神秘の薔薇と死の茨
出発した二人は暗くジメジメした水路をランプで照らしながら進んでいた。
「後30分も歩けば外に出られる筈だ」
「そっかぁ、なんかワクワクしてきたな!」
アイトはあっけらかんと言った。
「…お前、これから先の不安とか無いのか?」
「不安?そんなもんねーよ。お前の頭脳と俺のパワー、これが揃えば怖い物無しよ!」
「…そうか」
アイトは正直怖気付いていた。
外が近づくにつれて不安が湧いてきた。
魔物の溢れる森に行くのが怖い、外に出て無残に死んでいった者が何人もいる。
自分のその一員になるのではないか。
マイナスな思考ばかりが頭を巡る。
しかし、アイトに気づかれない様に平静を装う。
アイトが居なければとっくに逃げ出していたかもしれない。
『怖い物無し』その言葉に少し背中を押された気がした。
微かに出口の光が見えてきた。
「アイトそろそろ出口だ。もう引き返せないぞ」
「当たり前だろ?ここでビビって逃げ出すわけ無いだろ」
「そういえば、互いの装備とステータスを詳しくチェックしてなかったな。ここらで一旦確認するか」
「そうだな、外に出てから確認って訳にもいかないしな」
二人は背中に担いだリュックの中身を広げた。
このリュックは『イワクライ』という巨大魚の胃袋で作られており見た目の何倍も物をつめこめるのだ(荷物の重さは消えない)。
〜ノイドの装備〜
・ヒールポーション(純度40%)×2
→傷を癒す事が出来る薬。緑色で純度が高いほど効果が高く、効き目が速い。40%では10秒程掛けて浅めの傷を完治可能。手のひら大のビーカーに入っている。
・ヒールポーション(純度60)×1
→5秒で骨折まで完治出来る
・マジックポーション(純度20%)×1
→MPの量を一時的に増やす事ができ、純度が高い程多くのMPが増える青色の薬。しかし、使用後約30分で強い頭痛が襲い、意識が朦朧とする。20%ではMPを2増やせる。手の平大のビーカーに入っている。
・ポーションインジェクター
→ポーションを打ち込む為の注射器。ピストルの様な形をしており、ビーカーを入れて引き金を引くとポーションが注入される。
・魔法の杖『ナイトリリック』
→ノイドの家に代々伝わる魔法の杖。背の丈程の長さ。曲がりくねった木製の杖の先に赤色の魔石が嵌め込まれている。
・魔術書『月の魔術書』
→ノイドが家から持ってきた魔術書。覚えられた魔法はほんの一部。
・姿写しの羊皮紙
→自分の今の状態が詳細に記された羊皮紙。自分の健康状態や、スキル、MPが分かる。
・地図
→この世界の主な国や町、森や山々が記されている。
・コンパス
・水筒
・応急治療キット
・干し肉
・折りたたみ式調理道具
〜アイトの装備〜
・ヒールポーション(純度40%)×4
・エキサイトポーション(純度20%)×1
→身体能力を一時的に上昇させる事ができる手の平大のビーカーに入った赤色の薬。しかし、使用後約20分で脱力感が襲い、酷い肉離れになる。20%ではスキル『筋力上昇』×2『思考加速』×1が付く。
・セラムポーション(純度40%)
→解毒作用のある紫色の薬。40%では下位の毒なら解毒することができる。
・ポーションインジェクター
・剣『ディバーエッジ』
→アイトの祖父が大切にしていた諸刃の剣。全長120センチで、刃身は90センチ。
・盾『アムールシュバリエ』
→アイトの祖父が残してくれた盾。双頭の蛇の紋章が付いている。
・姿写しの羊皮紙
・コンパス
・水筒
・応急治療キット
・干し肉
・折りたたみ式調理道具
ノイドとアイトは互いの装備を確認した。
「…よしっ、どうやら互いに必要最低限の物を持ってるな」
「ちょっと待てよノイド!?お前何で60%のヒールポーションなんて高級品持ってんだ?」
「教会からパクった」
「お前たまにえげつないことするな…」
「冒険者も盗賊も紙一重、多少の悪事を気にしてちゃ冒険なんてできねえよ。アイト次は互いの『姿写しの羊皮紙』を確認するぞ。仲間のステータス知らないで森に出る訳にはいかないしな」
〜ノイドのステータス〜
レベル→1
神託→『魔術師の神託』
MP→3
スキル→『魔力増加』×2
→『思考加速』 ×1
魔法→『フレイム』(消費MP2)
→『ヒール』(消費MP3)
〜アイトのステータス〜
レベル→1
神託→『戦士の神託』
MP→0
スキル→『身体能力上昇』×3
→『思考加速』×2
「ノイドお前スキルだけじゃ無く魔法2つも持ってたのかよ!やっぱりお前すごいな!!」
「俺としてはスキル5つ持ってるお前が羨ましいよ」
この世界では降りている神託や、その者の才能に応じてスキルが手に入る。
スキルはアイテムなどを使わず獲得すると、身体に大きな変化を及ぼし超人的な能力を半永久的に扱える様になる。
また、魔法はMPを消費して発動する。
この世界ではMPを持っている人間自体が少なく、当然魔法を扱える人間も少ない。
二人の年齢でスキルを複数所持していたり、魔法を覚えている人間はかなり珍しい。
「良いかアイト、外に出た後の作戦を説明するぞ。極力魔物と戦闘にならないように隠れて進むんだ。俺のMPには限りがある。連続の戦闘は避けるんだ。巨大な森を抜ける事になる、体力の消費を抑えて死なない事を大前提にゆっくり進むんだ」
「妹を生き返らせるのに時間がないんじゃないのか?」
「焦って魔物と戦っていたらその方が時間がかかる。死ぬリスクも高まるしな」
「なるほどな」
「とにかく安心第一で森を抜けて南西にある町『交易街ドラド』を目指すぞ。4大国の品物と人が多く集まる場所だ。何かしらの情報を得られるかもしれない」
「大都会じゃねえか!!そういう場所一度で良いから行ってみたかったんだよ!」
「遊びに行く訳じゃなんだぞ」
「分かってるって…森を突破するのにどれ位の日数が掛かるんだ」
「早くて1週間、遅くて10日かな。」
「了解ッ!」
それから5分程歩いて、とうとう水路の出口に到達した。
出口には雨風で錆て汚れた鉄の格子が嵌められていた。
「格子と格子の隙間に身体をねじ込んで進むぞ。お前は鎧を脱いで通れよ」
「俺昨日食い溜めしちゃったから通るかな?」
「嵌ったら置いてくぞ」
「冷たい!!」
ノイドから先に格子の隙間から外に出た。
そこで初めて見た外の世界に言葉を奪われた。
15メートルを超える巨大な樹木が生い茂っており、独特のムワッとした熱気が伝わってくる。
いつも壁の中で遠くから聞いていた獣達の叫び声がとても近く感じられる。
自分が今までいた世界とは段違いのスケールに圧倒されていた。
「すげえ…」
隣から格子を抜けてきたばかりのアイトの声がした。
「俺達、外に出たんだな…」
「あぁ…」
壁の中では常に邪魔者扱いされて無意識の内に感じていた抑圧感、それから解放された事に言い表し用の無い感動を覚えた。
この大自然に比べれば自分は何と小さな存在だろう。
そして今、この吹けば飛ぶ塵の様な自分達が世界に挑もうとしている。
その事に胸が高まった。
「始まるんだな、俺たちの冒険が…」
「ああ!そうだよ!!ノイド俺達妹を生き返らせるっていう目標に目を奪われて忘れてたんだ。
これは俺達の冒険だ!楽しまないと!!まだ見ぬ出会い、美しい絶景、更には財宝眠る神秘のダンジョン!!ワクワクしてきたな!これから何を知るんだろうな!何を得るんだろうな!」
「その通りだな…悔しいが俺も興奮が収まらねえ、さっきまで感じていた不安や迷いが吹っ切れたぜ。行くか!俺達の冒険に!!」
「ああ!俺達の冒険の始まりだ!!」
二人は遂に外の世界に踏み出した。
二人は世界の壮大さ、美しさ、力強さを知った。
しかし、二人が知ったのは世界のたった一面。
二人はすぐに世界の別の顔を知ることとなる。
「ノイド、何処から森に入る?」
「数年間誰も外に出て無いんだ。整備された道なんてあるはずない。かと言って藪の中をずっと進訳にはいかない。ひとまず獣道を探すぞ」
暫く壁に沿って歩いていると小さな獣道があった。
二人はそれを通って森の中に入って行った。
森の内部の地図は無い。
とてつも無い速さで食物連鎖が動いており、先日まで生えていた大木が倒れていたり、腐り落ちたりしている。
また、植物の生えて来る速度も、成長速度も速く、3日で巨大な大木が出来るのだ。
よって森の様子は目まぐるしく変化しており地図は作り用が無いのだ。
次の目的地が在る南西へ向かって、獣道などの比較的歩き易い道を選んで進んだ。
「ノイド、覚悟はしていたけどかなりキツイな。それに、このペースで行って大丈夫なのか?」
「いや、このペースは流石に不味い。このままじゃ森を抜けるのに何日かかるか分からない。少しペースをあげないと」
実は、ノイドが調べた一週間で森を抜けるという行為は、一流の冒険慣れした者が魔物が比較的少なく、活動が鈍くなっている冬の終わりの時期に挑戦して初めて達成出来る事であった。
しかし、二人は当然冒険慣れしておらず、また運が悪い事に草木が生い茂る夏の時期であった。
このペースでは1か月で抜けれるかどうかという所。
しかも、二人は安全の為周囲の警戒を怠らず音、匂いに敏感に反応した。
大型の魔物の痕跡があれは迂回して通った。
だが、これを行うとペースがどうしてもゆっくりになってしう。
二人は永遠に続くとも思われる様な森を進む事に痺れを切らし始めた。
自然と警戒が緩む。
ペースが早くなる。
また、疲れも溜まってくる。
これが悲劇の始まりだった。
魔物の痕跡を見落としてしまったのだ。
二人は忘れていた、分かっている様で分かっていなかった。
この世界の残酷な一面を。
突如として周囲を埋め尽くしていた鳥や虫、獣の鳴き声が止んだ。
真っ先に異変に気が付いたらのはアイトだった。
空気が突如として重くなる。
鼻の奥で土や木、花の匂いに混じって流れてきた微かな匂いを感じ取った。
血の匂いだ。
その匂いが本能の奥底に封じ込められていた感覚を呼び覚ます。
恐らく生まれて一度も体験した事が無い感覚のはずだ。
しかし、何故かはっきりと理解していた。
死の気配だ。
「ノイド!!まずいッ」
アイトがもう一人の仲間に伝えようとした時には既に手遅れだった。
「グゴオオオオオオ!!」
突如として大地が震える様な叫び声が耳を貫いた。
ノイドは理解していた。
確実に危険が迫っている。
なんとかしてこの状況から脱しなくてはならない。
しかし、恐怖に身体が支配されて身体が凍りついている。
呼吸すらままならない状態だ。
そして遂に、形を得た『死』が追いついてしまった。
突然目の前の大木が根本から吹き飛んだ。
「グオオオオオッ!!」
目の前に現れたのは4メートルを優に超える魔物。
ヨダレをダラダラと垂らし、真っ赤な隻眼の熊の様な姿。
毛は針の様に逆立っており、両前足は返り血であろうか、真っ赤に染まっていた。
ノイドは本で読んだ事があった。
『ヤマノカミ』そう呼ばれていた魔物だ。
非常に好戦的でこの『夜泣きの森』の生態系の頂点に立つ生物。
最も出会わないように警戒すべき生物。
まさにその生物に出会ってしまったのだ。
(どうしたら良い?どうしたら良いんだよ!!戦うか?いやっ、勝てる見込みが無い!なら逃げないと…クソッ!ビビって足が竦んでうごなない!!駄目だ…殺されるッ!!)
ノイドは心が折れかかった。
どんなに本を読んで知識を蓄えても実戦経験の無いノイドは震える事しか出来なかった。
しかし、アイトの叫び声が轟く。
「ウオオオオオ!!」
アイトは叫んで竦み上がった自分のから身体をほぐす。
背後には守ると誓った親友がいる。
自分が守らなくてわ。
アイトは剣を引き抜きヤマノカミに斬りかかった。
アイトの叫び声と斬りかかる背中を見てノイドの身体が少し緩んだ。
(そうだ、どうせ逃げても追いつかれる。どうせなら一か八か戦うしか無い!!)
ノイドはMPを消費して魔力を練り魔法を発動する準備に取りかかった。
アイトがヤマノカミの気を引いている間に魔法『フレイム』の準備を終え自分の最大火力を叩き込む為に。
しかし現実は残酷である。
アイトは渾身の力を込めて剣をヤマノカミの眉間に斬りつけた。
「えっ…」
だが、アイトの渾身の一撃はヤマノカミの眉間に薄傷を作っただけだった。
ヤマノカミの剛毛と恐ろしく硬い外皮によって大したダメージを与える事は叶わなかった。
即座にヤマノカミのカウンターがアイトを襲う。
ヤマノカミの豪腕による薙ぎ払いが側面から叩き込まれた。
とっさに盾でガードした、しかし衝撃までは完全に防ぐことは出来ない。
『ゴキリッ』
アイトは3メートル吹き飛ばされ巨岩に激突し、骨の砕ける音を聞き意識を失ってしまった。
「アイトォォォ!!」
ノイドははアイトが吹き飛ばされるのを見てパニックに陥った。
アイトに止めを刺す為に向かうヤマノカミを止める為に不完全な状態の魔法を放ってしまった。
結果、制御が不完全であり魔力が分散。
大した威力にならず擦り傷すらつけられなかった。
しかし、ヤマノカミの標的はノイドへと移った。
ヤマノカミが獲物に向かってゆっくりと近づいてくる。
不完全な魔法でMPを消費してしまった。
すぐにでもマジックポーションを打ち、次の魔法の準備をしなくてはならない。
しかし、ヤマノカミはもうまた鼻の先まで迫っていた。
もうポーションを打つ隙も、魔力を練る隙もない。
「くっ、くるなああ!止めろっ、嫌だあぁぁ!」
絶望感的な状況にノイドの腰が抜ける。
もう無様に地面を這いずる事しか出来ない。
ヤマノカミがノイドに後1歩の所まで迫る。
その時、ノイドの叫び声でアイトは意識を取り戻した。
(ノイドの…声…助けを求めてる?…俺は…何をしてたんだっけ…たしか…魔物に吹き飛ばされて…
そうだ…守らないと…)
朦朧とした意識の中アイトは立ち上がる。
(そうだ…あいつは俺が守らないと…約束したんだ…守れ…守れ……助けるんだ…)
ヤマノカミの動きが止まる
アイトがノイドを救う為にヤマノカミの後ろ足に剣を突き刺したのである。
しかし、この攻撃も大したダメージを与えられない。
当然だ、アイトは先程の一撃で骨が複数本砕けていた。
ここまで移動出来た事自体が奇跡に近かった。
しかし、ヤマノカミはアイトの上にのし掛かるとアイトをいたぶり始めた。
前足でアイトを転がし悪戯に突き飛ばす。
その気になればいつでも殺せるのに。
それはまるで楽しんでいるかこ様だった。
ノイドはその光景をただ黙って見ていた。
完全に心が折れたノイドに、友を助ける為に立ち上がる勇気など残っていなかった。
友はあと数分も掛からずに悲惨な最期を迎えるだろう。
(アッ、アイトが襲われてる…助けないと…そうだ村まで助けを呼びに行こう…)
ノイドは無駄に賢い頭脳のせいで気付いていた。
助けを呼びに行って間に合うはずがないと。
自分がただこの場から友を置いて逃げ出す口実を探しているだけだと。
そして、自分は友を助ける為に命を投げ出す勇気も、友を捨てて逃げ出す勇気が無いことも。
本当の臆病者であるという事も。
「ごめん…ごめんよぉ……」
ノイドは少しずつ後ろに這って行った。
遂に友を見捨てたのだ。
『妹を救う』『冒険の準備をしてきた』偉そうな事を言ったが、実際は世界の恐ろしさを知らない子供の戯言に過ぎなかった。
後ろでたった一人の友人が殺されかけている。
それなのに虫の様に這いずり逃げている。
それ程まで自分の命が惜しいのか、ノイドは自分の臆病さを呪った、しかし逃げるのを止める事はない。
少しでもこの場から遠くへ行こうと身体が勝手に動く。
しかし、突如後ろからザンッッ!という音がした。
不意に振り向く。
そこには倒れ伏したヤマノカミと見知らぬ男が立っていた。