺なんて魔法の実験台たぞ…」

「ははっ、お前なら大丈夫だよ。とくに根拠はないけどなんかそんな気がする」

「まあ、どうなるか分からにくて不安も有るけどそれと同じ位ワクワクしてる。外に出てからずっとそうだ。……俺は何としてでも強くなるぞ。お前に守られないで良い位。お前を守れる位に」

「お前がどんなに強くなっても俺はその一歩先に行くぜ」

「言ってろ。今に結果で示してやる」

「ああ、競争だな」


2人はそれぞれ床についた。

明日から2人の修行が始まる。


























 








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