写真の中へは帰れない
あぁ、神よ。もし、いるなら僕をお救いください…。
「もたもたしないで。速く済ませるわよ。」
やることが山ほど残ってるんだからと主様に対する皮肉をぶつけてくる。
そんな、やつあたりされても~...そういえば
「主様の体調はいかがでしたか?召喚する際に倒れたのはこれで十回目とお聞きしましたが。」
「はっきりとは言えないけど、今回は主様の復活は一番遅くなると予想するわ。」
「えぇ?あのお二人の代償ってそんなに大きいんですか?」
あの陳家な二人の代償が?
「...はやくても半年はかかるかも」
は、半年!?
僕の召喚時は一ヶ月と聞いていたけど...その六倍?
「お、遅いとどれくらいかかるんですか?」
「永遠」
「...。」
「さっ、無駄口叩かないで急ぐわよ」
主の死
コクラには最も考えられないことであった。
ましてや自分よりも先に旅立つなどとは
いやいやと首を振る。
主様に限ってあっさり死ぬなんてありえない、きっといつものように僕らの前に姿をあらわしてくださるはず!
僕がしっかり秘書さんを支えなきゃ!と奮闘していると
「おぉ~おぉ~、また召喚獣が犬みたいに首振ってやがるぞ」
「本当、汚らわしいわ。あそこの屋敷の主人は気がふれてるよ」
「獣を愛でるなんて、ほんっとうに悪趣味ね」
嘲笑、蔑む声、罵倒
聞きたくなくても優秀なこの耳が汚声を拾い上げてしまう
何も聞かなかったように誇り高そうに鼻をツンと上げる
「...もうすぐ、王の間よ。」
(あなた達は小声のつもりかもしれないけど、僕らには丸聞こえなんだよ!)
怒りに負けそうになるのを堪えて澄ました顔を作る。
そうして仮面を作るのがさっきまで馬鹿にしてきた人間と同じことをしているようで、無意識に顔がぐにゃりと歪みそうになる。
思わず目から熱いものが零れそうになるのをぐっとこらえる。
プライドが、主に対する忠誠心が、今まで積み上げてきた全てのものがある限り僕は泣けない。
「開けてください」
ハリのある声が甲高く響き、王への道が開かれる。
「ねぇ」
夏久がこちらに声をかけてくる
「...なんだ」
「夢じゃぁなかったね...。」
「そうだな。」
目の前には昨晩見た天井が朝の日差しを受けて柔らかに俺たちに微笑みかけてる。
「...とりあえず、ご飯食べに行こっか。」
「行ってみよーカドー。」
そうしているうちにだんだん意識がはっきりしてくる。
昨日話し合ったことや出した結論も思い起こされる。
結論として、ここは異界であり、その主とやらは自分たちに頼みごとでもあるのではないかということだ。
異界に来た...ということは自分たちも何か超時限的な能力が出せるのでは?と思い、ためしに何もないところに向かって力をこめてみた。
だが、何も変化はない。
うんうん唸って夜中でも続けて力むが何も起こらない。
結局、探索の疲れが体中に染み渡り、いつの間にか眠っていたという結果に終わる。
ってかまだ体がだるいんだが。
夏久も同じようにへばって大変じゃないのかと心配し、隣を見ると
「あ、でも異界の料理って私たち食べても大丈夫なのかな?
味とか風味も気になるけど、それ以上にここが黄泉の国で私たちが物を食べたせいで帰れない~…とかあったら怖い…かな?」
ピンピンしていらっしゃる。
え、もしかして俺だけ?ヘロヘロなの
男のプライド今現在ズタボロにされてるんだけど
「どうだろね?」
「あ..うん、ソダネ。」
マズイ、急いで運動しなきゃやばいかもな、俺。
「とりあえず、食堂行こう。」
「あ!ちょっとまって!」
だるい体に鞭打ち異界料理とやらを堪能しようとすると遮られる。
「どした?」
「髪!括んなきゃ」
ほら、こっちおいでと呼ばれる。
「いや別に俺一人でもパパッと括れるし、夏久がしなくても」
「やーくそーく」
「...へいへい」
スッーと黒い櫛が通っていくのを感じる。
目を閉じればつかの間の日常へと帰ることはできるだろう。
(でも、いいんだ。)
すぐに目を開く
あんなくそったれな世界、戻れなくたっていい
「ほい!オニィさん、どうでしょか!?」
「いい感じだよ、奥さん」
「お、ノリいいじゃないの~」
夏久はニコニコ笑いながら、ベッドから降りる
「さっきまで顔ひきつってたから、筋肉痛でも起こしたのかと思って心配だったけど…」
割とばれてた
「筋肉痛ではないから大丈夫」
「そうですかい…ほなら、ご飯食べて元気にならにゃあいかねぇな?」
はやくはやくと急かす夏久の後を追いかける
「おはようございます、カクさんとマオさん。」
にっこり微笑む…オクラさん?
「おはようございます」
「ぁっ...おはようございます」
夏久はまだ彼に慣れていないらしく、俺の腕をつかみながら後ずさる
「朝早くから申し訳ございませんが、朝食を済ませたら出かける用意をしていただけませんか?」
「?別に構わないけど」
後ろで夏久もコクコクと頷いている
「ありがとうございます」
マクラさんは義務を果たしたとばかりに微笑む...昨日に比べてすごぶる顔色が悪い
何かあったのだろうか?多分俺たち関係だと思うんだが
...朝早くから出かけることにも何か関係があるのか?
「あの質問なんだが」
何でしょうとお蔵入りさんが首を傾げる
「行き先はどこだ?」
これだけは聞きたい、突然生贄とかにされて殺されたらたまったもんじゃない
「あぁ...王宮です。」
「「え?」」
え、王様に呼ばれたの、俺ら?
いやいや流石に違うだろ...違うのか?あ、それとも、異界人は珍しいとかそんな感じ?
俺たち、マレビト氏?
...まさか、とって食うとかないよな?この世界で人=捕食対象だったらどうしよ
「今日の朝ごはんはコメ麦のマルにトマトのスープ、新鮮なムルニの丸焼きです」
黙りこくった俺たちをよそに今日のメニューを上げていく
良かった、聞いてる限りでは人を食べる趣味はなさそうだ
...いや、でも王が崇高な趣味(笑)を持ってるとかあるし、ワンチャン?
てかマルってなんだよ、ムルニとかも
俺たちの疑問を無視して食堂への扉は開く
「あ、おはようございます、カクカクしかじかマオマオさーん!」
「お、おはようございます」
変なあだ名がついてる...。
「おはようです、ここはどうです?居心地いいでしょう?」
そうでしょうそうでしょうとずいずい来る
…今まで夏久のリアクションが大袈裟だと思っていたが、逆で俺のリアクションが淡白かもしれない
そして、当の夏久はというと
「...。」
固まって無言である。
無理もない
引きこもって以来、俺以外とは会話はおろか接触すらさけていたのだから。
「カックカクちゃーん!おっはよ!」
「っ!?...。」
後ろから急に来て驚いたのか腕が急に持ち上がる
「あっ..あは、ごめんね~驚かせちゃって
急にきたらびっくりしちゃうよね、うんうん。
ここって女子少ないから私もちょっとテンション上がっちゃった..的なぁ~!」
「..はい。」
「あぁんもう、本当にごめんね
お姉さんってば、ダメね。はんせーい、はんせーい」
さ、はんせいがてらご飯食べよーっと、と言うとそれおまぇ反省してねぇだろと笑い声が飛んでくる
ぎゅうと腕にかかる力が増したような気がしたのは俺の勘違いじゃないだろう
「...どうでしたか?料理は」
「あぁ、おいしかったよ。ご馳走様でした」
「..ありがとでした。」
満足そうな二人に良かったと胸を撫で下ろすコクラさん
先ほどのこともあってか他の人達は妙にこちらに絡むことはなかった
が、ふとした時に視線を感じる。
「それじゃあ、早速出発の準備をいたしましょうか」
そう言って三人で出て行く...出るその瞬間まで多くの視線が集まっているのが感じられた。
「…先程は失礼しました、彼女は別に悪い人ではないんですけどね
ちょっと…うざがらみをするというか」
「いや別に気にしてないですよ。」
な、と腕の引っ付き虫にきく
「寧ろ変に気を使わせてしまって、すみません」
いえいえこちらの方が、なんのなんの先方がなんてやりとりをしてる内に部屋につく。
「にしても出発の準備って...テレポートのための魔法陣でも描くんですか?」
大体異界の移動法と言ったらテレポートなイメージだけど...あ、でもこの世界では魔法がないとかありえるかもな。
俺らが魔法を使えないのはそういうことなのかもしれない
「えぇっと、ごめん。僕にはそういうことが出来ないから移動は基本、徒歩だよ。」
『僕には』ということはテレポートの概念自体はあるんだな
「それじゃあ、出発の準備とは一体何を?」
「王に謁見するためのあなたたちの服装です」
「服?」
そう言って自分たちの服を見て、そしてコクラさんの服を見る。
この世界での服は自分の知りうる中では中世のヨーロッパの時の服が一番近いだろう。
彼の誠実な人柄が美しい着こなしからあふれている。
一方で自分たちの服はシャツはよれつき、第一ボタンのみならず第三ボタンまではずし、愛用しているジャンパーはところどころ擦り切れている。
夏久は女の子のたしなみとして最低限は守っているが、本人の好みであるだぼついたパーカーはだらしなく見えるし王に謁見するための服とは言いがたい。
しっかりと引き締まったものが清潔で好ましく見えるのは万人の発想だし、例えここが文化が違う異界であろうと感性は一緒だろう...多分。
「仕切りも用意していますのでどうぞ中でお着替えください。」
「ありがとうございます。」「...ありがとうございます。」
中に入ると真ん中にパーテーションが置かれてあり、左右に服が一着ずつある。
「右はカクさん、左はマオさんです。」
さっそく言われた通りに着てみる。
...というかこの状況ってさ同年代の女子と同じ部屋で着替えてるんだよな
意識した途端に顔が熱くなるのを感じる。
向こうは一切きにしてないのか服が擦れるシュルシュルという音が聞こえてくる。
いや、夏久さーん!
例え俺と付き合い長いと言ってもね!?
俺が体力なそうなかわいそうな引きニートだと思っていてもね!?...体力ないのは事実だけど!
俺は男!気にしてくださーい!油断したら男に食われるってばっちゃんに習わなかったの!?
別にやましいことはないけど最低限のね!?
なんて心の中で叫びつつ着替えていると
「ねぇ、マオ」
と俺の性別を分かっているのか心配になってきたカクが話しかけてくる。
どうしたと聞く前に彼女は続ける
「この着ていた服、マオはどうするの?」
ピタリと動きが止まる。
「…マオは元の世界のこと嫌いじゃん、捨てたりするの?」
忘れたいこの記憶
「...。」
「..私はね、捨てたくないかな。
確かに元いた私たちの世界は、環境は、私たちを苦しめた。
でも、私はね、マオが、アイカがいた世界の事忘れたくない。」
アイカという名前についこの間見た悪夢を。
血まみれで自分を責めた少女を思い出す。
「...ここで服を捨てたら、全部忘れてしまいそうな気がして」
「...。」
「ご、ごめんね。変なこと言って
忘れちゃって、わ、忘れろ!忘れろ!ウルトラソウル!なんちゃって」
「...本当、何言ってんだ。
王に会ってその後帰ることになるかもしれないのに」
強がりが出る。
帰れるわけないだろう。
もし帰れるならそのままの服でさっさと帰ってもらうほういいに決まってる。
儀式で必要とかだったら別だけどそうでもなさそうで同じ男であるコクラさんの着ていた服と似た服装は明らか魔術に関するものではなさげだ。
そこまで考え自分の服を見る。
...。
一応持っておいて損はないし持っておく。
俺の枷じゃなくて思い出になってくれよなんて独り言を心でつぶやく
コンコンとドアをノックして着替えを終えたことを知らせる。
あ、でも正式なノックは三回だからな!良い子は気をつけろよ!
「失礼いたします...うん、サイズがピッタリのようで何よりです」
見た目を変に褒めることをしない辺りは好感が持てるな。
「表にロバ車を待たせておりますので早速乗りましょう」
この世界の王に会う...か。
なんか本当にゲームみたいな展開だな。
するとぎゅっとカク姫が腕を組んでくる。
やってることはハーレム系のイベントの一つだが、いかんせんお相手はミス・お化けグランプリの優勝候補のおカクさんなのだ。
「フフフ、仲がよろしいですね」
ちょっとやめて、攻略対象がカク姫とか...格が違うから!
俺の心情を分かってか分からずか...どっちかというと分かってないんだろうなぁと思いつつ、馬車のロババージョンであるロバ車が俺たちを乗せて王宮へと向かう。
ちなみにマルは穀物を粉々にしたものを水でふっくらさせて練ってパリパリに焼いたものです
ムルニは豚や牛やイノシシといった食べるのに最適な生き物だと思ってください
作中で紹介しても面白いネタにならなさそうなので後書きに足しました